星が、落ちてきた。



「佳主馬くん、これで本当の家族だね」

 夏希姉と結婚式を挙げた日、健二さんが「これからもよろしくね」と言いながら右手を差し出した。
 その左手にははめたばかりの銀の指輪が光っていた。

 差し出された手を握り「おめでとう」といいながら100%喜べない自分がいた。

 健二さんが本当の親戚となるのはすごく嬉しいし、二人の幸せそうな顔を見ているとこっちも幸せな気分になる。
 なのにこの幸せで満たされた気分に水をさされたように胸の奥にさざなみがたつ。
 それが顔に出ていたのか理一さんに「何仏頂面してんの、健二くんが結婚しちゃって寂しい?」と言われてしまった。

「仏頂面は仕様。でもなんでそう思ったの?」
「俺も初めて仲の良い友人が結婚した時は寂しかったから。みんなそんなもんだよ。友人より家庭を優先するから今までのようには遊べないし、いずれ親となるだろうし、人としてレベルアップされて置いてかれたような気もするんだよ。ま、それも最初のうちだけであとは気にならなくなるんだけどね」

 さすが数多くの友人の結婚式を見送っただけはある。経験に裏付けられた洞察力と納得のいく内容だ。

 そうか、自分は寂しかったのか。
 もしくは尊敬している近しい友人を、昔から好きだった親戚のお姉さんに取られたような気がして不貞腐れていたのか。そんな子供っぽい独占欲は卒業したと思っていたが、こうして結婚式に出席し二人の結婚を間近に見て実感するとあの頃の思いが顔を出したのかもしれない。

 あの夏から、健二さんは自分にとって特別な人だったから。



 * * *


 13歳の夏に起きたあの事件で僕の世界は変わった。

 世界一だった僕の高い矜持をズタズタにされたが再チャレンジして勝利したことでキングカズマは一回り成長できたと思う。チームプレイの大切さと面白さに気付くことも出来た。あれ以来個人プレイしか興味がなかったがチームミッションもこなすようになった。

 家族に対しても斜に構えていた自分があの究極な場面で初めて自分は真正面に家族と向き合うことが出来た。母や妹の大切さに改めて気づくことが出来た。

 そして人間不信で他人に興味を持つことが出来なかった自分が初めて近しくなりたいと思える他人が出来た。
 その人は、初めて「すごい」と思えた同世代の人で、「敵わない」と感じた人で、自分の大切な人を場所を「救ってくれた」人。
 それが健二さんだった。

 これだけ特別が揃えば13歳の子供だった自分が健二さんに傾倒するのも無理はなく、僕は健二さんべったりになった。あの頃の僕は健二さんに憧れ、尊敬し、お互い普通ではないこと親近感を感じていた。まるでヒーローに目を輝かせて追いかける子供のようだった。実際彼はヒーローだった。
 事件の後は何かに付けて一緒にいたし、彼が東京へ帰ってからはできるだけOZで会ったし、メールもしたし、長期休日のときは東京へ遊びにも行った。
 初めて友達になりたいと思えた相手と仲良くなりたくて当時の僕は必死だった。
 今思えば、あんなに必死にならずとも十分仲の良い友達の位置にいたのだけれど、ろくに友達のいなかった僕は経験値が少なすぎて加減がわからなかった。とにかく出来るだけ健二さんと接したくて結構な無茶をした覚えがある。健二さんもよく付き合ってくれたものだ。

