香る家 -10- |
調査中は決まった時間に定期的に気温を測る。それはカメラを置いた部屋も置いてない部屋も同じく全部の部屋を測らなくてはならない。 (・・・ここも他と変わらず変化ナシ、と・・・) 変化が無いと少々退屈な作業だった。それでも麻衣は各部屋を回り、温度や臭気等を測りチェック表に記載していく。 一階の北側の部屋に入り同じように計測すると、ここの気温値は少し低く、臭気計の値は少々高かった。 (北側で湿気がこもってるからかな?) 荷物置きに使われてる部屋らしく、いくつかの箱や調度類が置かれて布が被さっている。 カビの臭いはしないんだけどなーとぐるりと見回すと、ある壁に目が止まった。 昨日はタンスの陰で気付かなかったが、壁紙の色が違ってる場所があった。そこだけ他の壁紙より少しだけ色が濃く、日に焼けてないようだ。 (これって絵の、あと・・・?) A4のレポート用紙を横に二枚繋げたようなサイズは絵がかかっていたようだ。少し上に鋲を打った跡もある。ここには壁紙の色が変色するくらい長い間飾られていた絵があったと思われる。 (新しく購入したものは無いと言っていたけれど、その逆で移動して家から持ち出したものがあったとしたら?) 彼女が生きていた頃からある絵画が飾ってあって、それが盗られたり、どこか別の場所に移動されてたなら家が変化したと考えられないだろうか? 麻衣はこの思い付きを報告するため、残りの部屋の測定を手早く終えてベースに戻った。 * * * 麻衣はベースにいたナル、リン、アレクセイに自分の思い付きを伝えた。 「もし勝手に移動されたり、盗まれてたりしたら依頼人が気付かなくても仕方ないよね」 「あり得ますね。絵画は人の念が篭りやすいですから」 「どの部屋だ?」 ナルは麻衣を案内させた。 「ほら、ここだけ色が違ってるの」 麻衣が壁を指さして指摘すると、皆は納得した顔を見せた。 「確かに、写真か、絵画のようなサイズだな」 「壁にホコリがついていない。最近移動したとみていいでしょう」 「ベンジャミン氏に確認する」 数分後、電話を終えたナルがベースに戻ってきた。 「そこには確かに絵画があったらしい」 「ホント?じゃあそれが原因だったりとか?」 「そうとは思えない。あそこに置いてあったのはベンジャミン氏の友人が趣味で描いた絵で、歴史的価値も金額的価値も無いらしい。家とは関係がない」 「なんだ・・・いい思い付きだと思ったんだけどな」 麻衣は目に見えてガックリと残念がった。 「そうでもない。ベンジャミン氏は絵を移動した覚えがないそうだ。そこにある筈なのにと不思議がっていた」 「盗まれたとか?」 「馬鹿、金銭的価値のない素人の絵を盗む泥棒がいるか」 「ムッ、じゃーなんでだよ」 「さあな。だが誰かが移動した。それも主の知らぬ間に」 「オリヴァー、どんな絵だか聞いているか?」 アレクセイがナルに質問した。 「庭の池を描いた風景画だそうだ」 「それなら在処知ってるぞ」 「え?ホントに?」 「ああ、多分アレだろう」 アレクセイが向かったのは二階の左側、絵画が二枚飾ってある部屋だった。 部屋に入ると左側のベッドの上に大きな薔薇の絵と、右側の壁の中央に風景画が飾ってある。この右側の絵はちょうど一階の壁紙の日焼け跡と同じくらいのサイズだった。 「池が描かれている・・・」 「サインがある。『B.B』ベンジャミン氏が言っていたイニシャルと一緒だ。間違いないだろう」 「ここにあったのよくわかったね」 アレクセイは笑って答えた。 「ベンジャミン氏の趣味なんだろう、この家の絵画は印象派で統一されている。だけどこの絵だけ現代絵画で、他の調度品とミスマッチだったからな。最初この部屋に入った時に違和感を感じてたんだ」 「印象派?」 「十九世紀末から二十世紀初頭におきた、ヨーロッパの絵画界を中心とした芸術運動、またその作品」 「へ~、そんな古い絵なんだ、これ」 そう言われて見比べると、失礼だけれどBB氏の絵の方が風格負けしている気がする。でもすごく上手だし、印象派の絵も100年以上前の絵とは思えないほど色鮮やかだ。私じゃ現代と印象派の違いなんて言われないと分からない。 「ナル、違い分かる?」 「触れば」 「駄目じゃん!」 パシッと裏拳で麻衣が突っ込むとナルは肩をすくめた。 「移動したの忘れてたのかな?」 「バランスを考えると、夫妻がここへ移動するとは思えないんだが・・・」 二人が絵を前に首を捻っていると 「理由は簡単だ」 そう言って、ナルは額縁に手をかけて、絵を壁から外してしまった。 「あ!」 「なるほどな・・・」 絵の下から壁紙を破って補修した跡が出てきた。 「これを隠すために絵を飾ったのか」 「勝手に絵を飾るなんて、大抵何かを隠すためだ。