プラット研究所 -03- 

 研修五日目


『今夜は麻衣ちゃんの歓迎会するからね』

 朝一番、まどかさんに愛嬌たっぷりウィンク付きで宣言された。
『歓迎会、ですか?』
『そ!明日は週末だし、皆で思いっきり飲みましょう♪』
『わーいww楽しみです!』
 楽しいお酒の席は大好きだ。あんまり強くないしすぐ寝てしまうので、ぼーさんと綾子からは「お目付役がいないと外で飲んじゃ駄目!」と厳命されている。まどかさんと一緒なら間違いないだろう。
『だから皆残業しちゃだめよ?』
 これは研究室内にいる他のメンバーへ告げたものだ。リンは頷き、アレクはにこやかに「OK」と答えた。ナルは憮然としながらも拒否はしない。事前に言い含められてるのか、まどかの室長命令に逆らうほうが無駄だと諦めてるのかもしれない。
  
 アフターの楽しみがあると余計張りきれるってもんだ。サクサクと雑務をこなしてあと少しでお茶の時間って頃になった。
『麻衣、これをスティーブンのところへ』
『はーい』
 ほぼ日課となった解析のスティーブンさんのところへのお遣いだ。毎回同じようなテープとハードディスクと書類を受け取る。研心霊現象はデジタルと相性が悪いから未だに現場ではテープが多用されている。究所内LANも整備されてるのにこういうアナログなところが残っているのが面白い。
 早速お遣いに行った。
 
 * * *

 ノックして入室すると『やあ、麻衣。ありがとう』と、目の下にでっかい目を飼ったスティーブンさんが出迎えてくれた。ナルからのお遣い品を渡し、またナルに渡すデータを受け取る。いつもならこれでまっすぐ帰るところだけれど、今日はちょっと違う。
『あのぉ・・・、これ、差し入れです』
『え?』
 スティーブンさんの前に紙袋を差し出した。
『ルエラと私が焼いたスコーンです。多めに焼けたのでお裾分けに持ってきました。お茶の時間にでもどうぞ』
 スコーン入りの袋を差し出すと、中身を見た温和なスティーブンさんの顔が綻んだ。
『へぇ、ありがとう。実はランチもまともに食べてなかったから助かるよ』
 にっこりと微笑んだスティーブンさんが研究室の皆に『少し早いけどお茶にしよう』と声をかけると、その場にいた全員と奥からも歓声が上がった。昼食抜きの人が結構いるようだ。
(その原因がうちの博士サマだと思うとなー・・・)
 何となく悪い気がして、ついお茶の用意の手伝いを申し出てしまった。
 研究室の若手の人とお茶の用意をしながら少し話した。
 どんな手順で解析しているのかとか、今回のデータの良質さとか、ナルの無茶ぶり(・・・)とかを少しだけ聞かせてもらった。
 帰り際、名前の知らない研究員に『日本のデータは面白いから解析しがいがあるんだ。頑張って』と言われたのが嬉しかった。自分は霊能者としてはミソッカスだけれど、データ採取にはしっかり貢献している自負がある。こんな風に言われるともっと頑張ろうと思えた。
 私はホコホコとした気分でスティーブンさん達と別れた。

 * * *

 胸は暖かいが、頭では少々焦って廊下を歩く。
 お茶の時間が迫っているのだ。お遣いに時間がかかりすぎた。食事はせずともお茶は積極的に摂る博士さまの叱責間違いなしだろう。
(有意義だったから怒られても後悔はないけどね)
 そう思いつつも間に合うよう足は早めに動かした。

 だけど、急いでる時に限って邪魔が入るんだな、これが・・・(溜息)。

 昨日の金髪美女が廊下の休憩スペースにいるのが見えた。軽く会釈して通り過ぎようとしたけれど、案の定呼び止められた。
「あなたに聞きたいことがあるの」
「・・・何でしょう」
 どーせ不愉快なことを聞かれるんだろうなーと思いつつ問いを待つと意外なことを聞かれた。