 大体当時の自分は健二さんと何をどうしたいのかもよく分っていなかった。
 とにかく、自分の特別が健二さんなので、自分も健二さんの特別になりたがってたような気がする。でも健二さんの隣には恋人の夏希姉も、親友の佐久間さんもいて、どう考えても自分の入る余地が無いように思えて焦っていた。
 健二さんの隣に夏希姉がいるのは当然で、その邪魔はしないようにした。もちろん二人が自分を邪魔者扱いにしたわけではない。ただ二人の間には入れないと子供心にも分っていたのだ。
 だからそれ以外の健二さんは僕が独占したかった。
 佐久間さんの位置になりたかった。
 だから僕は勝手に佐久間さんをライバル視して牽制したり八つ当たりもしてしまった。随分生意気な態度をとった覚えがある。佐久間さんは年上の余裕と持ち前の軽妙な性格でそれをかわしてくれていたけれど、僕だったらシメてやるような態度だった。彼は僕のキングとしての大人の部分と健二さん相手の子供の部分を楽しんでた気がする。そんな飄々とした人だったから、僕の独占欲が落ち着いた頃には仲良くなれた。今でも遠慮の無い友達付き合いをしている。たまにあの頃を持ち出されてからかわれるのが玉にキズだ。
 あの頃を思い出すと『穴があったら入りたい…』なことだらけだ。
 思春期の子供なんてそんなものだけれど、僕は健二さんの思春期も佐久間さんの思春期も知らない。これってちょっとずるいよね。無理な話だけど、僕も同い年で一緒に成長したかった。

 思春期特有の思い込みにより健二さんに叱られたこともあった。

 僕はよく健二さんに会いに東京へ行った。
 といっても、素直に健二さんに会いたいからとは言えず『○○があるから東京に行くんだけど会える?』といった具合に別の理由のついでのように約束して会ってもらった。素直に遊びに行くと言ったのはGWとか長期休暇のときだけ。それ以外は大抵仕事を理由にした。半分は嘘で、半分は本当。あの頃は丁度スポンサーのプロジェクトに参加してて東京のスタジオや研究室へ行くことが多かった。実は東京に行く機会が増えるしお金が良かったので引き受けた仕事だった。
 僕が東京へ遊びに行ったときは夏希姉や佐久間さんと皆で会うこともあったけれど、大抵は二人で会えたし、何より健二さんの部屋に泊まれたので夜は健二さんとたくさん話せて嬉しかった。健二さんも僕が来た時は他の約束より僕を優先してくれて気分が良かった。でも冷静に考えると遠方から来たお客さんを優先するのは当然なのだ。自分が勝ったわけではないのだ。

 そう思うと普段から側にいたくなり高校は東京へ行きたくなった。
 理由は言わずに母さんに東京へ進学したいと告げたら呆れたような溜息をつかれた。反対なのかと思ったが「自分の進路は自分で決めた方がいいから反対はしないけど、どーせ健二さんが目的でしょ。賛成もできないわ」と言われてしまった。さすが母親だ。見透かされていた。でも反対はされなかったし、学力も問題はなく、生意気にもお金もあったから学費も一人暮らしも大丈夫だし、仕事にも便利なことが多いので、東京への進学は最上の選択の様に思えた。
 『東京で一人暮らし』、という大人な響きにも憧れたのかもしれない。

 中学二年が終わった春休み、上田のあの家で健二さんに高校は東京へ進学するつもりだと話した。
 最初は健二さんも「わー、ならもっと頻繁に会えるようになるね」と喜んでくれた。でも僕が東京へ行く理由を尋ねられたとき、健二さんの傍にいたいからとは言えず、仕事の利便性と東京へ来たいからと言うとはっきりと難色を示した。

「・・・佳主馬くん、それだけの理由で家族から離れて一人暮らしするの?だったら僕は反対」

 喜ばれるとばっかり思ってた僕は、頭から氷水をぶっかけられた気分だった。

「まだ絵馬ちゃん小さくて母さん大変だから家事手伝ってるって言ってたでしょ。もう少し傍にいて上げた方がよくない?絵馬ちゃんもあんなに可愛がってるのに離れちゃっていいの?」

 それは僕も気になってはいた。けど・・・

「あとね、どうせいずれ家族は離れ離れになってしまうんだから、そんなに急いで家を出なくていいと思う。せめて高校までは聖美さんの傍にいてあげた方がいいと思うんだけど・・」
 
