デイヴィス家 -06- |
さんざ泣いた翌朝、窓を開けたら見事な青空だった。 それだけで嬉しくなりニコニコしてしまう。サクッと着替えて顔を洗おうと洗面所に向かったら、ナルと鉢合わせした。昨夜は盛大に泣いて遅くまで付き合わせたので少し気恥ずかしい。払拭するように殊更へらっと笑ってみせた。 「おはよ!良い天気だね」 「・・・おはよう」 ナルは返事の間に一瞬間を置いた。その一瞬、私の顔を見て呆れたようなため息をついたのを見逃さない。 「今『単純なヤツ』とか思ったでしょ」 「いいえ?ただ残念な顔が更に残念になっていると思っただけですよ」 「ちょっ、残念て何よ!朝から喧嘩売ってんの?」 「鏡見てみろ」 ナルはそう言い捨てて洗面所から出て行く。空いた鏡を見てみるとナルの言いたい事がよく分かった。泣いてそのまま寝たもんだから私の顔は酷い有様だ。目元が赤く腫れて二重瞼が一重になっている。泣いたのがバレバレだからルエラやマーティンに見せられない。心配される。これじゃぁ確かに残念顔だ。 しかも、もしかしたらジーンに会えるかもしれないのだ。こんな顔は見られたくない。 冷たい水で気合いを入れた。 * * * なんとか目元の腫れを抑えて化粧を施し、見られる顔を作って階下に下りる。 ルエラは私を見て穏やかに笑って『大丈夫なの?』と心配げに尋ねられたので、私は『ご心配かけました。もう大丈夫です』といつもの笑顔で言うと、『そう』と言うだけでそれ以上は聞かずにいてくれた。不思議とナルと似ている『そう』だった。ただし、ルエラの場合は柔らかな笑顔付だ。マーティンには笑顔で『女の子は笑顔がいいね』とウィンクされてしまった。うーん、このノリはジーンに受け継がれてるよね。 『麻衣、そのワンピース可愛いわね』 『ありがとうございます』 『ふわふわしててよく似合ってるわ』 私は白のオーガンジーのワンピースを着ていた。袖はパブスリー型、胸の下で切り返しがあり、スカート部分は三重に重なっていてひらひらふわふわとしている可愛らしいデザインだ。 英国でのお墓参りの作法は全く知らないので、ナルにどんなものを着たらいいか尋ねたら、葬式ならともかく死んでから5年も経った墓参りだから好きな色で好きなものを着ればいいと言われた。あまり黒にこだわらないらしい。 だから私は思い切って白を選んだ。 特に理由は無い。 ただ、いつも暗い闇の中で逢っているので、黒だけは嫌だと思った。 そう思いながら買い物に行ったら、なんとなくこの白のワンピースが目についた。とても可愛くて、試しに着てみたら我ながらなかなか似合う。買い物に付き合ってくれた真砂子と綾子の似合うと言う声に背中を押されて、デザインの可愛さに反比例して可愛くない値段のソレを、清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ってしまった。 だってお墓参りに来れるのは多分これが最初で最後。次なんてあるとは思えない。だから、一回くらいは可愛い格好をしてジーンに逢ってみたかった。いつも調査の適当な格好じゃなく、お洒落な格好の自分を見てもらいたかった。逢えても逢えなくても。 でも白は顰蹙に思われないかなとドキドキしてたら、ルエラは爽やかな青のワンピースを着ていたので安心した。 『麻衣はこういうやわらかい雰囲気の服が似合うわね。とっても可愛いわw妖精みたい』 『よ、妖精ですか・・・』 褒められて嬉しいけれど二十歳を過ぎて妖精とは素直に喜べない。どーせ小柄で童顔だよ・・・と密かに落ち込みたくなる。 『ね、ナルも可愛いと思わない?』 なんとルエラが隣のナルに意見を求めた。普段のナルなら完璧無視されるだろうが、さすがにルエラからの質問には無視できない。少しだけ首を傾げて少しだけ考える仕草を見せたあと、無表情のまま口を開いた。 『汚れが目立ちそうだな』 『ナル・・・』 『・・・・・・』 ルエラは首を振り、私は無言だった。 ナルが『ええ、可愛いですね』とか言うはずがないと分かってはいたけれど、ルエラの手前社交辞令程度は褒めてくれるかなと期待してしまったこの乙女心をどうしてくれるッ!年頃の女の子は繊細なんだぞ!しかも購入時に一番迷った点なんだよそこはッ! 「・・・もう少しマシなこと言えないの?」 「誰かさんはしょっちゅう穴に落ちたり、転んだりぶつかったりしてますので心配してさしあげただけですよ」 「そんなの調査中のときだけでしょうが!」 「どうだか、麻衣は粗忽者だからな」 「黒しか着ない横着者に言われたくないやい!案外黒に隠れてるだけで、シミだらけなのはそっちかもよ?」 「お前と一緒にするな」 いつもの調子でギャンギャン言い合っていると、『仲が良いのも結構だけれどね、そろそろ時間だよ』と、マーティンが苦笑交じりに仲裁されてしまった。 * * * 教会に行き、牧師さんと共にお墓に行くと、既に幾つかのお花が供えてあった。私達以外の誰かがジーンの死を悼み、命日を憶えていてくれたのだ。それだけで涙が出そうになった。 