最後の日 -09- 

 主要な人への挨拶を済ませ、あとはいつ帰ってもいいナルは麻衣を探していた。
『あの馬鹿は一体どこにいるんだか・・・』
『さあ・・・先ほどまで食事テーブルにいたんですが・・・』
 早く帰りたい二人はメイン会場を探したが見つからない。
 ふと、カジノ会場が目に付いた。
 中に入ると少しだけ賑やかな一角があった。
『あら、日本人のあの子また当てたわよ』
『うふふ、子供みたいに喜んじゃって可愛いわね。どなたのお嬢さんかしら』
 『日本人』の一言が気にかかり、人の多いテーブルに移動する。するとそこには予想通り麻衣がいた。ニコニコ笑いながら賭け事に参加し、的中させていた。
(何をやっているんだこの馬鹿は)
 人を掻き分けて麻衣のところまで行く。
「麻衣」
「あ、ナル!」
 麻衣はニコニコと手を振って答えた。
「もう用は済んだ。帰るぞ」
「え~、もう少し遊んでいたいのに・・・」
 麻衣の前には数十枚のチップが積まれていた。勝ち戦なので離れがたいようだ。
「もう少しだけ!あと30分だけ!」
「・・・あと5回だけ」
「わかった!ありがとう!」
 麻衣は嬉々としてまた参加しはじめた。
「まどかは?」
「誰かに話しかけられてどこかへ行ったよ。すぐ戻るからここでじっとしててねって言われたの」
「全く役に立たないな・・・」
「それ本人の前で言ってみな」
 それには肩をすくめて答えた。
「ナルもやんない?」
「僕はしない。・・・というか出来ない、のが正しい」
過去に研究資金調達のためにやった。
随分昔に、PKを信じない富豪との勝負で大勝し、寄付を勝ち取ることに成功した。それ以来、PKを使えば確実に勝てるルーレットはしないことにしている。いらぬ騒ぎを引き起こさないためだ。周りも暗黙の内に了解している。
研究資金に困ったら面の割れないラスベガスにでも行ってひと稼ぎすればいいと思っている。
「そんなことしてたんだ・・・」
 呆れるというか流石というか感想に迷う武勇伝だ。
 それなら賭けられないのは仕方ない。でも私だけ楽しむのも悪い気がする。
「少しだけならいいんじゃない?」
 そう言って麻衣は2ポンドチップを差し出してきた。一番小さい賭けチップだ。これなら賭けても大した金額にはならない。一番高い倍率を当てても36倍で72ポンド、日本円で一万円に満たない。これならもし勝ってもPKを使ったと言いがかりをつけられる心配もないだろう。だが全くではない以上、面倒は避けたい。
「いらない」
「そう?」
 麻衣が少し寂しそうに手を下げた。 
『受け取りなさい、オリヴァー』
 声がした方を見るとまどかに付き添われたドリー卿が紳士的な笑みを浮かべてこちらを見ていた。日本語で内容は分からずとも麻衣がゲームを誘っているのが分かったのだろう。
『折角のお誘いを無下に断ってはいけないよ。少しだけ楽しんでみては?』
 ニコニコと楽しそうに笑っている。完全に面白がられている。ここで断ったらその方が面倒だろう。ナルは溜息をついて手の平を麻衣に差し出した。麻衣は嬉しそうにナルの手に5枚のコインを落とした。10ポンド、5回ベットできる金額だ。
『では少しだけ。ただし賭け金は彼女のものなのでもし当たっても彼女に返しますから』
『彼女に良いとこを見せてやりなさい』
 勝っても自分のものにはしない、フェアに賭けをするとと意思表示のために言ったつもりが別の効果を生み出したようだ。
「私にプレゼントするなんて、自信満々じゃん」
「飼い猫にもたまには駄賃をやるべきかと」
「生意気!こっちが駄賃をあげたんだっての。負けてももうあげないよ!」
「それどころか倍返しにして差し上げますよ」
「言ったな!じゃあ勝負しようよ。どっちが多く勝てるか」
「いいだろう。僕はコインを一枚ずつ、計5回賭ける。より多くコインを持ってた方が勝ちだ」
「分かった。もし私が勝ったら・・・そうだな、あんたの嫌いな女の子とケーキがたっくさんあるケーキバイキングに付き合ってもらうからね!」
「僕の場合はそうだな・・・書類にサインしてもらおうか」
「ゲッ、それってば解剖承諾書とかじゃないよね!?」
「さあ?」
「そ、それはパス!」
「もう遅い。始まったぞ」
 目の前でルーレットが回りはじめた。
「えーと、じゃあ私は赤!」
「僕は偶数を」



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2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
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