最後の日 -06- 

「麻衣ちゃん、今夜パーティに行かない?」
 帰国する前日、まどかさんから思いもよらないお誘いを受けた。
「ぱ、ぱーてぃですか・・・?」
「そ、パーティ」
「パーティって、キラキラした会場でお酒やご馳走が出て、ハイソな人々がドレス着て社交ダンス踊ったり、ほほほとかしゃべったり笑ったりする、あのパーティ?」
「…少し違うけど、そのパーティで間違いないわね」
「何で私が?」
「ドリー卿主催のパーティで、元々ナルは出席が決まっていたのだけれど、麻衣ちゃんも連れて来れないかと打診があったのよ」
「はあ・・・何でまた」
「ナルを助ける時にドリー卿に便宜を図ってもらったの。その時に麻衣ちゃんのことを話したから興味をもたれたみたい・・・」
「なるほど・・・」
 道理でフロントマンがドアを開けてくれたはずだ。お偉いさんが手をまわしていたのか。あの短時間で手配をしたまどかさんも凄い。さすが室長様だ。
「それに、自分が死ぬ前にナルの恋人に会いたい、なんて言われちゃって・・・。相手は100歳近いご老体だし、無碍に断ると洒落にならないのよ」
 まどかさんが困った顔をしてこちらを見た。パーティに参加するくらい嫌ではない。
「私で良いならいいですよ?」
「ホントに?」
「はい、私もお礼を言いたいですし」
 返事するとまどかさんはあのパァっと明るい笑みを浮かべた。
「ああ良かった!あのご老人の機嫌を損ねると大変なの!助かったわ!ありがとう!」
「でも私ドレスも何も持ってないですよ?」
「大丈夫、そこは任せて!ねぇルエラ!」
「はい」
 いつの間にか会話に参加していたのか、ルエラはとても楽しそうに返事した。
『さあ!そうと決まれば早速買い物に行きましょ!』
『賛成―!』
『は、はい…』
 異様に張り切る二人に引きづられるようにして買い物に出かけた。

 そして4時間後…。

「つ、疲れた…」
 鏡の前に座って疲れきった麻衣がいた。
「もうちょっと我慢して!あと少しだから」
 アレから買い物につき合わされ何着ものドレスや靴を試着させられ、決まったと思ったらエステに連れて行かれ顔とデコルテのマッサージを受け、終わったら着付けをしてもらい、美容師さんに髪をセットしてもらう傍ら、ネイルまでされてしまった。どれも女の子として憧れていたけれど、こう一気にやられると慣れないことへの疲れの方が先立つ。
今は最後の仕上げのメイクに入っているところだった。
『さあ!出来上がったわよ!』
 数分後、メイクが終わり、全身の姿見で自分の姿を確認すると…。
「…我ながら化けたね」
 鏡の中には青いドレスを着たレディが立っていた。
 深い青のドレスは二重になっていて、下が光沢のある微妙な模様の生地で、上がふわりと広がるオーガンジー。濃い色なのに軽やかな雰囲気を醸し出していた。胸元、腰、髪に淡い色のブルーローズが飾られ、シックな中にも可愛らしい雰囲気を残している。そしてプロの手によるヘアメイクが普段の自分より数段大人っぽく見せていた。耳元にはティアドロップの真珠が光っている。
『イヤ~!麻衣ちゃんってば綺麗!』
『とっても綺麗よ。これならナルだって惚れ直すわ』
 いや、元々惚れられてないんですけど…とは口に出さないでおく。
 でも褒められて悪い気がする女はいない。鏡の前でポーズなどとってしまう。うん、我ながらなかなかいいんじゃないか?
 女とは現金なもので、あんなに疲れていたのに綺麗な格好をした途端、上機嫌になってしまった。

 帰宅すると、私の格好を見たマーティンが手放しで褒めてくれて照れくさかった。
『バラの妖精が舞い降りたかと思ったよ!息子の恋人じゃなかったらエスコートを買って出たいところさ』
 いやあもう、恥ずかしいセリフのオンパレードだった。
 そして最後に、知らない内にスポンサーだった博士様に出来栄えをご披露しなくてはならなくて…。
『ど、どうか、な?』
 黒のスーツ姿の無駄に麗しいナルに自分の姿を見せるのは勇気がいる。だってどうしたって負けちゃうもん!何で男のくせにそんな無駄に綺麗なんだよ!
 正直、ナルの横に立つのはちょっとイヤだなーなんて思ってしまった。珍しく乙女モードスイッチが入っちゃったよ!
 不安に思いながら感想を待っていると
『上出来じゃないか?』
 と珍しく褒めるような言葉を言ってくれた!
『へ、変じゃない?』
『ああ、少なくともローティーンには見えない』
「…って基準がソレかい!」
 つい日本語で文句がでてしまった。あーもうナルに褒めてもらおうなんて考えるほうが甘かった!
麻衣はむくれてそっぽを向いてしまう。
『何故怒る』
『当たり前です!』
応戦してくれたのはルエラだった。そうですよね!
 ナルは少しだけ首を傾げて言った。
『ちゃんとレディに見えると言っているのに怒る理由が分かりません。ほら、手を出せ』
『へ?』
 腕を掴まれて、ナルの腕に絡ませられた。
『レディならエスコートしてやってもいい』、
『…エスコートさせて下さい、の間違いでしょ!』
 素直じゃない二人は両親に笑われながら家を送り出された。


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2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
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