香る家 -12- 
 気を失った麻衣はいつもの夢をみていた。
 まるでフランス映画のような夢だった。目の前でフランス人の女性にイギリス人の男性が求愛しているのだ。
 男性はフランス人の彼女のためにフランスの香水を取り寄せてプレゼントして、自分は臭いのかと誤解されて怒られている。少し笑ってしまった。
 でも彼の真摯な態度に彼女の心が動いていく。
 最後に、彼女は嬉しそうに香水瓶を受け取った。
その瓶にはは百合のようなレリーフが刻まれていた。前の夢で見た香水瓶と同じだった。

『あの香水瓶は彼女の思い出の品なんだ』

 突然、横から声がした。見るとジーンが体育座りをして私の隣にいた。いつの間にか二人並んで映画を観ていたようだ。
 目の前の画像が切り替わっていく。
 結婚式の映像だ。幸せそうな笑顔が眩しい。つい、「いいなぁ」と呟いてしまったらジーンに笑われてしまった。
「きっと麻衣も幸せな花嫁さんになれるよ」
「だといいな。でも相手もいないしね~」
「ナルなんかどう?お買い得だよ」
「もう少し性格が良ければ考えてもいいかも?」
「そこは麻衣の教育次第で」
「無理無理!ジーンでも無理だったんだから私じゃなお無理だって!」
 軽口を叩きながら映像を眺める。
映像は次々に切り替わり、今度は女性と男の子が二人、彼女にじゃれて笑いあっていた。彼女は二人の子供を授かったようだ。彼らは何か悪戯をしたのか叱られていた。その手には香水瓶が握られている。
「子供達が香水瓶に悪戯したのかな?だから隠し戸棚に置くようにしたのかも」
「そうだよ」
 映像の子供達はあっという間に大人になった。大人になり、お嫁さんをもらって家を出て行った。女性も歳をとり、いつの間にか髪が白くなっていく。
 彼女が喪服を着ていた。旦那さんを見送ったようだ。
 そのすぐ後に、彼女もベッドの中で子供達に囲まれて眠りについた。
 ある日、子供の一人が香水瓶を隠し扉に仕舞い、板を打ち付けて壁紙を施した。
そして家には誰もいなくなった・・・。
画像はそこで途切れた。
ENDマークこそ出てないがこれで終わりなのだろう。
この映像は彼女のこの家との記憶なのかもしれない。
「子供達はあの家を手放す時、彼女の愛した家に父との思い出を残したくて、あそこにこっそり隠したんだね」
「そっか・・・」
 でもその思い出は失われてしまった。
「香水瓶が無くなったから彼女は変質してしまうの?」
「変質までしてない。歯車が噛み合ってない感じ。毎日のルーティンが上手くいかなくて少し苛立つ程度。だから香水瓶が戻れば大丈夫」
「見つかるかな?」
「大丈夫」
「そっか、良かった・・・」
 ジーンが安心するように微笑んでくれたので、まだ見つかっていないのに大丈夫だと安心してしまった。
 ふっと視界が明るくなっていく。映画を観終わって照明が付けられていくのに似ている。夜明けが近いのだろうか。
「そろそろ時間だ」
「・・・今日は短いね」
「仕方ない」
「じゃ、また」
「うん、また・・・」
 次があるか分からない約束が、別れの合図だった。

 * * *

 目が覚めたら仮眠室だった。
 何で仮眠室?二階の部屋じゃないの?と思いつつも顔を洗ってベースに行くと、賑やかな声が聞こえてきた。
 まどかさんだ。
「おはようございま~す!」
 元気な声を上げて入るともう皆が揃っていた。
「おはよう!麻衣ちゃん大手柄だったんですって?」
「へ?手柄なんてそんな・・・」
 いつものように寝ぼけただけだ。
「うふふ~イイ物見ちゃったw 麻衣ちゃんとナルの・・・」
 私とナルの?
「まどか!」
 ナルが苛立った声を上げてまどかさんを制止した。
「何よ」
「早く報告して頂きたいのですが?」
「照れない、照れない」
「まどかッ!」
 一体何が何だか・・・
「もしかして、昨日、私何かやっちゃったんですか?」
 不安そうに聞く私にリンさんは申し訳無さそうに視線を逸らし、アレクさんはちょっと人の悪い顔を浮かべた。

 そして私は昨日の映像を見せてもらった・・・。
 憤死しそうってこういうことを言うんだと実感した。
「な、何で私がナルのこと『Darling』なんて言ってるの!しかもキ、キスなんかしてる!あり得ないぃぃッ!!!」
 ナルに抱きつき、キスをしてる自分を見せられては平静ではいられない。これは嘘だ、合成映像に違いないッ!
「ナルも悪乗りしてキスすんな!セクハラだよ!」
「強請ったのはお前だ」
「あれは私であって私じゃないッ」
「安心しろ、ちゃんと口の横にした(大嘘)」
「あ、そう、良かっ・・って似たようなもんだよ!馬鹿!」
 ギャースカ文句を言うのは仕方ないと思う。
「まぁまぁ、お陰で珍しい映像が撮れた。麻衣の顔に霊の顔が被っている。いや、珍しくクリアな映像で嬉しいよ♪な、リン!」
「はい。帰ってからの解析が楽しみです」
「お手柄ね♪」
「そっちのお手柄ですか・・・」
 乙女心に誰も味方してくれる者はいなかった・・・。



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2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
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