デイヴィス家 -05- 

『今日は午後からジーンのためにリースを作るの。麻衣も一緒に作らない?』

 朝食の後、そうルエラに誘われた。
 こちらでは切り花の花束の他に手作りのリースを作ってお墓に供えることもあるそうだ。ルエラはガーデニングも趣味にしている。初日は夜についたので気付かなかったけれど、デイヴィス家には小ぶりながらも様々な花を咲かせた見事な庭があった。この庭の花々を使ってリースを作るらしい。
 もちろん『喜んで』と答えた。

『今は季節がいいから、あの子の好きな花をたくさん入れられるわ』
 アカシア、ブルーベル、ジャスミン、カナリーバード、ブロンズチャーム、ルテア、等々、ルエラに庭の花を教えてもらいながら、花を摘んでリースに編み込んでいく。ルエラが選んだ花は白と黄色い花が多かった。
『ジーンは黄色と白の花が好きだったんですか?』
『そうなの、太陽のような淡い明るい黄色が好きだったの。白も好き。青も好きだったわ。空に関係する色が好きだったかしら。あの子は空が好きだったから』
『へぇ・・・』
『飛行機が好きでね、よく模型を作って遊んでたわ。日本に行く時も飛行機に乗れると楽しみにしてたの』
『・・・・・・』
『帰りは乗れなくて悔しかったでしょうね・・・』

  知り合って5年近く経っているけれど、ジーン個人に関して知ってる事はとても少ない。数えられるくらいしかない。好きな食べ物、好きな音楽、好きな色、好きな言葉、好きな紅茶、逆に嫌いなモノも、殆ど知らない。飛行機が好きだったことも知らなかった。
 会えるのは調査現場だから会話内容は調査、もしくはそれに類することが多かく、そんな普通の会話をしたことはほとんどない。たまーに心霊に関係のない会話をする余裕があるけれど、それはほんの少し。
(ナルのことなら数えきれないくらい知ってるんだけどな・・・)
 自分が好きな人よりその弟の事の方が詳しくなるなんてなんだかなーと思う。自由に会える相手じゃないから仕方ないのだけれど。
『ジーンはどんなものが好きでした?』
 お墓にお供えする参考として聞いてみてたら、ルエラは嬉しそうにジーンのことをたくさん話してくれた。それはどれも暖かい思い出ばかりだった。


 * * *


 昨日より早めに帰宅したナルは、今日もリビングからもれる笑い声を聞いた。だが今日の声は子供の笑い声が混じっている気がする。そのことに訝しみながらリビングに向かうと、ドアの音が聞こえたらしいマーティンがホッとしたような顔をして出迎えてくれた。何かあったのだろうか。
『早く帰ってきてくれて良かったよ』
『どうかしましたか』
『麻衣を泣かせてしまった』
『・・・・・・』
『食事の後にビデオを見てたら突然泣き出して・・・』
『ビデオ?』
『ああ、ルエラがジーンについて話してたら家族全員映っているビデオがあるのを思い出してね、観ることにしたんだ。そしたら急に泣き出して・・・。彼女は両親を亡くしてるから何か悲しい記憶でも思い出させてしまったのかもしれない』
『いえ、恐らくそうではないでしょう』

 何か問いたげなマーティンを置いてリビングに入ると、ソファーに腰掛けてる二人が見えた。麻衣の隣にはルエラが座り、彼女の肩を抱き手を握っていた。ルエラは何かを話しかけ、麻衣は軽く首を振ってるような仕草をしていた。
 僕に気づいたルエラに暫く二人にして欲しいと頼むと、心配げに頷きつつも二人はリビングから出て行ってくれた。
 麻衣が泣いている理由は話せない。それは彼女のプライベートだ。
 また、話を聞かれて未だにジーンがこの世を彷徨っているとは両親に知られたくはない。だから二人にして欲しかった。
 ため息をついて麻衣の隣に座る。
 麻衣は未だにぽたぽたと涙を流し続けながら、テレビを見続けていた。
 その表情は悲嘆にくれるというより放心しているように見える。だが喜んでるようには見えない。

 テレビには少年の頃の僕たちが映っていた。
 夏にケム川でボート遊びをしていた時の映像だ。成長期が来て背が伸び始めた頃だから、恐らく14歳頃だろう。マーティンがカメラを持ち、ルエラと僕たちを映していた。僕とジーンが並んでボートを漕いで、それを笑ってみている両親。絵に描いたような平和な休日だった。そんな他愛のない家族ビデオだ。懐かしいと思うが、それは本人達だけであって他人が見て面白いものではないと思う。ましてや泣く理由などあるとは思えない。

