最後の日 -01- 


『麻衣~、業者さんが荷物取りに来たわよ』
 ルエラが階下から声をかけてくれた。それに返事をしてスーツケースを引きずって部屋を出ると、部屋の前にナルがいた。
「荷物はこれか?」
「あ、うん」
 ナルは私のスーツケースを持ち上げて階段の下に下ろしてくれた。
「ありがと!」
 お礼を言うとナルは肩をすくめた。ルエラに頼まれて仕方なく運んのだから礼には及ばないというポーズだろうか。それでも助かったのでお礼は必須だ。
スーツケースを玄関にいる業者に渡して、引き換え証を受け取る。これで準備は完了だ。
『三週間なんてあっという間ね・・・』 
『本当です』
 ルエラが残念そうに言ってくれるのが嬉しい。

 私は明日、日本へ帰るのだ。

 本当は三人一緒に帰る予定だったのだけれど、ナルとリンさんは諸事情によりもう一週間英国にいることになったらしい。なので帰りの便は私一人だ。
 三週間だけの滞在なのに、皆に買ったお土産や、餞別に頂いたお土産などいれたら荷物が一気に増えてしまった。ついでとばかりにナルも「事務所に置いとけ」と荷物を預けたのだから余計に重い。
 心配したルエラが荷物だけでも先に預けては?と事前に飛行機に預けるサービスを頼んでくれた。後に残されたのは明日の着替えと手荷物だけだ。荷物が無くなると、部屋がガランとして寂しかった。
「ナルはもう出かけるの?」
「ああ」
 玄関にいたナルはスーツ姿だった。これから後援者達との会食らしい。帰国したナルはしょっちゅう会食に駆り出されている。
 白とグレーの模様が入った黒のツイードに白いシャツ、胸には白いハンカチに首に黒いスカーフをピンで留めている。スーツ姿のナルは文句無く格好良い。ナルの美貌に見慣れた私ですらちょっと見惚れてしまう。
(この格好みたらお嬢様方が惚れちゃうのも無理ないよ)
 今日も被害者続出だろうな~と、他人事のように美貌の青年を眺めてしまう。
「何を見惚れている」
「・・・そこで『用がある』とは思わないで、『見惚れてる』と思うあんたのナルシストっぷりに感動したよ」
「用があるのか?」
「用というか・・・帰り遅いの?」
「いや、そうでもない。何だ?」
 ナルが聞いてくれたけれど、忙しそうなナルに言うのは躊躇われてちょっと言いよどんでしまう。
「・・・あのさ、今日の夜か明日の朝、時間があれば一緒にジーンのお墓に行きたいなと思って・・・」
 帰る前に二人で行きたかったが、調査の後はデータまとめなどで忙しく、なかなか時間が取れなかった。
ナルはちょっと目を瞬いたあと、以前にした約束を思い出したのか、思案する素振りを見せた。
「・・・明日の朝なら」
「ホント?」
「ああ。カメラ持っていくぞ」
「うん!」
 麻衣は満面の笑みで頷いた。
「じゃ、気をつけて」
 ナルは頷いて玄関を出て行った。
「さて、やりますか!」
 片付けは終わったけれど、まだやることが残っている。ナルだけじゃない、今日は麻衣も忙しい日だった。

 * * *

 夕方、デイヴィス家にお客さんがやってきた。
『いらっしゃい♪』と出迎えたルエラにそれぞれが挨拶をする。
『今晩は、お邪魔します』とまどかさん。
『ご無沙汰してます』とリンさん。
『お久しぶりです』とアレクさん。
 研究室のメンバーだった。
 今日は帰国する麻衣の送別会に皆集まってくれた。
 ホームステイさせてくれたお礼に最後の日はデイヴィス家で日本食を振舞うと言ったら、
「あらまぁ楽しそう、混ぜて?」とまどかさんが、
「ぜひ俺もご馳走になりたい」とアレクさんが言うものだから、デイヴィス家で送別会をすることになった。
 正直、皆を満足させられる料理が作れるかどうか非常に不安だけれど、皆と最後に集まれるのは嬉しかった。

