7年後 柚子湯
「兄ちゃん、これあげる」

 そう言って翔太が差し出したのは一枝の柚子だった。実が5・6個ついてていい香りだ。

「お、いい香りじゃん。サンキューな!」
「どういたしまして。母さんからいっぱいもらったからお裾わけ」
「へ〜、これどうすんだ?」
「食べてもいいけどこの季節なら柚子湯にするといいよ。なんかね、普通のお風呂に入るより血液の循環を良くして腰痛とか風邪予防に効果あるんだって。あと柚子の香りにはリラックス効果もあるらしいよ」
「やけに詳しいのな」
「母さんが『お前は漫画ばっか描いてて血行悪いんだから柚子湯に入りなさい!』ってとくとくと説明してくれたからね」
「いい親じゃん」
「まあね、じゃまだ原稿があるから」
「おう、風邪ひくなよ」
「はーい、んじゃねー」

 バタンッ

 なんか年末進行だとかで締め切りが早くなってるらしい。とても忙しそうだ。
 あいつ漫画ばっか描いててちゃんと大学行ってんのか?
 そんなことを考えつつリビングに戻ると久保ちゃんがこっち向いていた。

「いい香りだね。柚子?」

 柚子の香りが中まで届いてたらしい。煙草くわえてるくせに香りに敏感なのな。

「おう、翔太からのお裾わけ。風呂に入れて柚子湯にしようぜ」
「いいね、あったまりそう」

 あ、親父みてーなニヤニヤ笑いしやがった。

「・・・俺は一人で入るからな。入ってくんなよ」
「えー」
「柚子湯初めてだし、リラックス効果があんだってさ。だから一人でゆっくり入りてーのツ」
「ふ〜ん・・・リラックス、ねぇ・・・」
「んじゃ柚子湯やってっから入ってくんなよ!」
「は〜い」

 しぶしぶながらも頷いた久保ちゃんを放って置いて柚子湯の準備をする。
 湯をはった浴槽に輪切りにした柚子を5個くらい浮かべた。

「おお、見た目もキレーでいいじゃん♪」

 いそいそと浴槽に入り浮かんだ柚子をつかんで果実を絞ってみる。すると柚子の香りが浴室いっぱいに広がった。

「すげーイイ香り!」

 柑橘類のさわやかな香りは鼻炎気味の鼻には丁度いいかもしれない。

 柚子の香りにつつまれ、誰に邪魔されることなくリラックスした入浴タイムを過ごした。


* * * * *


 気持ちいーのな、またやろ。フンフーンと鼻歌を歌いながらご機嫌でガシガシと頭を拭きながらリビングに戻る。

「柚子湯はどうだった?」

 久保ちゃんはさっきと同じ格好で雑誌を読んでいた。約束とおりちゃんと待ってたらしい。こいつもやっと待つことが出来るようになったよなー。

「おー、すっげぇいい香りだぞ。いつものバラや檜もいいけどこういうのもいーのな。またやりてー」
「そ?良かった。んじゃ俺も入ろかな」
「おう、久保ちゃん血行わりーんだからゆっくりつかれよ」
「そうね・・・、ねぇ、時任は何で柚子湯が血液の循環を良くするか知ってる?」
「知らねー」
「柚子湯に入るとノルアドレナリンの濃度が4倍以上になるんだって」
「ノルアドレナリン?それって何だ?」
「神経を興奮させる神経伝達物質、興奮すると血管拡張するっしょ?」
「・・・・・・・」
「というわけで、そっちの効果も一緒に試してみない?」

 がしっと腕を掴まれて抱込まれた!抱込まれたっつーより羽交い絞めだ!動けねぇ!!!

「俺はもー入ったんだから久保ちゃん一人で入れよ!!!」
「いーやー、ちゃんと”待て”をしたんだからご褒美もらわないと」
「だったら最後まで待ってろよ!明日まで!」
「そこまでちゃんと調教されてないんだよねー」

 にやにや笑いながら久保ちゃんは俺の首に顔をうずめた。くんくんと匂いを嗅ぐ仕草はホントの犬みてー。
 
「柚子の香りがうつってイイ香り」

 ゲッ!舐めやがったッ!!!

「ちょッやめろって!」
「犬ってね、ご主人様の匂いがいつもと違うと気になるし・・・興奮するんだよねー」

 や・・・やべぇ!久保ちゃん動物スイッチ入ってる!!

 マジモードで顔を近づけて来て

「ん・・・〜〜!!!!!」

 噛み付くようにキスされて、抵抗をふさがて、そのまま浴室に連れ込まれた・・・


* * * * *
 

 翌朝というより昼、寝室にて・・・


「腰いてー・・・」
「あー、ごめんね?」
「だったらもう少し手加減しやがれってんだ」
「いつものことだと思って諦めてよ」
「いつもこれじゃいつか壊れるっつーの」

 あのまま風呂ん中で数回、そのまま寝室になだれこんで数回、数えるのもいやになるほど付き合わされた。イイカゲン枯れろっての!付き合わされるほうはたまったもんじゃねーよ!!!だぁぁあ!腰イテーっ!

「・・・久保ちゃん、今すぐ柚子買ってこい。そんで柚子湯入れ直せ」
「えーもちょっとこうしていたいんですけど」
「うるせぇ!ホントなら追い炊きしてもっかい入ろうと思ってたのに中で出しやがって!入れねーッツーの!責任とって入れ直せ!」
「今?」
「今すぐ!」
「・・・仕方ないか」

 久保ちゃんはのそりと置きだして寝室を出て行った。

 元凶を追い出して幾分か気分がよくなった、が、腰が痛い。うーと唸りながらベッドに沈み込む。

 あの香り気に入ったし、柚子湯は腰痛に効くっつーからな・・・。

 ん?

 ・・・まさか、俺がたまに腰痛いって言ってっから翔太は柚子くれたんか?

 だとしたら逆効果だっつーの!


 さすがの小姑もそこまでは予想できなかったでしょうね・・・

 不機嫌な猫は誰にともなく八つ当たりしたい気分のようです。

 柚子湯はマンネリ(?)夫婦にはちょっと効きすぎたスパイスだったみたいですね(笑)




(終)
 
柚子湯の成分について調べたらノルアドレナリン濃度があがると書かれてて思いついたネタです。匂いかわると犬って興奮するしねー・・・あはは(逃)

2007.11.28
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