腐臭

 1996年5月、早朝から変死体があがったということで呼び出しを受けた。他殺の可能性は少く緊急性は低いが赤ランプを回して新木と現場に向かった。
 到着した現場は住宅街の中にポツンとある、広くもなく、狭くもない、公園だった。第一発見者は通勤途中のサラリーマンで公園で浮浪者が死んでいると通報があったそうだ。発見から1時間弱、既に監察が到着し現場保存がされていた。マスコミも来ている。いつもながら耳の早いことだ。
 中に入ると現場にはテープが張られ、ホトケさんはビニルシートで覆われていた。

「あっ葛西さん、新木さん。おはようございます」

 顔なじみの鑑識に声をかけらる。新木と同じくらいの歳で、確か松本とかいったか・・・。W・A絡みの現場でもよく顔を合わせてたな。獣化した死体はベテランの鑑識でも顔をしかめるってーのにこいつは顔色一つ変えない。若ぇのに肝が据わっている。新木もちったぁ見習えってんだ。

「よぉ、朝っぱらからご苦労だな」
「お互い様ですよ。ホトケさんご覧になります?」
「ああ、頼む」

 松本がシートを捲り、仏さんの顔が露になる・・・。

「・・・浮浪者というから中年だと思ってましたけど、案外若い人みたいですね・・・」

新木がひとり言のように呟いた。遺体は20代後半くらいの男だった。髭をろくに剃っていないのと、路上生活が長いのだろうか、服装は薄汚れ垢じみていて、頬はこけていた。そのせいで、パッと見中年のようにも見えた。
こいつ俺も歳をとったもんだ・・・

「遺体は綺麗です。ざっと見ても外傷は無いですし、周囲に争いの痕も見られません。死因は解剖しないと分かりませんね」
「自然死って歳では無いし、泥酔の上の凍死って季節でもないし・・・葛西さん?」

新木に呼ばれて我に返る。

「そいつは重度の薬物中毒だ。過剰摂取による中毒死か、もともと心臓が悪かったらしいから病死の可能性もある」
「え・・・?葛西さんはこのホトケさんのこと知ってるんですか?」
「まぁな、といってもここ何年も会っちゃいなかったがな・・・昔担当した事件の関係者だ」
「その事件は・・・」
「犯人も捕まり刑も執行されてる。もう10年くれぇ前の話だ。」
「じゃあその事件とは関係無いんですね。」
「ないだろうな。松本、もう運んでいいぞ。解剖結果が分かったら知らせてくれ」
「分かりました」

仏さんは松本の指示でストレッチャーに乗せられ手際よく運ばれていく。残るは死体のあったマークだけ。血痕も何もない。キレイなもんだ。このマークすら数日中に無くなっているだろう。何も無かったように・・・。

「葛西さん、ホトケさんの家族とかも分かります?遺体確認してもらわないと・・・」
「あぁ、わかる。行くか」
「はい、そういえばホトケさんの名前は?」
「あぁ、・・・佐倉だ。佐倉一史」

 新木と車に乗り込みながら記憶を手繰る。
 10年前のホトケさんは、まだ少年で、気弱げな白い顔をしていた。病弱だったせいか年齢より小さく、華奢で儚げなイメージがあった。字は違うが花の名前と一緒で、やけに似合ってやがると思った記憶がある。
 少しずつ昔を思い出しながら、重い足取りで車に乗り込む。一史は佐倉夫妻の一粒種だ。年老いた夫婦に息子の死亡報告をするのだ。気が重い。それでも行かなくてはならない。

「行くぞ」
「はい」

 新木は車のエンジンをかけ、アクセルを踏み、教えられた住所に向かって車を走らせた。助手席に座った葛西はタバコを一本取り出し火をつけた。深く吸い込み、ため息代わりのように、吐き出す。それを見やった新木は心配げに眉をひそめた。仕事の関係とはいえ知り合いが死んだのだから無理も無いがそれだけじゃないような気もした。

