香る家 -01- 
『やあ、噂に違わず男前だね』
 現場に到着して出迎えてくれたのは依頼人のベンジャミン氏だった。歳の頃は八十歳前後、ロマンスグレーが素敵なかくしゃくとしたご老人だった。SPRの会員で、ドリー卿とも懇意にしているので、デイヴィス博士の噂をよくご存知の様子だった。ナルの顔を見て、その美貌とミスマッチな湿布に驚いたが、年季の入ったウィンクでその場の雰囲気を柔らかくした。
『よろしくおねがいします』
『言われた物は全て用意したつもりだ。何かあったら遠慮なく言ってくれたまえ。母屋は好きに使ってくれて構わないよ』
『ありがとうございます』
 この別荘地には離れがある。普段は母屋に暮らしているが、調査中はそちらで過ごすと言う。霊は変化を嫌う。本当なら普段と同じ生活をしてもらうのが一番いい。しかし、眠りの浅い二人は夜中に人の気配がすると起きてしまう。健康のために別の場所で寝起きしたいと希望した。年齢を考えれば仕方ないだろう。因みに心霊現象は母屋だけで離れで確認されたことはないらしい。
 離れは蓮の花を眺めるためにあるそうだ。花を眺めるために離れを作るなど世の中にはお金持ちがいるんだなぁと、麻衣は感心してしまう。ここまでくると羨ましいと思うレベルではなかった。

 ベース設営をリンとナルが、機材の設置をまどかとアレクと麻衣が行っていた。
「現場に出るの久々なんだよな」
「そうなんですか?」
「ああ、まどかのチーム以外の調査には参加しないから」
「へー」
「流石に麻衣は手慣れてるね。日本と違って分からないとことはない?」
「今のところ大丈夫です。使う機材はほぼ同じですから」
「確かに」
「アレクさん、三番ケーブルとってくれる?」
「ほい、・・・・・・にしても、麻衣」
「はい?」
「何で急に『さん』付けで呼ぶんだ?何故今まで通り『アレク』って呼ばない?」
「え・・・、そりゃ英語なら呼び捨ての方が普通だけど、日本語で呼び捨てなんか失礼じゃないですか。私歳下だし」
「そういうもんか?俺はさん付けされる方が余所余所しくて寂しいんだが」
「うーん・・・、二、三歳なら平気だけど、十歳以上離れてるとちょっと言いにくい」
「・・・・・・それは暗に俺を年寄り呼ばわりしてる?」
「暗にじゃなくて、まんま?」
「こら!」
 アレクが麻衣の頭を掴み締めあげてやると、麻衣は痛い~!と笑っている。それは日本でのどこぞの親子を彷彿とさせる光景だった。

「戻りましたー」
 二人でベースに戻ると、ナルとまどかがいた。
「お疲れ様♪」
「・・・・・・・・・」
 優しく出迎えてくれたのはまどかで、無言の出迎えはもちろんナルだ。
「二人とも、どこかニオイを感じた場所は?」
「無かったな」
「ありませんでした」
「そうか・・・。谷山さん、これを二階のリンのところへ」
「はい、博士」
 麻衣はナルからバインダーを受け取りベースを出て行った。
 ナルも何か用事があるのか、ベースを出て行った。
 それを見送った二人はそろって溜息をつく。
「博士・・・ねぇ・・・」
「俺の『アレクさん』の比じゃないよな・・・」
 二人の間には冷たい川が流れているかのようだ。冷え冷えとした空気が流れ、やりとりは余所余所しく、聞いてるこっちが寒々しい。
皮肉をこめて「谷山さん」「博士」と呼びあう事はたまにあったが、こんな風に呼び続ける事はなかった。傍から見れば正しい上司と部下の姿だが、普段の二人を知っていれば、喧嘩してるようにしか見えない。
 そして極めつけはナルの顔の湿布。
「あれも絶対関係あるわよね」
「ああ」
 ナルは理由はガンとして言わないままだ。
「麻衣ちゃんにそれとなく聞いてみるわ」
「頼むよ」
 ナルが不機嫌なのはいつものことだが、麻衣があんな風に硬い表情をするなんて何かがあったに違いない。
 気苦労の多い調査になりそうだった。

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2011.10.25修正
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