香る家 -03- |
皆で紅茶を飲みながら先ほどの現象が話題になった。 「今回のは心霊現象っぽくないですよね」 「あら、何で?」 「死臭とか、血の臭いとか、腐敗臭というのは何回もあるけど、香水の香りなんて上品すぎると言うか・・・穏やか過ぎて実感が湧きにくいです」 調査では大体悪臭が漂う。浦戸邸では嫌と言うほど血の臭いを嗅いだし、腐乱死体は息が詰まるほどの嫌な臭いがした。あれに比べれば死臭など可愛いものだ。人の死に関係してるのだからそういうものだと思っていた。そう言うとまどかさんは苦笑し、アレクさんは驚いた顔をした。 「殺伐としてるなぁ・・・」 「麻衣ちゃんみたいに大変な現場ばっかり経験する方が珍しいのよ?」 「でも日本支部じゃそんなのばっかりですよ?」 「そうなのよね・・・ホント不思議だわ」 「羨ましい。一度でいいから日本の調査に参加したい」 「そうですか?危険だし、下手すると死んじゃうし、そんな良いもんじゃないと思うけど・・・」 アレクが心底羨ましそうに言うけれど、麻衣にはその気持ちが分からず不思議そうに首を傾げた。 「麻衣ちゃん違うのよ。アレクの場合は霊を見た事がないからなの」 「へ?そうなんですか?SPRにいるのに?」 「そう。SPRにいるのに俺ってば霊をみたことないんだよ」 驚く麻衣にアレクは頷いた。 「ジーンに言わせれば、俺は余程力の強い霊じゃないと視えないらしい」 「え・・・」 思いもよらないところからジーンの名前が出たことに、麻衣はドキリとした。 「ジーンは知ってるよな?優秀な霊媒能力者だったオリヴァーの兄」 「あ、はい」 過去形なんだな・・・と、麻衣は胸の内で呟く。 「ジーン曰く『アレクの守護霊さんは強くて強くてそこら辺のチンケな霊じゃ近寄ることすら出来ない。よっぽど強力な霊じゃないと見えないだろうね。多少の現象ならアレクが行くだけで治まるよ!』とのお墨付き。お陰でいくら調査に行っても一度も見た事がない」 アレクセイは嘆かわしいとばかりに肩をすくめた。 「でもそれって調査には向かないんじゃ・・・」 「だから基本ベースでお留守番担当なのよ。それにアレクが行くだけで治まるような現象なら碌なデータは取れないから別にいいの。お守り代わりにもなるし、彼の傍だと安心するって霊感体質の依頼人には評判なんだから♪」 「日本の現象なら俺でも視れそうで調査に参加してみたいんだけど、いっつも休みが取れなくて逃してる」 「タイミングが悪いのよね」 「はぁ・・・」 さっき全く動かなかったのはそのせいだと納得した。同時にそんな体質(?)の人もいるんだと驚きもする。 「じゃあ何でSPRに?視た事がないなら興味持たなそうな気がするんですけど・・・」 「逆だよ。視た事ないからこそ、SPRに入ったの。俺の兄妹同然に育った幼馴染がよく視るヤツで、昔から不思議な事を聞かされて育ったんだ。視た事はないが一緒に不思議な現象を体験したこともある。何でアイツには視えて自分には視えないのか、俺とアイツの違いは何だ?体か?性別か?って疑問が高じて人体に興味持って、果ては研究テーマになったんだ。俺の研究テーマは霊を視るメカニズムの解明。メカニズムが分かれば霊能力の無い一般人でも視れると思わないか?」 「へぇ・・・なんか、凄いですね」 小さい頃の疑問が生涯の研究テーマになるなんて、なんか素敵だ。自分じゃまず有り得ない。 「そうでもない。研究なんて些細な疑問からはじまるのが殆どさ」 「へぇ・・・」 小さな疑問などすぐ忘れてしまいそうなのに、それをずっと抱き続けるなんて研究者ってすごいと思う。 (ナルはどうなんだろう?) ふと、疑問が湧いてナルを見てしまった。ナルは資料に目を落したままでこちらの雑談に全く興味を示した様子は無い。 (そうだよね、ナルは雑談なんかしないもんね) 分かっているのに、何故か溜息がでた。 「・・・ナル、交代で休まない?」 夜十一時、まどかがナルに提案した。