香る家 -13- 

 拗ねた麻衣を宥めながら、朝食を取りつつまどかの報告と麻衣の夢を聞くことにした。
「・・・、って言う訳であそこに香水瓶がこっそり入れられてたの」
「憑依された麻衣が答えた内容とほぼ一致する。彼女は『香水瓶を返してくれ』と言っていた」
「問題はその在り処だな」
「まどか、聞き出せたか?」
 今朝、報告に戻ってきたまどかに視線が集まった。
「ええ、ばっちりよ!昨日ナルから連絡貰った通り、ベンジャミン氏のお孫さん達にちゃーんと聞きだして来たわ。最初は怒られると思って何も話さなかったけど、穴の事言ったら白状したわよ。クリケットのバットを振り回して壊したって!怒られるのが怖くて絵画で隠したのね。ご両親からうんと怒られていたわ」
「ははは・・・」
 どれだけ振り回せばあんなに割れるんだか・・・男の子の破壊力は凄まじい。
「彼らはあの部屋で女性の影も見ていたそうよ。昨日の麻衣ちゃんみたいにベッドの周りを漂っててとても怖かったと言ってたわ。でも壁を壊したのが露見するのが怖くて言えなかったみたい。ベンジャミン氏はとても優しいけど怒ったらとーっても怖いそうよ。それこそ幽霊よりも。ちょっと意外よね。それで持病のアレルギーが出たから『臭いが強くなってアレルギーが出た』と言ってロンドンの家に戻る口実にしたそうよ」
「なるほどねー」
「じゃあアレルギーが出たっていうのも嘘なのか?」
「いいえ、全くの嘘ではないようよ。あの部屋にいるとよくくしゃみが出たし、臭いが強いとも感じたと言っていたわ」
「そうか・・・」
 ナルは考え込む仕草を見せた。少し残念そうに見えるのは気のせいか。
「肝心の香水瓶は?」
「彼らの仕業だった。最初黙ってたけど『コレ以上お爺さん怒らせない方がいいわよ?』って匂わせたら一発だったわ」
 うふふと笑うまどかさんが怖い。ニコニコしてるくせして妙に迫力があるのだ。
「キレイだったから棚から出して自分たちの物にしようとしたのね」
「では持ってきた?」
「ううん、それはまだ」
「珍しく手こずったのか?」
「違うの。香水瓶はまだここにあるの」
「「え?」」
「何?」
「兄弟はこの敷地内に隠したそうよ」
「どういうことです?」
「よくある話よ。兄弟で見つけたけどお兄ちゃんが横取りしようとしたの。怒った弟が兄に分からないように秘密の場所に隠したんですって」
 まどかさんににっこり笑って「皆で見つけましょうね?」と言われれば探すしかない。
「今度は宝探しかよ・・・」
 アレクセイの呟きが全員の気持ちを代弁した・・・。

庭の一角をうろつきながらまどかが説明する。
「屋敷から東へ30メートルほど行ったところにシロツメクサがたくさん咲いてる場所があるらしいの。そこの大木の洞に隠したそうよ。目印に×印が3つある木ですって」
「・・・・・・大木なんぞ腐るほどあるんだけど?」
 アレクセイがげんなりと問うのも無理は無い。東の方向には森が広がりどれも該当しそうだ。
「その子供連れてこいっつーの」
「無理。今日からサマーキャンプなのよ」
 連れてきたくとも無理だったようだ。
「30メートルと言っても子供の言う事だ。30メートル付近を中心に円状に捜索した方が良いだろう」
 屋敷から30メートルほど行った地点で別れて探すことにした。
 麻衣&アレクセイ、まどか&リン、ナルの三つに別れ、それぞれインカムをつけて探していく。
「子供の足あとが見つかりゃいいんだが・・・」
「そうだねぇ・・・」
 下草に視線を彷徨わせながら散策する。
「麻衣は第六感の女なんだろ?何か感じないか?」
「残念ながら起きてる時は一般人なんですの」
「そりゃ残念」
おどけたように言われて笑いあう。こうして歩いてるとちょっとした森林浴だ。仕事なのがちょっと残念だ。

