デイビス家 -01- 

 私とナルはヒースロー空港から電車で一時間半ほどかけてケンブリッジに着き、そこからタクシーでナルの自宅に向かった。日本からトータルで20時間弱、こりゃ疲れるはずだ。今度ナルが帰国したときは腰でも揉んであげようと思った麻衣だった。

「えーっと、ここ?」
「ああ」
 タクシーが止まり降りた先には緑の生け垣に囲まれた三角屋根の一戸建があった。
 切妻屋根の二階部分は太い焦げ茶の柱がせり出し壁には白い化粧が施され、一階部分は赤レンガが積みあがって出来ている。コントラストが効いた配色だけれど、緑の蔦が這うことで柔らかく趣のある雰囲気に変わっている。白い大きな出窓にはいくつもの鉢植えが見えた。イギリスでは年月が経った建物の方が人気があるらしく、建物の平均寿命は140年以上と聞く。ナルの家も一世紀以上は経ってそうな風格があった。

「わぁ・・・素敵なおうち!調査だったら何か出そうと思っちゃうとこだけど」
「古いからな。悪質なのだけはジーンが処置済みだ」
「”悪質だけ”・・・ってことは他にもいるわけ?」
「ジーンに言わせればな。何か視たら言え」
「はーい。・・・それこそジーンが出たりして」
「さあな」

 ナルはカギを持っているが到着を告げるために玄関ベルを鳴らす。
 暫くするとドアの内側から足音が聞こえ、ガチャガチャとドアノブが鳴り、扉が開いた。

『お帰りなさい!ナル!』

 見事な金髪の50代くらいの女性が満面の笑みで出迎えてくれた。彼女はナルを抱きしめて頬にキスをした。こんなことが出来る女性はナルの養母のルエラしかいない。
 彼女は次に私を見てにこやかに笑みながら軽く抱きしめてくれた。ナルより少し遠慮した感じのハグだ。ふわりと大人の女性らしい良い香りがした。
 ルエラには前に来日した際に一度だけお会いしたことがある。最近は電話でお話しする機会が増えたけれど、実際に会うのは3年振りだ。ナルと違い金髪で紫の目をしたいかにも外国人!って感じのルエラには少し緊張してしまう。
『麻衣もよく来てくれたわね!』
『お、お世話になります』
 つっかえながらもなんとか英語で挨拶した。ルエラは日本語が話せるけれど、勉強のためにも滞在中は出来るだけ英語で会話しようと決めていた。

 今回のイギリス旅行のために、麻衣は安原さんから英会話レッスンを受けた。
 越後屋安原は先生となったら鬼の安原に変わり、「イギリス行くまでオフィスの公用語は英語にしましょう」とにっこりとのたまってくれた。
 しかも日本語を話したらペナルティーを課し、十回やったら皆にお昼ご飯を奢るという罰則付きだ。ただでさえイギリス行きで苦しい財政事情の私は必死になって頑張った。英文科の意地もある。
 その結果、普通の日常会話ならなめらかに話せるようになったし、仕事でも事務作業程度ならなんとか会話出来るようになった。なんせお昼ご飯三回分の授業料を支払ったのだ。身についてなかったら泣く!
 といっても、外食して支払うのではなく人数分のお弁当持ってくるで勘弁してもらった。綾子に泣きつきキッチンを借りて4人分のお弁当を作らせてもらい、皆で食べたのだ。あれはあれで楽しかった。最後の日には私の拙い英語に付き合ってくれた皆にお礼として作った。ナルはいつも通りだったけれど、安原さんとリンさんはとても喜んでくれたのでまた作ろうと思う。

 促されて家に足を踏み入れると、中は予想通りのクラシックな洋風の内装だった。まるで映画のようで、気分はハリーポッターか赤毛のアンだ。
 ふかふかした絨毯敷きの床は土足で入るのが躊躇われる。けれど二人がそのまま進むので慌ててついていく。

『マーティンは?』
『まだ大学よ。夕飯までには戻るわ』
『そう』
『ナルも麻衣も疲れたでしょ?夕ご飯出来るまで休んでなさい』
『ああ』
『麻衣のお部屋は二階よ』

 ナルとルエラの後についていって二階に進む。一階にはリビングダイニングとルエラとマーティンの寝室、あと書斎があるらしい。二階に子供部屋とゲストルームがあり、私はそのゲストルームを使わせてもらえることになっていた。
 ナルは二つ並んだ扉の一つにさっと入って行く。
『麻衣のお部屋はこっちよ』
 ルエラはナルの部屋から斜め向かい側の部屋のドアを開けて、中へ入るよう促される。

「わ!素敵~」
 通された部屋はアイボリーの壁紙に茶色い蔦と木の実の装飾がされた壁紙。よく磨かれたツヤのある焦げ茶の机に大きなクローゼット。窓は出窓になっていて柔らかそうなレースのカーテンが飾っていた。窓際に置かれたベッドは木製のアンティーク調で植物のレリーフが素敵だった。枕元には複雑な模様のキルトで作られたクッションが置かれ、同じくキルト模様のベッドカバーが掛けられていた。

『うふふ。気に入ってくれた?』
『はいとっても!』
 こんな素敵な部屋に泊まれるなんて夢みたいだ!興奮して握りこぶしを握りながら力いっぱい返事してしまった。ルエラはそんな私を見てくすくすと笑っている。
『喜んでもらえて良かったわ。女の子のお部屋用意するのとても楽しかったの。マーティンもナルもそういうの無頓着だから』
 男の人はそんなものかもしれない。
『このベッドカバーとか凄く素敵です!』
『ほんと?これは私のお手製なのよ。キルト作りが趣味なの』
『手作り?!すごい!』
 クッションとベッドカバーは布をはぎ合わせて一枚の布にしたパッチワークキルトに薄綿を入れて仕上げた品だった。多彩な布で複雑な模様を生み出していて、とても素人の手によるものとは思えない出来栄えだ。大きさといい、出来栄えといい、買ったら数万円はしそうな品だった。
『奇麗ですねぇ・・・』
『麻衣もやってみる?』
『え?いいんですか?』
『もちろんよ♪』
『ぜひ!』
『じゃあ今度教えてあげるわ。その代わり私に日本食教えてね』
『お安いご用です♪』
 滞在予定は3週間。何かお礼がしたいと言ったら『日本食を教えて欲しい』とのリクエストだった。そのために綾子から和食の特訓を受け、日本食材と調味料を持ってきていた。
『じゃあ夕飯までゆっくりしていてね』
 一通り、女同士の会話に花を咲かせたあと、ルエラは部屋をあとにした。


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ナルの家は中心部より少し離れたとこにある一軒家設定。古すぎるといろいろ問題あるので200年経たないくらい。家もルエラのキルト趣味も完全私の趣味です。でも金髪紫眼は公式ですよー。
舞台はケンブリッジ、女主人のキルトに古い家とくれば、知ってる方はもうお気づきかもしれませんね。英国童話のグリーンノウシリーズの世界観をちょっとばかし拝借する予定です。あのシリーズ大好きなんですよ。小さい頃にあの本を読んで私の幽霊への考え方が決定しました。ナルがあの地の出身と知ってちょっとびびった。

2011.4.21
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