「あなたはどんな特殊能力を持ってるの?」
「え?」
「フィールドワーク研究室に入れたんだから何か特殊能力を持ってるんでしょ?」
「それ・・・、どういう意味ですか?」
 特殊能力云々など聞いた事が無い。
「知らないの?フィールドワーク研究室には、日本語が出来て特殊能力がないと入れない。有名よ?」
「知りませんでした・・・」
 以前、フィールドワーク研究室はまどかさんが日本語を話せる人をかき集めたと聞いたことがある。でも今もそうだとは知らなかった。私がSPRに入ったのはナルに騙されて手伝いをさせられたのが発端だから、まどかさんの入室条件とは関係ないから仕方ない。でもナルファンのこの人に説明すると面倒な事になりそうなので黙っておく。
「知らなかったなんてねぇ・・・、じゃあ何でアンタみたいな無学な小娘が入れるのかしらね?」
「さぁ・・・ただのバイト扱いだからじゃないでしょうか」
「フン、白々しい」
 無難な答えを言ったつもりが、逆に神経を逆なでしてしまったらしい。美しい弓なりの眉が大きく歪み、険を帯びた眼差しで睨みつけられた。
「あなたが博士の恋人だからでしょ?」
「・・・・・・・・・」
「博士に日本で恋人が出来たと上層部では有名なの。調べたらオリヴァーの周りに懇意にしてる異性はあなたしかいない。博士の恋人だから、特別扱いでフィールドワーク研究室に入れたんでしょう?」
「違います」
「私ですら入れなかったのに貴女みたいなのが入れるなんて特別扱いしたとしか考えられないわ。あなたみたいな小娘がデイヴィス博士の恋人なんて信じられないけどね」
「・・・・・・・・・・・」
 そりゃ信じられないだろう。本当は恋人なんかじゃないのだから。だが言えないので黙るしかない。
「余程優秀な女かと思ったけれど、博士の論文も読んでないし、あの程度の議論も交わせない、特殊能力も無い。しかも顔は十人並みで、何の凹凸も無い貧相な体。どこが良くて貴女なんかと付き合ってるのかしら」
「・・・・・・」 
(失礼な、少しくらいの凹凸はあるやい。・・・本当に少しだけだけど)
 麻衣を挑発して何か暴露するのを待ってるのか、キャサリンは麻衣をあからさまに馬鹿にしはじめた。 だが麻衣は言っても負け惜しみになりそうだし、話しても無駄なので我慢してやり過ごす。
「あなたって十三か十四歳の子供にしか見えないわね。博士とじゃまるでつりあわないわ」
(うるさいやい、自分だってつりあうとは思ってないやい。アンタだって吊合うとは思えないけどねッ!幾つなんだか知らないけどきっつい化粧で老けて見えるし、化粧しててもナルのが断然美人だい!それにナルは煩いのが嫌いだからねッ!)
 心の中で罵倒してひたすら『忍』の字で耐える。『気が荒い』とか『暴走癖』があるとか言われてるが、一応暴走していいときと悪い時は弁えている。
 黙ったままの麻衣を物足りなく感じたのか、キャサリンは矛先を変えた。

「オリヴァーもモノ好きよねぇ、こんな子供がイイなんて、実はロリコンなのかしら」

 ・・・この女何言ってんだ?
 自分が振られたからってナルを異常者扱い?
 自分を選ばない男は全て異常だってか!?
 もう、あったまきた!

「博士の名誉のために申し上げますが、決して幼女趣味なんかじゃありません」
「ふうん?じゃあ何でアンタみたいな子供と付き合ってるのよ」
 キャサリンは品定めするようにじろじろと麻衣の体を見下ろした。
(今度は『アンタ』呼ばわりかい。段々品が悪くなってきたぞ)
 麻衣は腹の中で呟いたあとで、「そうですねぇ」とにっこりと上司のまどかもかくやというような笑顔を浮かべた。

「やはり、品質では?」

「は?」
「大は小を兼ねるといいますが、品質は無理ですので」
 麻衣は仕返しとばかりにキャサリンのデコラティブな体をチラリと見やった。
「なっ!どういう意味よッ」
「そのまんまの意味ですよ。博士は体の一部分の大小でパートナーを決めるような下品な考え方はされませんので」
「アンタより私のほうが質が劣るっての!」
「さぁ・・・。でも少なくとも博士は私の方が(まだ)マシとおっしゃるでしょうね」
「なんですって!」
 キャサリンは美しい顔を歪ませて、今にも麻衣に噛みつかんばかりだ。
(貴女より勝っているっていうより、私のがナルの扱い方を分かってるだけなんだけどね)
 麻衣は心の中では内実を呟きつつも、ニコニコと鉄壁の笑顔で付けいる隙を与えない。
 女同士の喧嘩は怒った方が負けよ、と言ったのは綾子だったか。
 彼女曰く『女がギャーギャー騒ぐなんてみっともないもの』だそうだ。そのとき普段のアンタはどうなんだと言いたくなったが煩いので言わずにおいた。

 今目の前にいる彼女は美しい顔を嫉妬に歪ませていて眉を顰めたくなるような剣幕だ。いくら元が美人でもこれじゃ台無しだ。
(昨日は何てキレイな人なんだろうと思ったのになぁ・・・)
 残念に思ってしまったら、頭が冷めて妙な感想を抱いてしまう。
 麻衣は小さくため息をついた。
 その余裕に見える態度がキャサリンの癇に障った。更に怖い形相になって麻衣を睨みつけた。

『アンタなんかどこの馬の骨だかわらかない孤児のくせして!』

 よほど逆上したのだろう、英語で罵倒してきた。
『どんな手を使ってオリヴァーをたらし込んだのよ!この売女!何の後ろ盾もないアンタなんかすぐ排除してやるんだから!痛い目を見ない内にさっさと帰りなさいッ!』
「え、あ、その・・・」
 スラングの混じった英語で早口に詰め寄られると麻衣の語学力では理解出来ない。
(あっちゃー・・・どうしよう??)
 日本人の困った時の癖でつい笑ってしまう。それがまた彼女の癇に触った。
『何笑ってんのよ!馬鹿にしてッ!!』
 逆上したキャサリンはサッと右手を上げた。
 高い位置から降りるヒュっと音を立てながら 
(ヤバッ!)
 麻衣は『殴られる!』と咄嗟に目をつぶった。そして衝撃に耐えるよう歯を食いしばる。