「アレクさん。あそこッ」
 二人で歩いていたら、ふと明るい場所が視界に入った。あそこなら森の中でもシロツメクサが咲くかもしれない。
「麻衣?」
 麻衣は小走りでザカザカと森を分け入り目的の場所に向かった。アレクセイが慌てて後を追う。 
 目的の場所に辿り着くと、一瞬、森を抜けたような感覚がした。木陰を抜け、そこだけ明るい日差しが溢れていた。
その場所には一本の大きな木があり、その下にシロツメクサが咲いていた。
「ほら!ここに印がある。これで間違いないよ!」
大きな木には地上から一メートルちょっとのところに、×印が三つある。丁度子供がつけたような位置だ。
「さすが第六感の女だな…」
 追いついたアレクセイが大木を見て感心した声を上げた。
「目で見えるとこには洞ないね・・・」
「上の方だな」
 二人で木の周囲を見たが目で見える場所には洞がない。木に登って探すしかないだろう。アレクセイはインカムでナルに呼びかけた。
【見つけたか?】
「ああ、麻衣が見つけた。位置が高い。梯子が必要だ」
【分かった。リンに持っていかせる】
 姿は見えないがそれぞれ遠くには行っていない。梯子も最初の地点に置いてあるので、すぐ持ってきてくれるだろう。
「麻衣、リンが梯子を持ってきて…って何してんだ!」
 麻衣を見ると、大木に足を引っ掛けている麻衣がいた。
「え?子供が登れるくらいだし、いっちょ登ってみようかと…」
「危ないだろうが、梯子が来るまで待ちなさい」
「大丈夫、大丈夫、麻衣さんに任せなさいって!」
 制止するアレクセイに構わず麻衣はするすると木を登っていく。子供が登れるくらいなので足場がしっかりしているのだろう。足運びに不安な様子はない。しかし古い木だ。麻衣は小柄だが子供ほど軽くはない。折れないようにと、はらはらしながら見守る。
「あったー!」
 麻衣が木の上から自慢げな声を上げた。高さ3メートルくらいだろうか、随分上まで登っている。
「おっきな洞の中にあったよ」
「分かったからそこでじっとしてろ!梯子が来るまで動くなよ!」
「大丈夫だよ?」
「駄目だ!」
 麻衣は木の上で足をぶらぶらさせながら呑気に答えた。登るより降りる方が難しい。足元が確認しにくい分、落ちる危険が高いのだ。今にも自分で降りようとする麻衣を必死で止めていると
「麻衣!何してる!!」
「ちょっと麻衣ちゃん!危ないじゃない!!」
「谷山さん…」
 梯子を持ってきた三人が合流した。
当然のことながら無謀な麻衣を皆が叱責する。
「今からリンが行くからそこから動くな!」
「はぁ~い…」
 ナルの指示に麻衣は肩をすくめて返事した。この木は足をかけやすいひっかかりが多く、とても登りやすかった。子供が登るくらいだし、そんなに怒られる理由はないと思う。せっかく瓶を見つけたんだからちょっとは褒めてくれてもいいのに・・・、と少し面白くない。
 リンが木に梯子をかけ着々と登り始めた。すぐ麻衣がいる位置に辿りつく。
「谷山さん、こちらへ…」
「はーい。あ、リンさん、落とさないよう瓶を先に渡していい?私の服ポケットないんだ」
「ええ」
 リンは手を伸ばして差し出された小瓶を受け取り、胸ポケットに落とした。
「これで一安心!」
 安心した麻衣は梯子へ移動しようと、木の枝に手を掛けた。しかし安心して油断したのか、ズルっと手が滑ってしまった。
(ヤバッッッ!!!)
 慌てて違うところを掴もうと手を伸ばしたが空を切る。
 体勢を崩し、上半身から体が宙に投げ出される。
「きゃぁぁああああ!」
 覚えのある感覚に落下していくのが分かった。恥ずかしい話だが落下経験は数度目だ。
(でも今回は100%自分が悪い。治療費出るかな・・・) 
 危険時は思い出が走馬灯のように駆け巡るという。落下まで一秒か二秒か、その一瞬に変な心配をしてしまう。
 咄嗟に頭を抱え、訪れる衝撃を予想して目をつぶる。
 人は重力には逆らえない。 
 だが落下中に、ふわっと、一瞬浮遊感がした。
「え?」
次の瞬間、
ドサッ!!!
「!!!!!」
落下の衝撃が自分を襲った。
「あ、あれ・・・?」
 どうやら自分は着地したらしい。でも、どこも痛くない。麻衣は恐る恐る目を開けた。目を開けた先には類まれな美貌を顰めたナルが自分を見下ろしていた。
「ナル・・・」
 自分はナルの腕の中にいた。ナルが自分を抱きとめてくれたのだ。落ちる最中、一瞬浮遊感を感じたのはナルのPKだったのかもしれない。
「もう麻衣ちゃん!心臓が止まったわよ!」
「だから言っただろうが馬鹿!」
「・・・無茶はほどほどに」
 皆が駆けよって、口々に麻衣を叱る。麻衣はナルの腕の中で縮こまった。小さく「ごめんなさい・・・」と呟いた。
 ナルは無言で麻衣を下ろし立たせた。
「怪我は?」
「無いと思う。ナル、ありが…」
「この馬鹿ッ!!」  
 上から大喝されてしまった。滅多にない厳しい声に体が竦む。掴まれた腕から怒りが伝わってくるようだ。
「お前に学習能力はないのかッ!いつか大怪我するぞ!!」
「ごめんなさい…」
 心当たりがありすぎて麻衣は小さくなるしかない。
「次に無茶な真似したら危険手当削るからな」
「えっ!それは勘弁!」
「谷山さんは危険な真似がお好きなようですので、不必要かと」
「そんなぁ・・・」
「歳相応の思慮分別を持てば問題ない」
「う・・・あ、はい・・・」
 シュンとした麻衣に、言うべきことは言ったと、掴んでいた腕を離す。そして麻衣の額をベチンッ!と叩いた。
「痛ッ!」
「戻るぞ」
 ナルはすたすたと歩き出してしまった。
 その後ろ姿は相変わらず細い。この細い体に自分を抱き止める力があるなんて思わなかった。PKを使ったにしても、いつの間にそんな逞しくなったのだろうか。
(ナルも男だったんだなー)
 腕も胸も硬くて結構逞しかったかも・・・なんて感触を思い出してしまい一人顔を赤らめた麻衣だった。

「・・・いいもん見た」
「そうね」
「オリヴァーのあんな必死な顔は久しぶりだ」
「日本ではしょっちゅうですよ。谷山さんは無茶ばかりしますから」
「ははは、ますます日本に行きたくなった」
「是非どうぞ。たまには代わって頂きたいです・・・」
 お目付役で苦労症のリンは本気で言っているようで、アレクセイは笑って背中を叩いた。




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2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
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