香る家 -09- 
「麻衣の情報によると、過去にここで暮らし、亡くなった女性が、毎晩麝香の香水をつけて屋敷内を歩いているらしい」
 朝食の後、ナルが麻衣から得た情報を元にミーティングを始めた。
 ジーンが麻衣の指導霊をしていると初めて聞いたアレクセイは驚いたが、その場で問い詰めることはしなかった。
 ジーンから聞いたことによると、彼女は愛する旦那と子供に囲まれて幸せな最期を迎えたという。
「彼女は幸せな夢を見続けているんだよ」
 そうジーンは言った。
 老衰で眠るような最期を迎えた彼女はそのまま屋敷に残り、記憶の中で一番幸せな瞬間を繰り返し夢見ているそうだ。彼女の幸せな記憶を再生し続けた夢、それがこの屋敷に起こっている心霊現象だった。
 麻衣が見た夢はその記憶の一部、愛する旦那さんを出迎えた情景だった。だから彼女の霊は麝香の香りを身にまとい、屋敷を漂っていたのだ。

 では何故その夢が変質しはじめたのか?

「彼女は屋敷に憑いているのか、屋敷の何に憑いているかはまだわからない。どちらにせよ屋敷内にあるひっかかりの何かが変化したと思われる」
 霊がこの世に残るためには何かの引っかかりが必要だ。強い恨みや悲しみ、心残りなどがあればそれがこの世に繋ぎとめられる足枷となる。
 しかし彼女のように幸せに亡くなった霊が残るには何のひっかかりがあるのか?ソレを探る必要があった。
「改装や改築はしてないと聞いているわ。夫妻がお引っ越しする前にしたけれど、それ以降はないようよ」
 答えたのは下調査を担当したまどかだ。
「何か新しい家具や調度品を購入したとかは?」
「それも最近は無し、引越し直後にアンティークの棚と家具類を、あと3年ほど前にアンティークの机を購入したけれど、どちらも何も起こらなかった。去年も今年も家に変化をもたらすような大きな買い物はしてないそうよ」
「家を派手に破損したとかも?」
「それも無し、もともと老夫婦が穏やかに暮らしていた家ですもの。特に思いつかないそうよ」
「家自体に変化は無し、ってことか」
「そういうこと」
まどかは調査ノートをパタンと閉じた。
「依頼人に心当たりがなくても、子供夫妻にはあるかもしれない。今日は子供夫妻に会いに行く予定よ」
 依頼人からは事前に聞き取り調査を行っていたが子供夫婦からは未だだった。
「『ニオイが強くなった』と主張したのは孫だ。どう強いか、どこで強く感じたか詳しく聞いてきてくれ」
「任せて」
 ナルの指示にまどかが頷く。
「僕達は昨日に引き続き調査を続ける。麻衣、夢で見た部屋を特定できるか?」
「多分・・・」
「その部屋に機材を設置しなおそう」
 そこでミーティングはお開きになった。

 * * *

「どっちかだと思うんだけど・・・」
 麻衣が候補にあげたのは二階にある二つ部屋だった。
「夢では大きな天蓋つきのベッドがあったし、鏡台と作り付けの戸棚があった。でもどっちの部屋にもないから、窓からみた角度でしか分からないの」
「何年も前に改装されてるからね。無理ないよ」
「仕方ないか・・・」
 アレクセイのフォローにナルも頷いた。
「二階の窓から右側に玄関に止まる馬車が見えたの」
 2階で南に面した部屋は4つあった。玄関から右側にあるのは二つ。そのどちらも部屋の構造は一緒だ。窓の造りも一緒だった。あとは調度品で区別するしかないがどちらも夢とは違っていた。目印の鏡台も作り棚もなければ特定は難しい。
 現在二つの部屋は共に客室となっていた。どちらもシングルベッドが二つ並び、文机とチェスとが置かれていて、ほぼ同じ配置だった。違いはインテリアで、一つは大きな鏡とその下に小物入れと腰掛椅子があり、もう一つの部屋には大小の絵画がかかっていた。
 どちらも夢とは全然違う部屋となっている。
「特定できないなら仕方ない。二部屋とも機材を置く。麻衣、女性がどう動いたか実演してくれ」
「分かった」
 麻衣は左側の絵画のある部屋に入る。
 入って正面に窓、右側に鏡、左側にベッドがある。
「ベッドの位置は一緒で、鏡があるところに鏡台と飾り棚があったよ」
麻衣はベッドに腰掛た。
「最初はこうやって寝てて、鳥の声で目覚めたの」
 麻衣はベッドに転がり寝て見せた。
「そんで起きて窓のカーテンを開けて、着替えて鏡台で化粧をしはじめた」
 ベッドから起き上がり、窓に移動し、次に鏡の前の椅子に座る。
「終えたら馬車の音が聞こえてまた窓辺に行った。そしたら馬車が見えたので慌てて部屋をでて玄関に向かったの」
 鏡の前から立ち上がって窓辺に行き、そこから直線で扉まで歩いた。ドアノブに手をかけナルに聞いた。
「玄関まで行く?」
「いや、いい。リン、窓辺と鏡の前にカメラを向けよう」
「わかりました」
 次に隣の部屋に行きほぼ同じ動きをした。
「鏡の場所に絵がかかってる以外は一緒だね」
 左側の部屋と違って入って右側に絵画、左にベッドの上にもう一枚絵画がかかっていた。ベッドの位置は一緒なので同じように移動することが出来た。
 ナルは左側と同じようにカメラを設置し、角度を調整した。あと玄関にもカメラを設置した。
 そして反応を待ことにした。


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2011.10.23発行「彼と彼女の関係Ⅱ」より一部削除して掲載
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