「これの何がそんなに泣けるんだ」
「だって・・・ジーンがいるよ」
 麻衣はテレビから視線を外さずに答えた。
「・・・ジーンが笑って動いて、ナルの隣にいる・・・」
「それが何だ」
「ちゃんといたんだね・・・ホントに、生きていたんだ・・・」
「・・・・・・」
「あたしさ、心のどこかでジーンて存在は私の幻想なんじゃないかって思う時があったの。夢でいろいろ教えてくれたけど、これは私の幻想で、本当はジーンじゃないかもしれないって・・・」
「ジーンじゃない?」
「私が夢で会ってたのは本当にジーンだという証拠なんてない。ジーンの姿をした他の誰かかもしれない。そんなの証明できない。だって私の夢なんだもの」
「・・・・・・・・・」
「調査で会えるときは不安にならない。何でか分からないけどこれはジーンだって確信がある。でもたまに、調査の時以外でジーンの夢を見ると不安になるの。ただの夢でも、夢の中では本物のジーンみたいに感じる。でもなんとなく夢の中でもただの夢だとも分かってるの。それでもいつもみたく綺麗に笑ってくれると、ただの夢でも本物のジーンだったらなぁって願っちゃうの。そして目が覚めて、やっぱりただの夢で寂しくて不安になる。もしかして調査の時もただの夢なんじゃないかって不安になる時がある・・・」
 霊視能力を持つ者は自分の見たものが霊か人か幻か絶えず疑いながら生活している。ジーンや原さんほど優秀であれば別だが、中途半端な能力の者ほど自分を信じられず自分の正気を疑うことさえある。
 麻衣は調査中という条件下で夢で見るという特殊な見方のせいか、自分の意思でトランスして霊視をしているためか、自らの正気を疑うような発言は今まで無かった。
 自分自身を疑いながらジーンを想うなど、随分不毛で自虐的だと思う。意外でもあった。
「・・・ただの幻想にしては実績がありすぎるが」
「だよね。だからいつもじゃないよ、たまーに。ホントたまーになの、不安になるのは」
 やっとこちらを見て笑った。しかし涙は零したままの泣き笑い。普段の彼女からかけ離れた、妙に静かな表情だった。
「だから、ビデオで、ジーンが笑ってるの見て嬉しかった。私の知ってるジーンとそっくり同じ笑顔なの。そりゃちょっと幼いけど、同じ、私が大好きな笑顔で笑ってるの・・・ちゃんと生きて存在したんだなってすごく安心した」
「なら何故泣いてる」
「嬉しいし、安心したけど、でもちゃんと生きてたのが分かったら、ホントに死んじゃったんだと思うと悲しくて・・・。なんかぐちゃぐちゃして涙が止まんないの」
「そんなに泣いてると干からびるぞ」
「大丈夫だよ。今だけだから。おかーさんが死んだ時だって涙は止まったもん」
 麻衣は流れる涙を止めようとする気はないらしい。同時に涙が止まることを疑いもしない。妙なところで図太いと思う。

 暫く黙ってビデオを眺めていると、ふいに麻衣がナルの腕に触れた。そして何かを確かめるようにぺたぺたと肩や膝に触れる。ナルは眉をひそめたが振り払うことなくされるがままにしておいた。
「あんな小さくて可愛かったナルが、こーんな可愛くなく大きくなってここにいるんだよねー、何か不思議」
「何がいいたい」
「ビデオのナルが今ここにいる。だからビデオにいたジーンもちゃんと、いたんだよね」
「当たり前だ。でないとわざわざ日本へ探しにいかない」
「そうだよねぇ」
 麻衣はくすくすと笑った。涙はもう零れていなかった。
 ビデオはいつの間にか終わっていた。

「ね、もう一回観ていい?」
「・・・好きにしろ」

 二人は夜半まで繰り返しビデオを再生しつづけた。







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妙に時間がかかったのは麻衣を泣くシーンを書きたくなかったからです。私は麻衣ファンなので、泣かせるのにひっじょうに抵抗があったとです。書き直すかもしれないけどいい加減up。


2011.5.16
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