「・・・葛西さん、ホトケさんが関わった事件てどんなのです?」
「・・・今と同じ季節くれぇだったな。朝早く浮浪者が公園で死んでいると通報があった」
「今日と同じですね」
「でも明らかに違う点がある。現場に横たわってた浮浪者には刺し傷があった。・・・明らかにコロシだ」
「・・・」
「解剖の結果、死亡推定時刻は前日の夜中だった。周辺の聞き込みと捜査でそこを毎日のように通る人物がいるのが分かった。そん中に佐倉一史がいたわけだ」
「事件を目撃した可能性があったんですね」
「まぁな、毎週月〜金は塾帰りでだいたいその時間に通っていたらしい。そんで話しを聞きに行ったんだが・・・何も話そうとしない。何も見てない、知りませんの一点張りだ。白い顔して俯いて・・・何か知ってますと顔に書いてあるようなもんだったな。何かヤバイことを目撃したか、もしくは、自分がやったか・・・、どっちかだろうとすぐ分かった」
「で、葛西さんはどっちだと思ったんです?」
「・・・後者だ。最初に会いにいった日は何も話さないんで次の日に学校帰りを狙ったんだよ。そんときの佐倉少年は学生服の上着を着てなかった。4月の衣替えの前だってのにな。教師には『盗られた』と説明したらしいが・・・ナイフを使えば返り血を浴びるからな。始末したか隠した可能性が高い。証拠品があるかもしれんということで急いで家宅捜査するよう手配し、任意の事情聴取を求めた」
「・・・それで?」
「佐倉少年は最後までだんまりを続け何も聞けずじまい、家宅捜査しても何も出なかった。捜査は完全に手詰まり状態になった」
「でも事件は解決したって・・・」
「・・・自首してきたんだよ」
「え?」
「血痕のついた凶器をもった少年が自首してきやがったんだよ。そいつは被害者に金をよこせとナイフで脅され揉みあってるうちに刺してしまったと自供した。証言と凶器の結果、犯人はその少年だと断定され、時間は解決した」
「じゃあなんで佐倉少年は黙秘を続けたんでしょうか?」
「ああ、自首した少年が犯行現場を見られたんで脅した、と証言してからそのせいだろうと落ち着いた」
「なるほど・・・」
「それでも、何となく腑に落ちなくてな。その後も勝手に捜査を続けていたんだが・・・あのあとすぐに佐倉少年は海外へ留学しちまった」
「・・・・・・」
「またその両親はそこら一帯の地主なんだが、事件の直後いくつか土地を手放していた」
「・・・・・・」
「極め付けに、自首した少年は某暴力団の組織に所属してたことが分かった。・・・どこの組だと思う?」
「・・・出雲会、ですか?」
「そういうことだ」

 葛西が指示した行き先は出雲会系の事務所や所有するビルが多い場所だった。ということは・・・

「・・・葛西さんは両親が出雲会と取引をして代理人をたてた、と考えてるんですね」
「それしか考えられねぇな、だが証拠は全く無い。土地の売買も正式なものだった。・・・いくらありえねぇような二束三文の値段でも、な」
「・・・・そんな・・・」
「その10年後、今度はその息子の死亡報告をしに行くんだ。・・・後味が悪いったらねぇぜ」
「・・・・・・・・・・」

 刑事をやっていく以上いずれ自分もこういう事件を抱えるのだろうか。遣り切れないですね、とも、なんとかならないんですか、とも、何も言えずにただ黙って運転するしかできなかった・・・


* * * * * * * * * * * *


ガラッ!

