香る家 -14- |
香水瓶を発見したあと、ナルは現象の経緯を依頼人に伝えた。ベンジャミン氏は香りの正体がここに住んでた女性で、幸せに亡くなった人であること、香水瓶が隠されていた訳を知り、大変喜んだ。 『今回の変化はお孫さんたちの悪戯が原因なので、香水瓶を元に戻せば以前と同じ状態にもどると思われます。ですが香水瓶と屋敷をしかるべき方法でお祓いすれば浄霊し、現象を無くすことも可能でしょう。いかがされますか?』 ナルは彼女の処遇をどうするか尋ねた。 浄霊を望むなら、私が夢に入って彼女を促せばいい。でも幸せな夢を見ている彼女を起こすのも躊躇われた。できればこのまま夢を見させてあげたい気もする。 ベンジャミン氏は首を振って微笑んだ。 『彼女は家族の一人だ。彼女がいなくなってしまうのは寂しいよ。元に戻すだけでいいさ』 そう、嬉しいことを言ってくれた。 * * * 香水瓶を戻す前に、麻衣はある提案をした。 「まどかさん、麝香の香水を少し頂くことって出来ます?」 「ええ、いいわよ。どうするの?」 「瓶の中身が空だから、ちょっとだけでも入れてあげたいなーって思いまして・・・駄目ですか?」 空の瓶が少し寂しい気がしたのだ。 「あら、いいんじゃない?。リン、良い香りってお供えにもなるわよね?」 「はい、良質の香りは浄化作用がありますから」 「お線香と同じ考え方よね。はい、どうぞ」 「ありがとうございます!」 麻衣はまどかから香水を受け取り、ほんの少量、空の香水瓶にしずくを落とした。 途端に広がる麝香の香り。 甘い、どこか懐かしさを感じさせるこの香りは、彼女とこの屋敷にとてもよく似合う。 「お休みなさい」 麻衣は香水瓶を棚に戻した。 彼女は再び、幸せな夢を見続け、良い香りでこの屋敷を守ってくれるだろう。 私達は様子を見るためにもう一泊し、異常がないのを家訓して撤収した。 私達の調査は終了した。 撤収の車の中、車内に甘い香りが漂っていた。 「・・・麝香の香りがする」 「ホント?香りが手にうつっちゃったかなぁ」 憮然と言ったナルに、隣の麻衣が自分の手を嗅ぎ出した。 その手を掴み、匂いを嗅ぐと麝香の香りがした。 「ニオイ元はお前だ。離れろ」 「車内で無茶言わないでよ!」 「臭い」 「え・・・そんな臭いかなぁ」 麻衣はへにゃりと眉を下げて、匂いを拭うように手を服にこすりつけた。馬鹿め、それでとれるものか。 「俺はそんな臭わないけど?」 「私もよ」 「私もです」 ワゴンに同乗していた三人がそれぞれ麻衣をフォローする。三列シートなので後方にいる自分と前では差があるのだろう。 「ナルこの匂い嫌いなの?私前に行こうか?」 不安そうに言う麻衣にナルは顔を背けた。 「・・・別に嫌いではない」 「ならちょっと我慢してよ」 膨れる麻衣に答えず、ナルは黙って窓を開けた。 冷涼な空気が入り、甘い香りを一掃する。 麝香の香りは嫌いなはずだった。 しかし隣から漂う甘い香りには嫌悪感がない。だが妙に気になる。 昨日抱きとめたとき、あの夜と同じくその香りと柔らかさに胸がざわついた。あれは霊による錯覚ではない。正真正銘、自分が感じたことだった。 この香りはあの時の胸のざわつきを思いださせた。 (・・・・・・・・・面倒な) また、気づかなくていいことに気づいてしまった予感がした。 (終) |
2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載 |
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