見つかりにくい所から絵を持ち出し誤魔化して、普段入らない客室だからベンジャミン氏も気づかなかったのだろう」 「なるほどな~」 「それってナルの実体験?」 「ジーンだ。あいつはしょっちゅう汚したり壊してはポスターや写真を貼って誤魔化していた」 恐らく手伝わされたのだろう、ナルは面白くなさそうに答えた。 絵が外された壁は無残な姿を晒していた。 破れた壁紙をガムテープで張り合わせている。 破れた部分は大きく、30cm近く縦、横、斜め、と広がっていた。 「こりゃ孫の仕業だな」 「だろうな」 ナルは破れ目をそっとなぞり、少しだけ力を入れた。 ボコリ、と指が沈む。 「壁板も外れているのか?」 「あっちゃ~、男の子はやんちゃだね」 「壁を壊されてちゃんと修理されてないのが原因か?」 「その可能性はなくはないが、改装しても大丈夫なくらいだ。そこまで神経質だとは思わないが・・・」 ナルは答えながら割れ目を確認すると、かなりの大きさで凹んでいるのが分かった。割った板をはめ込み、テープで補強しているようだった。 「ベンジャミン氏に報告しよう」 * * * 壊れた壁があることを報告すると、ベンジャミン氏は母屋にやってきて、二階の壁を確認した。 『おやまぁ・・・派手にやったもんだ』 やれやれ、とため息をつき残念そうに壁をなぞった。 『男の子は乱暴でいかんな。次来る時は絵も移動したほうがいいかもしれん』 『この部屋はお孫さんが使ってらした?』 『ああ、そうだ。おおかたクリケットのバットでも振り回したんだろう』 『この壁を調べてみてもよろしいですか?』 『もちろん』 ナルは壁に貼られていたテープをビリビリと剥がし始めた。 『何でテープを剥がすの?』 麻衣の問いには答えず、ナルは全てのテープを剥がし終えた。最後のテープを剥がすと、嵌めこんでいた板がテープについて一緒に外れた。 板の場所には空洞があった。 奥行き10cm、大きさ30cm四方くらいの切り抜いた棚があらわれた。中に二段の間仕切りがあり、何か置けるようになっていた。 『やはりな・・・』 『隠し戸棚?』 『の跡、だ。他の壁はブロックの上に漆喰を塗っているのに、ここだけ板だから変だと思った』 『なるほど・・・』 『昔に改装した時に不要になって板で塞いだのだろう。この跡はご存知でしたか?』 『いや、知らなかった。知っていたら逆に残したよ』 『そうですか・・・』 ではもっと前に塞がれたのかもしれない。 穴を睨んでいると、不意に横から白い手が伸びた。 麻衣だ。麻衣が棚に向かって手を伸ばしていた。 目は虚ろで、どこかおかしい。 「麻・・・」 アレクが声をかけようとするのを制止する。 麻衣は棚の一角を指で探すように辿り、 『・・・どこにいったのかしら』 と小さく呟いた。 英語で、それも少しフランス訛りのある英語だった。 「あれ?私何か言った??」 麻衣は目を瞬いてキョロキョロと周りを見回した。 「『どこに言ったのかしら』と呟いてたぞ。記憶にないのか?」 「うっすらとしか・・・」 驚くアレクセイに麻衣が頬をかきながら答えた。驚いたのは彼だけじゃない。依頼人のベンジャミン氏もだ。 『・・・彼女はミディアムなのかね?』 『半人前ですが、一応は』 『デイヴィス博士の半人前なら、一般的に言って十分一人前じゃないのかね?』 『それは買い被りというものですよ』 しれっと言うナルを笑って、『後は頼むよ』とベンジャミン氏は離れに戻って行った。 ベースに戻り、先ほどのインスピレーションを詳しく聞くことにした。 「あの棚を見ていたら、ふっと意識が遠くなって勝手にしゃべってたんだよ。夢で見た女の人だと思う」 「夢で見たのはあの部屋なんだな」 「多分・・・でもあの隠し棚?のとこには別の棚が置かれてたよ」 「見つからない様、その場所に棚を置き、中からしか開かない二重扉にしていたのかもしれない。棚の中に棚があるとは思いつきにくいからな」 「なるほどー」 「お前は『どこにいった?』と言っていた。あるはずのものがなくなっていたんだ。夢であの棚には何があった?」 「私が見たのは宝石箱と、香水だけ」 「他には?」 「無いよ。見たかもしれないけど覚えてない」 「宝石が残ってるとは考え辛い。それよりも彼女の愛用していた何かがあった可能性が高い」 ナルはリンに向かって指示した。 「リン、まどかに子供達が棚で何か見つけたか、持ち出してないか聞きだすよう言ってくれ」 「はい」 >>11へ |
2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載 |
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