「Trick or Treat?」

「トリック・オア・トリート!」

 10月31日のハローウィンの夜、麻衣が書斎に乱入してきた。
 同居してるのでどの部屋も入室可能だが書斎だけは勝手に入るなと言ってある。普段麻衣がそれを破ることはない。なのにノックも何もせず突然入って来てはハロウィンのふざけた決まり文句を言うのだから乱入で十分だろう。
 今朝麻衣はジョンの教会の手伝いに行き、その後はぼーさん達とパーティをすると言っていた。時間を見ると夜の11時、打ち上げに酒を飲みご機嫌な様子で書斎に乱入したというわけか。
 ナルは麻衣に呆れた視線を送ったが、麻衣は気にせず近寄りちょこんとナルの膝の上に腰かけた。
「ねぇねぇ、悪戯かお菓子!どっちがいい?」
 酒で頬を赤らめた麻衣がねだるように聞いてくる。麻衣は鮮やかなカボチャ色の衣装を身にまとっていた。魔女の扮装かカボチャの扮装だろうか。ワンピースで少々丈が短い気がする。膝小僧が寒さで赤く色づいてるのが見えた。
 ナルは溜息をついてデスクの引き出しにあるチョコレートを取り出した。これは以前に書斎で貧血を起こした時に、『飢え死にしそうになったらコレ食べて!』と涙ぐみながら麻衣が入れた物だ。甘いモノが苦手な自分だが、食事を抜いた時には非常に有効だ。時折利用している。
 それを一欠片だけ切り取り麻衣に向けた。
 麻衣はえへーっと笑み崩れ、ぱかりと口を開いた。
 その小さな口に、ポイっとチョコレートを落としてやる。
 口をもごもごさせなら「おいし、ありがと♪」と頬に軽い触れるだけのキスを返された。
 離れた麻衣の顔は甘い笑みを浮かべていた。彼女自身が用意した市販の一枚数百円のチョコレートが、まるで極上のスウィーツを食べたような至極甘い笑みだ。
 彼女にとって菓子は何でも良かった。このような遣り取りを楽しみたかっただけなのだろう。苦笑し、自分も一つキスを落とす。今度はもちろん唇にだ。慣れたやわらかな感触と共に甘い味が口に広がり不快だった。
 二十歳を過ぎ甘いモノが嫌いな自分にハロウィンなど無縁だ。
 だが、同じく二十歳を超えた麻衣が楽しむのなら自分も楽しむ権利はあるだろう。

「Trick or Treat?」

 麻衣の耳元で囁いてやった。
 低いテノールが響き、ぴくんっと体を震わせた麻衣は、顔を赤らめながら自分のポケットを探った。意地悪な恋人の性格を予想していたのだろう。麻衣はあらかじめポケットに菓子を入れておいたのだ。
「はい、麻衣ちゃんお手製カボチャケーキだよ!」
 可愛らしく白いフィルムでラッピングされた手のひらサイズのカップケーキを差し出された。麻衣の衣装と同じく鮮やかなカボチャ色は子供達に大人気だった。
 我ながらなかなかの出来だと自負している。

「却下」

 しかしナルは手に取ろうとすらしなかった。
「えええ?何でさ!」
「それは僕にとってTreatじゃない」
「どゆこと?」
「Treatの意味は?」
「えと・・・”おもてなし”とか”ご馳走”とか?」
「そう。僕は甘いモノが嫌いだ。だからソレは僕にとってご馳走じゃない」
 もともとは子供達向けのお祭りだから、子供のご馳走=菓子となっているだけだ。菓子でなくてはならないという定義は無い。
「そんなこと言われても・・・これしか用意してないもん」
 外食すると決めていたから甘くないご飯は用意してない。それに食事はナルにとって”ご馳走”ではないだろう。好きな食べ物が無い彼にとってご馳走の観念は違うところにある。
「じゃあTrickだな」
 頬を膨らました麻衣をくつりと笑い、ナルは麻衣の腰を捕えた。その手からじわりと熱が伝わり麻衣は顔を赤らめた。
「ちょッ、Trickは嫌だ!」
 ナルとそういうことをするのは今更だから嫌じゃない。だけど”Trick”と言われれば何をされるか分かったもんじゃない。
 ナルは基本紳士な恋人だが、時に意地悪な恋人でもあるのだ。それは主に夜に発揮される。
「ではさっさと用意しろ」
「そんな無茶な!」
「そうでもない」
「ナルのご馳走と言ったら仕事と本と幽霊でしょうが!そんなのすぐに用意出来る筈ないじゃん!」
「着眼点は悪くない。しかしご馳走は他にもあるが?」
 眼を伏せて麻衣を見つめ、赤い膝に手を添えて撫でるように手を動かす。
 普段は朴念仁でもナルはその気になればいくらでも色気のある流し目が出来る。ナルの破壊力抜群の色気(毒気?)にあてられ、麻衣は更に顔を赤らめて俯いてしまう。髪がさらりと流れ、首筋があらわになる。そこに唇で触れると腕の中の麻衣がビクリと震えた。それに気を良くしてご馳走例を一つ、耳元で囁いてやった。
 ヒントを聞いた麻衣は耳まで赤くなった。
「ううう・・・TrickもTreatも一緒じゃんか・・・」
「そうでもない。結果は同じでも過程が違う」
「・・・どうちがうの?」

「焦らしながら悪戯気味にされるのと、甘く優しく念入りにされるのとどちらがお好みですか、谷山さん?」

 チョコよりも甘い甘い笑顔で囁く麗人に、麻衣は真っ赤になって絶句するしかなかった。

 その後、麻衣が何と答えたかは・・・二人だけの秘密。

 さあ、あなたならどちらを選ぶ?



(END...?)

いやーんなその先を読みたい?と聞いたら多数の方に賛同頂きましたので後日書いてupしますねー。問題は、ほぼ全部のメッセージが文字化けしてて、悪戯かご馳走のどちらが多数か分からんってことですね(泣)。なんとか読めるようにしてどっちか書きたいと思いますー。
2011.10.31→11.1にコメント変更→2012.11.24拍手より移動
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