トラブルドロップス
一日目 - 2 -

 授業が始り人がいなくなった廊下を時任を抱えて保健室に向かう。自分で歩くと言っていたが服がダボダボですぐ転んでしまうので仕方なく大人しく抱き抱えられていた。

 ガラッ!

「こんにちは〜五十嵐先生いらっしゃいます?」

 保健室にはケバイが優しいお兄さんお姉さんこと五十嵐先生が優雅に紅茶を飲んでいた。

「いらっしゃーい♪・・・って、あら、桂木ちゃんたら凛々しい格好して可愛い子つれてるじゃな〜い。どこの子?」
「ちょっと訳がありまして・・・」
「え?・・・声、低くなってる?・・・背も高くなってるわね・・・それにこの子ってば時任くんそっくりね・・・」
「じろじろ見んなッ!」
「・・・生意気なとこもそっくりね(怒)」

 困惑気味の表情でじろじろ桂木と時任を見る五十嵐だった。

「話せば長くなるんですが・・・」

 桂木は昼休みの出来事を説明した・・・


 *
 *
 *


「あら〜可愛い〜〜!!」
「ホント・・・」

 事情を説明するとあっさり理解してくれた五十嵐はどっからか子供服一式をを調達してきてくれた。時任が着ているのは空色のフードがついたパーカーにジーンズ地の半ズボンと至ってシンプルな子供服だが良く似合っていた。

「うっせッ!俺様は可愛いんじゃなくてカッコいいの!」

 当の本人は可愛いと言われるのが不本意なのか抗議するがそんな可愛い姿では説得力は限りなくゼロだ。口を尖らせた様はかえって可愛さUPである。

「うふふ、いっくら生意気でもこんだけ可愛いと許しちゃうわね。ケーキ食べる?」
「・・・食べる」

 出されるままケーキを食べる姿もまた愛らしく微笑ましい。

「こーんな可愛いのによく久保田くんが手放したわね」
「狼男のくせに煙草を吸ってたから頭回ってないんじゃないかしら?ふらふらしてたもの」
「・・・止めればいいのに」
「ホントに」

 ヤニ臭さでダメージをくらってる久保田はなかなか笑えるものがある。

「にしても・・・桂木ちゃん、どう?男になった気分は?」
「そうですねぇ、視界が高いのはいいですね。力も強くなったみたいだし」
「それだけなの?もったいないッ!こんな美少年になったんだからもっと楽しみなさいよッ」
「楽しむねぇ〜・・・例えば?」
「ナンパするとか」
「女の子にモテても嬉しくないですよ」
「まあ、そうよね・・・じゃあ、もう見た?」
「え?何を?」
「モ・チ・ロ・ン・下よ〜♪」
「み・見てませんよ!!!」
「あら〜この機会にじっくり勉強しといたほうがいいんじゃない?」
「止めてくださいよッ!」

 本当ならセクハラで訴えられるような会話だがお互いそのことに気付いていない。
 女同士(?)のあけすけな会話くらいにしかついていけないものがある・・

『桂木っていうか、女ってすっげータフだよな・・・』

 最初は性別が逆転し動揺していたくせに、すぐさま立ち直り馬鹿話に興じるその神経は男には絶対真似できないものがある。
 呆れると同時に、若干、羨ましい・・・

『・・・早く12時間経っちまえっ・・・』
 
 早く戻るよう願わずにはいられなかった。
 時任が先ほどから不機嫌になっていたのは子供になって可愛いと言われるのが嫌なのではなく、この小さい体だった頃を思い出すのが嫌で嫌でたまらなかったのだ。
 自分が無力で、何も出来なかった頃を思い出すのだ。
 子供のときに良い思いでは、あまり、無い。

『・・・早く久保ちゃん迎えに来ないかな・・・』

 口では絶対言わないが、そんなことをつい思ってしまう。

『・・・暇だし、寝るか・・・』

 盛り上がっている二人を余所に昼寝と洒落込むことにした。幸いベッドは全部空いている。二人から一番遠いベッドにもぐりこんで毛布を被り目をつぶる。ケーキを食べてお腹一杯になったのですぐ眠気が訪れた・・・