「「いらっしゃーい!」」

 店を入って店主とその奥さんの元気な声で出迎えられた。家の近くにある中華料理屋で、老夫婦二人がやっているこじんまりとした店だ。安くて美味いと人気の店だが早めの時間のせいか客は他に無くガランとしていた。

「葛西さんが、店に来るなんて珍しいね」
「まあな、チンジャオロースと瓶ビール、あと餃子な」
「はいただいま〜」

 奥の席に座るとすぐ水をだしてくれた奥さんと軽く挨拶を交わす。普段はこの近くの行きつけの雀荘から出前を頼むことが多いい。だが今日は雀荘に行く気になれず飯のみ食うことにしたのだ。

「はい、おまちどう様。ビールと餃子ね」
「えらく早いな」
「葛西さん来てすぐギョーザ焼きはじめたからね。定番でしょ?もう一つもすぐ出来上がるからちょっと待ってて」
「ああ頼む」

 確かにいつも餃子を頼んでいるがそれを憶えていてくれるとは嬉しいもんだ。店の心遣いにちょっとこそばゆくなる。厨房のジュワジュワという旨そうな音を聞きながら、出されたビールをついで一気に飲み干す。炭酸と苦味で今日の事件の後味を洗い流すように・・・

 新木には話してないが10年前の事件には後日談があった。事件の直後に2・3の物件を手放した佐倉夫婦だが、その後もじわり、じわりと、その他の物件も手放していった。確かなことは分からないが今所有しているのは夫妻が住んでいる自宅と数軒のみと聞いている。そして、それ以外は全て、出雲会の所有となってるらしい・・・。
 事件のことを強請られたか、もしくは薬漬けになった息子の薬代に消えたか、またそれをネタに強請られたか・・・
 ヤクザというものは弱みを見せたが最後、骨の髄までむしゃぶられるのだ。

「・・・ったく、けったくそ悪りぃ・・・」

 飲み干したグラスに再びビールを注いで一気に煽る。胸の苛立ちは消えないが、炭酸で一時の清涼感はある。ただそれだけだ。長年刑事をやってると胸糞悪い事件に出会うのはしょっちゅうだ。しかしあの事件はまだ終わった気がしないのでくすぶり続けていた。

「おまちどう様!はい、チンジャオロースーね。どうぞごゆっくり!」
「ありがとよ」

 暗い思考を遮るようにおかみさんが元気な声で注文の品を持ってきてくれた。テーブルの前にはおかみさんが運んできてくれたチュンジャオロースがいいニオイをさせて湯気を立てていた。『・・・めんどくせーことは忘れるか・・・』そう気持ちを切り替えて食事に専念しようとした。

ガラッ

「いらっしゃーい」

新たな客が入ってきた。職業柄、さりげなく見やると意外な人物に一瞬思考が停止する。しかもその問題の人物が葛西のそばにやってきて堂々と話しかけてきた。

「・・・意外なところで会うじゃないか、仕事はどうした?、不良刑事」
「・・・俺のせりふだ、そっちこそこれから仕事の時間じゃねーのか?、この犯罪者」

 入ってきた客は出雲会横浜支部長・真田だった。イタリア仕立ての高級スーツを身にまとい、いかにも場違いな格好のくせに慣れた感じで注文をして葛西の前に腰掛けた。

「おい、こっちに座んじゃねー」
「まぁいいじゃないか、お互い寂しい独り者どうし一緒に食事でもしようじゃないか」
「そんな気にゃなれねーよッ」

 さも嫌そうに答えながら『特に今日はな・・・』と口の中で呟いた。

「特に今日は・・・かい?公園で変死体がでたそうだね」
「・・・・・」

 一瞬、口に出したかと思って真田を見やるといつも通りの薄ら笑いを浮かべていた。『知っているよ』とでもいわんばかりの表情だ。今朝の事件は出雲会のシマなのでこいつが知っていておかしいことではない。しかし、こんなことは横浜ではよくあることだ。普通ならヤクザの幹部が気にかけるような事件じゃない。