牧師さんが祈りの言葉を唱え始める。 ルエラも、マーティンも、目を閉じて祈りを捧げるよう手を組んだ。 ナルでさえ目を閉じて祈っている(ように見える)。 私も目を閉じて、牧師さんの祈りに耳を傾けながら、ジーンのことを想った。 ふと、風を感じた。 爽やかで、でも冷たい風。夏らしくない風。 つい目を開けてしまう。 風はお墓のほうから吹いていた。 いや、吹いてるように”見えた”。 何故か空気がサラサラと粒子が動いているように見えた。透明な粒子が風の動きにそって動いている。大気中に散った透明な粒が流れてうねって動いていた。 空気って見えたっけ?とのん気な感想を持ちつつきょろりと見回してしまう。 でもどこも同じで、不思議に思いながら視線を戻すと・・・ ジーンが、いた。 お墓の前にジーンが立っていた。 目を閉じて、立ったまま眠っているように見えた。 そうした姿は隣のナルと全く同じで見分けがつかない。ナルが鏡に映っているようだ。 でもその隣に私はいない。もちろん鏡なんかじゃない。あれはジーンだ。 会話が出来ないかと意識を凝らしてジーンに呼びかける。『逢いに来たよ』と、『目を開けて』と心の中で呼びかけた。でもジーンは目を閉じたまま。 その姿は薄く、空気に溶けていた。 夢の時のようなリアリティはなく、すぐ消えてしまいそうだった。 その儚さに泣きたくなりながら呼び続ける。 何度も。何度も・・・。 涙が零れ落ちそうになった時、ジーンが目を開けた。 そしてふわりと微笑んだ。 私の大好きなとても綺麗な笑顔。やわらかな日差しのような笑顔だった。 でもそれは一瞬だけ。すぐジーンは瞼を閉じて、空気の中に消えていった。 心の中でそっと「おやすみ」と呟いた。 一粒だけ、涙が零れた。 * * * 「ほら、歩け」 牧師の祈りの後、気がついたら麻衣が泣いていた。昨日ほど派手じゃないが頬に涙の後が光っていた。あれだけ泣いてもまだ足りないのかと呆れる。 終わっても墓をぼんやりと眺めたまま動こうとしない。歩きだすよう促す。手を引くとやっと歩き出した。 「・・・何か視たのか?」 麻衣はこくんと頷き小さな声で語り始めた。 「・・・ジーンがいた。一瞬だけだけど・・・」 ここは調査現場ではないが、古い聖別された墓場だ。そこへ僕と麻衣とジーンの遺体がそろった。現場のような”場”が産まれたのかもしれない。 「何か言ったか」 「ううん、何も・・・。ぼんやりと浮かんで眠ってるみたいだった。一瞬だけ目を開けて、ふわって笑ってくれたの。そしてすぐまた目をとじて消えちゃった」 「そうか」 ”場”が出来ても酷く弱いものなのかもしれない。これが霊の活性化しやすい夜ならどうだろう。データが取れるかもしれない。 「滞在中にもう一度来るか」 「機材なしなら喜んで」 「・・・・・・・・・」 「ナルの考えなんかお見通しなんだから」 「それなら自分から協力を申し出ても良いのでは?、調査員の谷山さん」 「泣いてる女の子に実験をさせようだなんて、英国紳士な所長がおっしゃるとは思わなかったものですから」 「もう泣いてないだろう」 「だってさー、どんな時でもナルがナルらしくて可笑しくって」 麻衣はいつの間にか泣きやんでクスクス笑っている。もう自分で歩けるだろうと手を放そうとしたら麻衣の方が握ったまま放さない。無理矢理外す理由もないのでそのまま歩きつづける。 「・・・もう少し落ち着いた頃ならいいよ」 「ああ」 墓場で二人、約束した。 * * * その夜、麻衣はジーンの夢を見た。 ゆらゆらと暗い中、ぼんやりと浮かぶジーンが見えた。 墓場で見た時のように目を閉じたまま、今度は横たわっていた。 sleeping beauty 男だけどホントそんな感じ。奇麗すぎる寝顔。 棺にも入ってないけれど、花もないけれど、眠り姫が横たわってるようだ。 キスしたら目が覚めるだろうか? 魔がさした。 ジーンの唇は少しひんやりとしてて柔らかかった。 やはり彼は眠り姫と違う。キスしても目覚めない。 そのことを残念に思いながら、ジーンの横で私も眠りについた。 同じ夢が見れたらいいのにと思いながら・・・。 (終) |
※お墓参りの部分は一応調べてから書いたのですが、ネットだと限界がありました。多分とっても違うと想います。不快に思われたら申し訳ありません。逆にご指摘下されば助かります。 私の中で、ナルの本当のプライベートは英国の実家にあると思ってます。だからナルと麻衣が深く私的な関係になるためには、麻衣がデイヴィス家に滞在してもらったほうが早いかなと思って最初にデイヴィス家編を書くことにしました。あと麻衣に墓参りさせて区切りをつけさせたかったというか・・・。まあそんなとこです。そのためやけにじっくり書きすぎて長くなってしまいました。でもお墓参りのとこあとで加筆したいな。読んで下さった方々お疲れ様でした。 20116.3 |
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