 そして皆が揃った食卓に私が用意したものは・・・

『今日のメインは【お好み焼き】です!』
 テーブルに載せたお好み焼きを見て、一番にまどかさんが大きな歓声を上げた。
『わぁ!懐かしい!!』
『具の入ったクレープかしら?』
『上に掛かっているのはソースかい?』
『香ばしい香りがするね』
 まどかさんとリンさん以外は不思議そうな顔をした。
『【お好み焼き】は関西の代表的な郷土料理(?)です。卵と水で溶いた小麦粉の中に、キャベツや天かすなどの具材を混ぜて、豚肉を載せて焼き上げます。上にかかっているのは専用のソースで、普通のものより少し甘いです。上に掛かってるのは【鰹節】です。あ、リンさんのはお肉じゃなくて大豆ミートだから大丈夫だよ!』
『ありがとうございます』
 他にも、塩もやし、温玉のシーザーサラダ、豆腐の白和え、昆布出汁で作ったお吸い物を用意した。ちょっと居酒屋メニューっぽいが私の腕だとこれくらいがせいぜいだ。
 日本で綾子に相談したら
「あっちで手に入る材料とアンタの腕じゃ本格的な日本食は難しいわよ。特にベジタリアンがいれば尚更よ。精進料理なんて作れないでしょ?それならちょっと珍しい料理を出した方が喜ばれるんじゃない?」
 綾子の言うことは一理ある。しかもルエラは主婦でとても料理上手だ。彼女を満足させる和食など敷居が高い。それなら珍しい物を出した方がいいかもしれない。 
そして相談して決めた結果が【お好み焼き】だ。
皆の口に合うか不安だったが・・・
『わーん、このソースよ!ソース!美味しいッ!』
『うん、このソースが実に合うね。美味しいよ』
『あ、こっちはお餅とチーズが入っている。へー好きに具材を変えられるのが面白いね』
『こっちは海老と蛸が入っている。プリプリして美味しい』
『リンのもちょっとくれ』
『こちらはネギ焼きですね。醤油味が香ばしいです』
 概ね好評で安心した。
『う~~ん、白和えも美味しいッ!また作って欲しいけど、明日には帰っちゃうのよねー・・・寂しいわ』
『ホント、三週間なんてあっという間ね。麻衣が来てくれてとても楽しかったのに・・・』
『お茶の時間に麻衣ちゃんのお茶が飲めないのは寂しいわ』
『まだまだ一緒に行きたいとこがあったのに残念だわ』
『ありがとうございます・・・』
 まどかさんとルエラがため息混じりに言ってくれた。本当に寂しがってくれるのが伝わって嬉しい。ちょっと涙ぐんでしまう。
『来年またナルと一緒にいらっしゃい』
『へ?』
『そうね。来年は一ヶ月くらいの研修スケジュール組んどこうかしら。予定空けといてね?』
『はい?』
『あら素敵♪それなら麻衣が使っていた部屋はそのままにしとこうかしら。いいわよね、マーティン』
『もちろんだよ』
『ナルが帰ってこなくても麻衣は来てくれていいのよ?ホームステイ先の母親のことをホストマザーと言うのよね。本当の実家と思っていつでも帰ってらっしゃい』
『ル・ルエラ・・・』
 慈愛の笑みを浮かべたルエラに優しくハグされて、麻衣は涙腺が緩んでしまった。そこをぐっと堪えて
『絶対また来ます!』
 ルエラの胸の中で宣言した。

『・・・囲い込み漁ってこんな感じか?』
『・・・間違ってないと思います』
 リンとアレクは唯一の嫁候補確保と、稀有な能力者確保に走る女性陣に麻衣が絡めとられていく。マーティンはルエラの味方だし、二人も異存はないので誰も止めようとはしない。
近い将来、麻衣がこちらで生活する姿が見れそうだ。
『それで肝心の王子様はお姫様を放っておいて誰と会っているんだ?』
『確かエイムズ氏とロイド氏、あとキャニンガム氏です』
『ってキャサリンの父親のキャニンガム氏か?』
『ええ、恐らく彼女も同席しているでしょう』
『美味いモン食い逃した上に、苦手な親父連中と女に囲まれて食事なんぞ・・・ご愁傷さまだな』、
『明日の機嫌は最悪でしょうね』
『違いない』
 明日の研究室の空模様は大荒れだろう。嫌な予想に二人はため息をついた。


>>02へ
2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
2011.12.25
× 展示目次へ戻る ×