 そんなの分ってる。それでも傍に行きたかったんだ。
 でもこんなことを言うのは僕のプライドが許さない。

「健二さんは、僕が東京に行くの嫌なんだ・・・」

 口をついて出たのはそんな女みたいな湿った声の恨み言。
 泣いてはいなかったけど、ちょっと泣きそうだった。

「!?、いやいやいや、佳主馬くんが東京に来るのは嬉しいよ!」
「ウソだ」
「ウソなんかついてないって!佳主馬くんが東京に来るのは大歓迎だから!」
「・・・じゃあ何で反対するの」
「えと・・、何か無理してそうだから」
「・・・・」
「この学校のここに行きたいとかじゃなくて、仕事に便利だからなんて佳主馬くんらしくないし・・・」
「僕らしくないってどこが」
「明確な目的がないところ、かな」

 目的なら、ある。ただ言いたくないだけ。

「佳主馬くんて何事も目的に向かってまっすぐ突き進むタイプだよね。そんな君だから大抵は僕に相談なんかせず事後報告になるはずなのに、今回は行く高校もまだ決まってないし、目的が曖昧ではっきりしない。なのに大切な家族から離れて東京へ来るなんて佳主馬くんらしくない気がする。・・それとも言いたくないけど東京へ来たい理由でもあるの?」

 存外自分のことをよく見てくれている。それがちょっと嬉しかった。
 なので、こくん、と頷いた。

「そうなんだ・・・」

 健二さんは少し考え込んで、困ったようにふわりと笑った。

「なら、僕は反対しない。でも理由がわからないうちはやっぱり賛成も出来ない。だって東京で一人暮らしするより家族と過ごしたほうが佳主馬くんのためにはいいと思うんだ」
「・・・・・・・・・」
「そりゃ一人暮らしすると便利だろうし楽だと思う。いろいろ大変だからよい勉強にもなるとも思う」

 うん、僕もそう思った。
 でも健二さんはそれだけじゃないんだ。だから相槌がわりに頷いて先を促した。

「あのね、家族が一緒に暮らして家族らしくいられる時間は少ないんだよ。人生でもほんのひと時。子供の時だけ。否が応でも離れる時が来る。だからそんなに急いで大人にならないで。子供の時も大事にして欲しいんだ。ご両親と絵馬ちゃんと・・・君のためにもね」

 そんなこと分りきっている。家族と暮らしたほうがいいのは当然だ。
 それでも、東京へ、健二さんの傍へ行きたかったのだ。

 でも、反論できなかった。
 健二さんの言葉には反論できない何かがあった。
 それに健二さんが喜んでくれないのなら東京行きは意味がないような気がしてきて反論する気も失せていた。

「東京への進学はよく考えてみて?」
「・・・うん」

 そういえば健二さんの両親は彼が高校卒業したときに離婚したと聞いた。
 だからこんなに沁みるのかもしれない。

「でもほんとは佳主馬くんが東京に住んでたら良かったのにねー。そしたら毎日とは言わないけど週一くらい会えたのに」
「え・・・」

 予想外の嬉しい言葉に胸が躍る。

「そしたらもっと頭を撫でたり、抱っこしたりして可愛がれたよねー」
「・・・何それ」

 理由を聞いてがっかりだ。なにその子供扱い。

「あ、ごめん、怒った?」
「ちっとも悪そうに思ってないでしょ」
「あはは、でもさ佳主馬くんて最初に会った頃はまだ僕の肩くらいしか身長なかったよね。それが会うたびに大きくなって、今じゃ僕の目線くらいになっちゃった。来年には追い付かれるかもね」
「成長期なめないでよ。追いつくなんかじゃなくて追い抜いてあげるから」
「だからだよ」
「?」
「いずれ追い抜かれるんだから可愛がれるうちに可愛がりたかったの!」
「・・・だから子供扱いしてるってことでしょ」
「僕は佳主馬くんを子供扱いしたことはないよ。君は十分大人だ。もうちょっと子供でいて欲しいくらい」
「じゃあ何で」
「なんというのかな・・・、少年だった佳主馬くんから青年になる佳主馬くんの変化を、PC越しじゃなくて、傍で見てみたかったんだ」
「・・・・」
「そういう時間をね、一緒に共有したかったんだ」

