デイヴィス家 -03- 


『え、じゃあナルのお見合いはマーティンがセッティングしたんですか?』

 夕方、マーティンが帰宅し、まどかさんがやってきて私の歓迎会を開いてくれた。
 年輩の男性を『マーティン』と呼び捨てにするのは抵抗があったので、最初はデイビス教授とお呼びしてたのだけれど
『ルエラもナルもファーストネームで呼んでるのに、私だけファミリーネームじゃ寂しいじゃないか』
 と茶目っ気たっぷりの青い目にウィンクされると反論も出来ず、マーティンと呼ぶことになった。年輩の男性に馴れ馴れしく接するのは恥ずかしいし照れくさい。物心つく前にお父さんはいなくなってしまったので、お父さんみたいな歳の人に慣れてないせいかもしれない。ぼーさんのことをふざけてパパと呼ぶのとは全然違う。でも暫くすると慣れてきた。それはマーティンのユーモアに溢れた雰囲気のせいだと思う。
 そこで楽しく談笑している中、私は驚きの事実を知った。

『最初の一回だけわね』
『それも騙し打ちで』
『親心よぉ、そんな風に言っちゃ駄目』
『ナルは放っといたら一生独身で過ごしそうだから親としては心配でね。出会いの場を提供するくらいのお節介は許されると思わないかい?』
『はぁ・・・』
 いや、心配は当然だし、許されるとは思うのだが、あのナルだ。私だったらそんな度胸はとてもない。
 マーティンと他の学者との食事会ということで出向いた先に、心霊研究に明るい年頃の女性が複数名同席していたのだ。ナルはマーティンの意図がわかった途端帰ろうと思ったが、彼に恥をかかせるわけにはいかないと思い止まり、社交界で培った分厚い猫の皮を被り苦痛の時間を過ごしたと言う。

『あの後のナルったら酷く不機嫌で大変だったわ』
『覚悟の上だったけれどあれで懲りたよ。やっぱりお節介は良くない、とね』
 二人のさめざめとしたため息に、どんだけ不機嫌オーラを撒き散らしたんだか・・・。おこぶ様んときとどっちが有害だったかな。
『あ、でも・・・』
 今でもお見合い話がたくさん舞い込んで来てると聞いている。
『それで終わる筈だったのに、あのデイビス博士が見合いをしたと噂が広まっちゃって、うちの子も、うちの子もって話がSPRにもマーティン達のところにいくつも来るようになったのよ』
『一度でも前例を作ると二度目以降は明確な理由がないと断りにくい。あれのせいで一気に申込が増えた』
『それを言われると弱いな。こうなるとは予想外だったよ・・・』
『マーティンは悪くないわ。普段から人間関係を碌に築こうとしないから周りが心配してお節介を焼くし、普段拒絶してるから珍しがって噂が一気に広まったのよ。言わば自業自得ね』
『まどかさん・・・』
 さすがまどかさんは容赦ない。まどかさんの言い分にも一理あるけど、ちょっとナルに同情してしまう。

『麻衣にも迷惑をかけてごめんなさいね?』
『え、私ですか?』
『ええ。ナルの恋人役を引き受けたせいで、お断りするときに同伴してもらったり、嫌がらせを受けたと聞いたわ』
『大丈夫ですよ。結構楽しんでますから。それに引き受けなければイギリスに来れることもなかったですし・・・、そう思えば役得です』
 にっこり笑って言うとルエラは安心したように微笑んでくれた。
『そう言ってもらえたら、僕のお節介も無駄では無かったね。こんな可愛いお嬢さんがうちに遊びに来てくれるようになったんだから』
『ええ、ホントに。怪我の功名ね。ナルがガールフレンドを連れてくる日が来るなんて思わなかった。快挙だわ!』
『僕と麻衣はそんなんじゃない』
『あら、お芝居でもガールフレンドには違いがないわ。それにただの友達でもナルが家に連れてくるのは初めてだもの。とても嬉しいわ』
『・・・・・・・・・』