夕方に起きた現象以来、ほとんど動きを見せない。これなら交代で休んだ方が効率が良いだろう。 「そうだな」 「私と麻衣ちゃんは先に休ませてもらうわね」 「構わない」 「ありがとう♪麻衣ちゃん女同士でらっぶらぶな夜を過ごしましょう!」 「は、はい」 まどかは麻衣の手を取りうふふと楽しそうに笑う。まるでパジャマパーティをしそうな雰囲気だ。 「・・・仕事で来ているとうのを忘れてないか?」 「妬かない妬かない」 「は?」 「じゃお休み~ww」 まどかはナルの嫌みを煙に巻き、麻衣を引きずりながらベースから引き上げて行った。 「アレクセイも先に休んで構わない」 「ではそうさせてもらおうか・・・なッ」 ベリッ! 突然、アレクは隣にいるナルに手を伸ばし、頬の大きな湿布を乱暴にはがした! 「アレクセイッ!」 不意をつかれたナルは頬を押さえてアレクを睨みつける。しかしアレクは全く動じず、湿布をひらひらとさせて薄笑いを浮かべていた。 ただし、その目は全く笑っていない。 「隠しても無駄だ。もうバッチリ見たぞ、色男」 「・・・・・・・・・」 ナルはひとつ溜息をついて、頬を押さえていた手を下ろした。 ナルの頬にはうっすらと赤い線が二本走っていた。肌が白いだけにひどく目立つ。ナルは冷やすためでなくこれを隠すために湿布をしていたのだった。 「女の爪あとだろ、それ。引っ掻いたっていうより叩かれたときに爪が引っ掛かったって感じだな。誰にだ?」 「アレクには関係ない」 「そうでもない。もし俺の想像する相手ならな」 「その予想する相手とやらに聞けばいいだろう」 「男の俺じゃ聞きにくい。だからオリヴァーに聞いてるんだ」 「プライベートだ」 「そのプライベートを誤解されたくないならさっさ白状することをおススメする」 「しつこい」 「しつこくて結構。誰なんだ?」 不毛な問答を繰り返していると 「谷山さんで間違いないでしょう」 黙って静観していたリンが口を挟んだ。 「ナルが手の届く距離まで接近を許し、かつ叩かれるほど油断する相手など、谷山さん以外ではルエラやまどかくらいです。そしてルエラもまどかもそんな様子はありません。谷山さん以外有り得ないでしょう。第一、どうでもいい相手なら貴方は面倒になって白状してるはずです。違いますか?」 「・・・・・・」 ナルは眉を顰めてリンを睨みつけた。 「沈黙は肯定とみなします」 「やっぱりそうか。何があった?」 「何があったんです?」 片や、自分より十歳以上も年上で、長い付き合いのある優秀だと認めている同僚の科学者。 片や、自分が9歳の頃から気功を師事している相手で何年も傍にいた腹心の部下。 その二人に詰め寄られれば、さすがのナルも分が悪い。ここにまどかが加わらないだけマシかもしれない。 「何故そんなに拘るんだか・・・」 ナルは面倒くさそうに零すと 「金曜日まではあんなにオリヴァーに懐いてたんだ。気になるのが当たり前だろう」 「谷山さんの仁徳ですね。彼女に非があるとは思えませんから」 二人は麻衣が被害者で自分が加害者だと言わんばかりだ。 「僕が彼女に何かしたとでも?」 性犯罪者のように言われるのが我慢ならない。 「いいえ、そういう意味で貴方を疑ってはいません。ですがここは英国です。以前彼女に嫌がらせをした相手がいたように、また何かがあったと心配するのは当然でしょう」 「キャサリンのこともあるしな。何か嫌な目に合わせたんじゃないのか?」 二人は口々に麻衣の心配をしはじめた。 (まるで日本にいるようだ・・・) 麻衣に甘い日本の連中を思い出す。彼ら同様、二人は自分が話すまでは解放してくれないだろう。それに絶対に秘密にしなくてはならないような内容でもない。 ナルは溜息をつき観念することにした。 >>04へ |
23.10.25修正 |
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