香る家 -11- |
「・・・ここで寝ろとおっしゃる?」 「仕事中に堂々と羽根布団に羽枕で寝れるんだ。喜べ」 「カメラが無ければ最高なんですけどね」 寝顔を撮影されるなんて乙女心は複雑なんですけど!、と無駄とは思いつつ一応文句を言うと、やっぱり鼻で笑われた。 「お前の寝顔なんか今更だ」 「だから誤解されるような発言は止めてって!」 「いいから寝ろ」 ナルは言い捨てて部屋から出て行った。 麻衣がいる部屋は隠し戸棚跡が見つかった部屋だ。 時間は夕方、昨夜反応があった少し前くらい。 まどかさんからの報告待ちで事態の進展はみられない。 それならここで寝て情報と反応を引き出して来いと、データ採取に余念の無い博士様は猫の手部下にご命令あそばしたのだ。 (危険は無さそうだけど、全く怖くないわけじゃないんだけどな~) ぶつぶつと文句を言いつつも大人しくベッドの中に入る。 (もし憑依されて変なことしたらどうしよう?) 夢で見た女性なら大丈夫だと思うけど油断はできない。変なことしても憑依されたからと言っていい訳はできるけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。しかも撮影されているのだ。 以前、クリスマスの教会で起きた事件は、後で聞いてあまりの恥ずかしさに悶絶した。リンさんにも迷惑をかけたし、ああなったら困る。非常に困る。 (私の意識ないんだから盗撮と一緒だよね。肖像権侵害の特別手当とかないかなぁ~) そんなことをぼやきつつ、目を閉じる。 柔らかい布団に身を包まれて、ものの数秒で麻衣の意識は夢の世界に誘われた。 麻衣が身を横たえてから数分後、ベッド脇に設置したカメラから麻衣の寝息が聞こえ始めた。 「口ほどにも無い」 「・・・寝つきいいな」 アレクセイは感心したような声を上げた。 「普通なかなか寝れないもんなんだが・・」 「図太さだけは一人前だからな」 「そこはおおらかと言ってあげようぜ」 笑ってアレクセイが答えると、突然「あッ」と叫んだ。 ナルとリンは反応があったのかと思いモニターを見るが何も異常は無い。 「何なんだ?」 「しまった!脳波計を持ってくるべきだった!!」 「「・・・・・・・・・」」 「こんなに麻衣が寝付きいいなら機材とりつけても大丈夫だろ?夢で霊と交信する能力者と、本物の心霊現象と、ベッドのある現場なんて条件が揃ったところそうそう無い。データとらないと嘘だろうッ!」 アレクセイは拳を握って悔しがっている。 ナルとリンも考え込む仕草を見せた。 「・・・抜かったな」 「・・・抜かりましたね」 漏らした感想はアレクセイと同じものだった。 「至急手配しろ」 「はい」 これが日本なら、綾子や真砂子が反対してくれたかもしれないが、ここは英国、SPRのお膝元。マッドサイエンティストの巣窟だった。 彼らの前では、乙女の寝顔は無残にも暴かれる運命にあるらしい。合掌。 * * * 「――――、気温が下がり始めました」 麻衣が寝てから一時間後、反応が出はじめた。 モニターを確認すると麻衣の体温で温まっていたベッドに、冷気が漂ってくるのが分かる。 「映像では?」 「非常に薄いですが水蒸気のような画像が・・・」 ベッドに集まっていた冷気は霧状になって麻衣の周りを囲み始めた。寒いのか、麻衣はピクリと身じろぎした。 「・・・大丈夫か?」 「大丈夫だろう。危険察知能力だけは一級品だ」 心配するアレクセイに素っ気なく返す。ただし、自分からその危険に突っ込んでいくとは言わないでおく。 次第に凝ったように、霧が麻衣の上で形を取り始めた。女性の上半身のようだ。まるでベッドの上で起き上がったようだ。 「麻衣が目を開けた」 寝ていた麻衣が目を開けた。そしてゆっくりと、まるで霧の女性と重なるように身を起こした。 緩慢な仕草でベッドから降り、窓辺へ向かう。そしてゆっくりとカーテンを開いた。 その行動は麻衣が話した夢の女性と同じ行動だった。 「・・・憑依されたか?」 「恐らくは」 麻衣は鏡台があったところに行き、座った。もちろん椅子は無い。いわゆる空気椅子状態だ。 「おー、足ぷるぷるしてないな。俺じゃ無理だ」 「若さですね」 「だなぁ」 年長組が妙な感想をもらした。 