 ・・・が、予想された衝撃は来なかった。

『はい、そこまで』

 太い、男らしい声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、キャサリンの後ろにアレクセイが立ち、彼女の腕を押えているのが見えた。
 麻衣は慌ててアレクセイの後ろに逃げる。麻衣が自分の背後に逃げたのを確認するとアレクセイはキャサリンの腕を放した。
『暴力は感心しないな』
『・・・・・・・・・』
 やれやれとアレクが呆れたように語りかけると、キャサリンはふいっと視線を反らした。
『何か誤解があるようだけど、うちに入る条件はそんな特殊能力とかじゃない。まどか曰く、霊へ対する抵抗力があるかないか、だそうだ』
『抵抗力?』
『そう。フィールドワーク研究室は本物の心霊現象と接する機会が多い。怖がりな人や、憑かれやすい人、情緒が安定せず霊の影響力を受けやすい人には向かない。麻衣のように明るく霊に引きずられないタイプや、オリバーやリンのように人一倍自制心が強いタイプが望ましい。僕がまどかに誘われたときはそう説明された』
『だったら・・・』
『キャサリン、君に霊感があるのは知っているけど、抵抗力と霊感とは別だよ。それに君は情緒が安定してるとはお世辞でも言えない』
 言い募ろうとした彼女にアレクがピシャリと言う。
『麻衣は確かに研究者としては力不足だろう。でも彼女は調査員だ。4年以上フィールドワークに従事している麻衣は、現場では君よりずっと経験を積んでるし、実績を上げている。調査報告書を読めば分かる筈だ。それとも、今年から入った君はまだ読んでないのかい?』
『・・・・・・・・・』
 キャサリンはナルの発表した論文・書籍・雑誌寄稿に至るまで全て読んでいるが、調査報告には殆ど目を通していない。
 悔しそう唇を噛む彼女に向かって、アレクはさらに声のトーンを下げつつ強い調子で続けた。
『それに、もし、彼女が縁故採用だったとしても、君にそれを言う資格がないのは一番良く分かってるだろ?』
『・・・ッ!!』
(縁故採用されたド新人が自分より実績がある先輩に対してデカイ態度とってんじゃねーよコラ)
 と、アレクは静かに恫喝したのだ。
 こんな面と向かって侮辱されたのは初めてなのだろう、キャサリンはサッと顔を紅潮させた。
 アレクはそんなキャサリンを眺めながら、更に言葉を重ねる。
『それに・・・こんな姿をオリヴァーが見たらどう思うかね』
 アレクは自分の携帯をチラリとキャサリンに見せると、キャサリンの顔が強張った。
 そこには先ほど自分が麻衣に詰め寄ってる姿が映っていた。
『ああ見えてオリヴァーは正義感が強いんだ。弱いモノ苛めが大嫌いだからね、研究室にはもう立ち入れないと思うよ?』
 携帯をひらひらさせてアレクは人の悪い笑みを浮かべた。
 キャサリンはギリギリとアレクを睨みつけるが何も言い返せず、無言で踵を返して離れて行った。
 去り際、麻衣に向かって「何の後ろ盾もない小娘が調子に乗らないことね」と凄みのある表情で言い捨てて去っていった。

『・・・陳腐なセリフだがなかなか堂にはいった恫喝だな』
 アレクがやや感心しつつ彼女の後ろ姿を眺めた。
『ありがとうございました。助かりました・・・』
『いや、こっちもなかなか楽しいモノ見させてもらったよ』
『へ?楽しいモノ?』
『あの貴族の血筋を鼻にかけてるキャサリンに向かって”品が無い”なんてなかなか言えないよ』
『あ・・・、そ、そうだったんですか///』
『いやー、面白いものを見せてもらった』
 アレクはクスクスと笑いながら楽しそうだ。最近気付いたがこの人は笑い上戸らしい。一度ツボにはいったらいつまでも笑っている。
(ん?あの一幕を見られてたってことは・・・)
『じゃあ結構前から見てたんですか?』
『オリヴァーにロリコン疑惑がかけられた時からかな』
 アレクは仲裁に入ろうとしたけど、ロリコン疑惑に笑ってしまってすぐ入れなかったんだ。ごめんね?と笑いながら麻衣に説明した。
『それはいいんですけど・・・』
『うん?』
『アレクって日本語分かるの?』
 自分はキャサリンと日本語で会話していた。英語でのやりとりはもう少し後で、「品が無い」と言った時も日本語だった。日本語が理解出来ないと言えないはずな訳で・・・
 そう指摘すると、アレクは「あ~、バレちゃった」と日本語で呟いた。
 キャサリンと同じく見事な発音だった。



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もちょっとこうピリッと仕上げたいが今はこれで勘弁~
23.8.22
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