 ルエラは『うふふ』とすごく嬉しそうに微笑んだ。その他意のない嬉しそうな様子のせいか、それが事実なせいか、ナルは反論が出来ず黙って憮然としている。いつものナルなら「コレは友達ではありません」くらい言いそうなのに、それすら言わない。言ったら確実に全員から叱られるからだ。
「友達連れてきたことないの?」
「・・・・・・」
「二十一歳にもなって?」
「・・・何が言いたい」
 あと一カ月ちょっとで二十一歳になる大の男が、恋人どころか友達すらいなくて母親に心配されてたなんて・・・。
(イタイ、イタイよ博士!イタ過ぎる!!)
 可笑しくて吹き出しそうだ。必死に笑いを噛み殺していると隣のナルに睨まれた。駄目だ、その睨み顔すら笑える。とうとう吹き出して声を出して笑い出だしてしまった。隣から非常に不機嫌そうなオーラが漂ってくるがそれすら笑える材料だ。だってだって反論しないってことは図星だからだ!駄目だ、ツボに入った!!
「いい加減にしろ」
「イタッ」
 笑い続けてると我慢できなくなったナルにでこピンされてしまった。
 なんとか笑い止むと、こちらを驚くように見つめて瞬きをしている二人と目が合った。まどかさんは私と同じようにくすくす笑ったまま。
(えーと・・・笑いすぎて呆れられたかな?)
 笑いすぎて目じりに溜まった涙をぬぐって、居住まいを正した。ちゃんとフォローしとかないと隣が怖い。
『あのですね、日本では毎日日替わりで誰かが遊びに来てますよ?』
『そうなの?』
『ええ!ナルが迷惑そうな顔をしても、皮肉を飛ばしても、ぜーんぜん気にしない面の皮の厚い連中が、毎日日替わりで事務所へ遊びに来ます。だから私以外にもちゃーんと友達がいますから大丈夫です!』
『麻衣・・・』
『そりゃ仕事仲間だから友達とはちょっと違うかもしれないけど、調査で大変な目にあっても一緒に乗り越えた仲間ですから!普通の友達よりずっと繋がりは強いですよ?』
『日本のイレギュラーズは癖があるけどホントいい人達ばかりよね』
『そうなんです!それにナルってば一番の趣味も友達も恋人も仕事ですから、仕事仲間のほうがずーーーっと長続きするし付き合ってけると思うんですよ』
 あんまりかもしれない私の言い分に、ご両親もまどかさんもプッと吹き出した。
 ちょっと言いすぎたかなと思いつつも
『それは頼もしいね』
『ええ、日本はナルにとっていい環境のようね安心だわ』
 マーティンもルエラもにっこりと笑ってくれたので安心する。
 それから私はナルでの様子を事細かに色々話して聞かせた。だって遠く離れて暮らしてるのだからどのように暮らしてるのか心配なはずだ。少しでも安心して欲しい。二人は嬉しそうに聞いてくれた。ナルだけは隣で憮然としてるけれど、止めようとはしない。多分、止めたくてもご両親が喜んでるから止められないんだ。ナルはご両親の前だと毒舌が出なくて大人しい。ちょっと新発見だ。

『麻衣、明日は一緒にお買い物しましょうね。女の子とお買い物に行くの夢だったのよ』
『私は明日午後からオフにしたの。三人で回りましょう』
『わぁホントですか!是非お願いします!』
 あとは女三人でどこのお茶が美味しい、あそこの公園が見ごろだから行こう、などなどと明日の予定で盛り上がった。
 マーティンは賑やかな食卓を楽しそうに眺め、ナルはため息をつきつながら黙って紅茶を飲みこんだ。


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自転車の天使にて「あった方が楽しいものは、あると信じることにしてるんだ」とマーティンが話したエピソードがあって、ナルのお父さんはお茶目な人なんだという印象がある。懐がでっかい人なんだと思います。あるがままに受け入れるタイプなのかと。いい親父さんなんだろなーと妄想。因みに公式では赤毛の青い目の方だそうです。

2011.4.26
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