座った麻衣は手を何か動かしていく。しかしその場に化粧はないので顔に変化は見られない。 「麻衣の夢では旦那を玄関で出迎えるて終わりだよな。その先はどうなんだ?」 「さあ、見てみなければわからない」 「あのあと旦那さんと何かあるんだろうな。・・・玄関に誰かが立ってみたらどうだ?旦那さんと勘違いして夢の続きが再現されるかもしれない」 「・・・有り得ますね」 「・・・彼女と会話が出来るかもしれないな」 画面上の麻衣は立ち上がり自分の様子を鏡で確認しているようだ。あと少しで部屋を出て行くだろう。ナルは立ち上がり携帯用インカムを装着する。 「ナルが行きますか?」 「ああ、麻衣が玄関ドアを開きそうになったら合図をくれ」 「分かりました」 ナルは足早にベースを後にした。 【ナル、谷山さんが階下に降りました。あと10歩ほどで玄関に到着します】 「分かった」 ナルは玄関の前に立ち中から扉が開くのを待つ。 【ドアが開きます】 リンの無線に軽く頷く。 ガチャリ ドアノブが動き、大きく扉が開け放たれた。 『あなた!』 開いた途端、麻衣が飛び出して首に抱きつかれた。反射的に抱きとめる形になる。小さく柔らかい体が腕の中におさまり、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。 そして、頬にちゅっと濡れた感触がした。 (・・・・・・・・・) 過剰接触&キスのダブルコンボに体が硬直する。 だが反射的に硬直しただけで、不快に感じた訳ではない。 それどころか、その柔らかさに、甘い香りに、体がざわついた。『心地よい』と感じた自分に驚く。 複雑な思いで腕の中の麻衣を見ると 『お帰りをお待ちしてましたわ』 麻衣は体を離して満面の笑みを浮かべていた。 その顔には化粧が施された別人の顔が重なって見えた。唇は赤く、瞳は濡れたように青い。 (これは麻衣ではない) 途端に頭が、体に冷えていく。 肩にかけられた手さえ、煩わしく感じ始めた。 『キスして下さいませんの?』 甘えるように言われて冗談ではないと思った。しかしこれは調査対象。跳ね除けるわけにはいかない。 『ただいま』 と、カメラの位置を気にしながら軽くキスを返した。 麻衣の体を借りた女性は破顔して体を摺り寄せてくる。 濃厚な麝香の香りが鼻についた。 『聞いて下さいな。坊や達が悪戯して困ってますの』 話にあわせて返事をする。 『どんな悪戯だ?』 『貴方から頂いた大事な香水を隠してしまいましたの!早く返すよう言って下さいまし』 『分かった』 答えると、女性は微笑んで、ふっとくずおれた。 倒れないよう抱きとめて片手で支える。顔を覗き込むと、化粧っ気の無い、いつもの麻衣に戻っていた。同時に穏やかな寝息が聞こえる。完全に憑依がとけたらしい。 「リン、終わった。撮れたか?」 【はい。かなりクリアな画像ですよ】 【熱烈ラブシーンもばっちり撮れたぞー!】 アレクセイが余計なことまで報告してきた。キスシーンは撮れてないのを願うが無理だろう。 【谷山さんは大丈夫ですか?】 「よく寝ている。このまま仮眠室へ運ぶ」 【分かりました】 【送り狼になるなよ~】 「・・・切るぞ」 インカムをOFFにして耳から外す。 麻衣の脇と膝に腕を差し入れ抱き上げる。軽く、柔らかな感触と甘い麝香の香りが神経を波立たせた。 仮眠室に入り、ベッドに麻衣を横たえる。 離れる時、暖かな感触が離れることに離れがたいもどかしさを感じたが、意思の力で黙殺する。離れると何となく手持ち無沙汰で、麻衣の頭をくしゃりと撫でた。そして布団をかけてやり、部屋を出る。 部屋から出た途端、深いため息がもれた。 それは何に対してのため息か、心当たりがありすぎて自分にも分からなかった。 (麻衣だから) それだけで片付ける問題が多すぎた。 それこそが問題だと今更ながらに気付いてしまった。 >>12へ |
2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載 |
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