「・・・ホント、可愛いわね〜・・・」
「寝顔はホント天使ね」

 二人に寝顔を見られてるとは知らずに、時任は夢の中にいた・・・


 *
 *
 *


 ガラッ

「うちの子います〜?」

 二人仲良くお茶とおしゃべりを楽しんでたらひょっこり久保田が現れた。

「久保田君?いらっしゃ〜い」
「何で来るのよ。まだ授業終わってないじゃない」
「・・・桂木ちゃん、低い声で女言葉使わないの。サブイボ立っちゃうでしょ」
「うっさいッ!(怒ッ)・・・なんで授業途中で抜け出して来たのよッ」
「時任に呼ばれた気がしたんだよねー・・・」
「え?、だって時任寝てるわよ・・・」
「ちょっと失礼」

 久保田はサッサと時任が寝ている奥のベッドへ近寄った。
 時任は毛布をすっぽりと被っているので寝息も何も聞こえない。わずかに上下してるのが見えるのみである。それでも、何か聞こえたと言うのだろうか・・・

 久保田はゆっくりと毛布をはいだ。
 すると中には体をくの字に曲げて眠る時任がいた。
 その寝顔は安からとは言いがたく、苦悶の表情を浮かべていた。眉をしかめ、苦しそうに脂汗を浮かべ、ひどく小さい声で唸されていたのだ。小さな子供が苦しげにうなされている姿はひどく憐れをさそう。一体何を夢見ているのだろうか・・・
 久保田は時任の頬にそっと手を当てて軽くゆすり、そっと話しかけた。

「時任、起きな。帰るよ」

 ゆすられ、うっすらと目を開ける。そこにはいつもどおりの久保田の茫洋とした顔があった。時任はつめていた息を吐き出し安心する。

「くぼちゃん・・・」
「目覚めた?帰るよ」
「もう授業終わったのか?」
「うん」
「じゃ帰ろう」
「帰ろう」

 久保田はまだ寝ぼけてはっきりしない時任を抱き抱えて保健室を出て行こうとする。それでも一応桂木には声をかけていく。

「そういうわけで、もう帰るから後よろしくね」
「・・・仕方ないわね」
「悪いね、じゃ」
「またな」

 そう言って久保田は時任を抱えて出て行った。言いたいことは山とあるが、なんとなく、口を挟みづらい雰囲気だった。
 時任は悪夢にうなされながら久保田の名前をつぶやいたのだろうか・・・
 そして久保田はそのつぶやきを聞き取り駆けつけたのだろうか
 ・・・もしかするとよくあることなのかもしれない

「時任君て子供になるのが嫌だったみたいね、すごく不機嫌だったもの。そのせいでうなされたりしたのかしら・・・」
「・・・かもしれません」

 時任も久保田もちょっと、いやかなり、特殊な性格をしているし、この歳から親元を離れて二人で暮らしてるくらいだ。普通の家庭環境ではないだろうとは思う。
 二人を引き離して悪かったかな・・・とひっそり思った。


 *
 *
 *

「ふ〜ん、じゃあいつらもう帰ったのか」
「そ、まんまとお持帰りされちゃったわよ」

 久保田と時任の代わりにやってる公務の間に保健室での一件を相浦に伝えた。うなされてた件も伝えたが、あまり深刻になりたくなくて最後は明るい感じで言ってしまう。

「やっばいな〜、久保田犯罪者にゃなるなよなー」
「・・・まあ、あの調子なら変なことにはならないと思うけどね」
「・・・そう願うけどさ、ちょっとあやしいよな・・・」
「・・・ホント信用されて無いわよね、同感だけど・・・」
「帰るのが遅ければ時間切れで安全だったんだけどな」
「時間切れ?どういうこと?」
「これ見てみ」

 そう言って示したパソコン画面には暦サイトがでていた。本日の日没時間、明日の日の出の時間、季節の星座などが表示されていた。そのある一点を相浦が指差していた。そこには・・・

「・・・なるほど・・・これじゃさすがの久保田くんも何も出来ないわね」
「そゆこと」
「ふふふ」
「へへへ」

 執行部一の心配性(別名お守り役)なお二人は顔を見合わせて不気味に笑いあう。
 ちょっと人の悪い笑い方でしたが人の不幸は蜜の味といいますから仕方ありません。
 さて、お二人は何を気付いたのでしょうか?
 種明かしはもうすこし、後ほど・・・
 





Bへ




えー、本当は時任が逃げ出してふらふらしたあげく大塚達に捕まったけど久保田に助けられるっていうのにしようと思ってたんですがこれ以上長くなるのが嫌なので止めました。次はやっとこ二人きりになりますー

もうオチに気付いた方もいるかしら・・・、まあラストまでお付き合い頂けたら幸いです。



2007.6.11

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