 健二さんはやけに優しい目で僕を見つめながら語りかけた。
 子供扱いという単純な理由ではなく、もっと大きい、丸ごと僕を包んでくれたような感覚。
 健二さんは、僕とは違った次元で僕を大事にしてくれてたんだ・・・。
 僕は自分の気持を押し付けてるだけだけど、健二さんは自分も僕もひっくるめて考えてくれてる。
 一人盛り上がって馬鹿みたい・・・やはり自分はまだ子供なのだ。

「ふん、僕より弱いくせに何兄貴ぶってんのさ」
「あ、それ言っちゃお終いでしょ!」
「僕にOMCでも喧嘩でも一度でも勝てたら『兄貴』って呼んであげてもいいけどね」
「それ無理だから!」
「・・・速攻認めるのって情けなくない?」
「・・・そうだね、僕もそう思った」
 
 お互い顔を見合わせて笑ってしまった。

「・・・でも僕と佳主馬くんて何なんだろうね」
「?」
「最初は弟が出来たみたいで嬉しかったけど僕よりしっかりしてて弟って感じじゃないし、年下で可愛いなって思う時もあるけどキングでこっちが年下みたいに尊敬してるとこあるし、友達だけどなんか親戚みたいな感覚あって単純に友達とは言いにくい。戦友っていったら説明が大変だしね」

 その感覚は僕にもわかる。親戚以外に健二さんのことを説明するのは難しい。

「単純に”身内”でいいんじゃないの?僕はそうしてる」
「え、でもそれって親戚の意味でしょ」
「そうだけどごく親しい間でも使うよ。それにいずれ夏希姉と結婚するからいいんじゃない?」
「////ま、まあそうなったらいいよね・・・」
「・・・そういう自信なさそうに言うとこが健二兄って呼べない所以だね」
「ぐさーキツイなー・・」
「真実でしょ」
「ははは、いつも率直な意見ありがとう・・・」
「どういたしまして」
「でも身内かぁー、なんかいいね。優しい響き。しっくりくる」
「そお?」
「うん、僕と佳主馬くんは、身内で親友、そんな感じだね」
「・・・・・・・・」

 【 親 友 】
 この二文字を健二さんから言われた。
 産まれて初めて出来た親友、それが健二さん。しかも言ってくれたのも健二さんからだなんて・・・
 ヤバイ、すごく嬉しい・・・・

「佳主馬くん?なんか顔赤いけど・・・」
「!!!もう寝るから」
「え、佳主馬くん??」

 僕は居たたまれなくなってその場から逃げだした。
 その夜は親友の二文字がぐるぐる回ってなかなか寝付けなった覚えがある・・・。



 * * * * *



 このあとから僕の健二さんへの独占欲は落ち着きはじめた。
 健二さんのなかので僕の立ち位置がわかったので安心したからだと思う。
 前よりか落ち着いて付き合えるようになっていった。

 結局僕は東京へ進学しなかった。それで良かったと思う。
 あの頃に東京へ来ていたら健二さんしか見えず視野の狭い人間関係しか築けなかっただろう。離れてたことで他の人間関係も築かざるえ得なかったし、前のように盲目的に健二さんだけを見ることはなくなったから健二さんともフラットに付き合えるようになった。

 相変わらずヒーローは数字の世界を飛んでいて遠い存在だがそれを追いかけようとはもう思わない。
 一応これでもキングと呼ばれている身だ。
 ヒーローの着地の手助けをできるくらいにはなったと自負している。

 ヒーローに憧れてた少年時代は終わったのだ。

 僕と健二さんの関係は戦友でもあり、兄弟のようでもあり、親友でもある。
 それに今度は家族という関係が正式に加わるのだ。
 なんと目出度い日だろうか 

「おーい、次はキングの出番だぜ」

 佐久間さんがマイクを寄こしてきた。

 そう、自分は結婚式のスピーチを頼まれるくらいには成長したのだ。

 改めて、祝福しよう
 この新たな家族の幸せを。



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