「・・・耳の早いこったな」
「そうでもないさ」
「ふん、お得意さんの情報は漏らさないってわけか」
「佐倉家とはちょっとした付き合いがあるからね」

 薄ら笑いを浮かべる真田を軽く睨みつける。
 一体なにを好き好んでこの店に来たんだか・・何か俺から情報でも聞き出そうっていうのか? いや、佐倉少年が死んだことによってあの事件は完全に闇の中だ。今更欲しい情報なんてあるはずがない。
 真田の意図を計りかねて暫し沈黙が落ちる・・・。

「はい、おまちどう様、酢豚定食ね!」

 二人の微妙な空気を破るように、店主の奥さんが注文の品を運んできた。

「いつもながら早いね」
「お客さんの顔見たときから旦那が作り始めてたからね。どうぞごゆっくり!」

 ・・・いつもながら・・・?
 パッと見で分かるほどの高級スーツに身を包み、アークロイヤルを吸う伊達男はイタリアンかフレンチでも食べてそうなもんだ。それが店主に定番として覚えられてるくらい何回もここで頼んでるとは・・・正直、意外だった。そう思ったのがそのまま顔にでてしまったようだ。

「意外かね?」
「まぁな」
「昔は私も駆け出しで金が無くてね、よくここで食事したものさ。今でもたまに食べたくなる」
「ふん・・・駆け出しの頃・・・ね」
「もう随分昔の話だね」

 お互いの正確な年齢は知らないがほぼ同世代だろう。・・・確かに随分昔の話だ。
 だが思い出せないほど昔じゃない話もある。

「・・・お前が駆け出しから這い上がって、出世し始めたのはいつ頃だった?」
「さあ・・・いつ頃だったか」
「・・・10年前、だろ?」
「・・・」
「お前にお得意さんが出来た時からだ・・・、違うか?」
「そうだったかな・・・」

 ・・・こいつが幹部に成り上がったのは10年くらい前からだ。こいつは汚い金儲けが上手い。新しく出来た暴力団新法によって今まで通りの業務ができなくなっていた組織にとっちゃ丁度欲しい人材だったわけだ。こいつが代行になったおかげで事務所も系列店も増えつつある。
 だがそれは出世しはじめてからのことだ。
 その前に出世し始める足がかりとなった何かがあったはず。
 それが、あの事件だと俺は睨んでいた。
 自首した少年は出雲会のとこの若い連中で、あの時それを直接まとめていたのがこいつだったからだ。

 トポトポトポ・・・
 空になったグラスにビールを注ぐ。高い位置から注いだせいで泡が多い。失敗だ。泡は少ない方が好みだった。泡が消えるまでしばし待つことにした。

「・・・あいつは・・・佐倉少年の死因は薬物の過剰摂取によるものだった」
「そうかい」
「気の弱そうな子だったからな。罪の意識に耐え切れなくなってだんだんと薬に溺れていったんだろうな」
「よくある話だね」

 たしかによくある話だがその薬を売る側の人間に言われるとムカつくもんだな。
 一口ビールを飲んで口を湿らせる。

「・・・10年前にあの事件は解決した。犯人も捕まり、刑は執行され、犯人はもう出所している。けどな、結局あのとき何があったかは分からずじまいだ。それが気にいらねぇ」
「仕事熱心だね」
「しらじらしいこと言うんじゃねーよ、吐けよ」
「何をだい?」
「10年前のあの日、佐倉少年は何が原因かは分からんが争い、揉めた拍子に被害者にナイフを突き刺してしまった。少年は混乱しつつも家に帰り着いた。親は子供の尋常で無い様子に気付いて問いただし事件を知った。そして証拠を隠して隠蔽工作を謀ろうとした。しかし、警察が来ていずれ露呈するだろうと親は焦った。・・・そんな中、お前ら出雲会が取引をもちかけた。『息子さんを助けたくはありませんか?』ってな。どうだ?」
「・・・食事のときにするにしては些か血生臭い話だね」
「ヤクザがよく言うぜ」
「ふふふ・・・」

 ヤクザと刑事が酒を飲んでいるんだ。これくらい何でもないだろう。もっと生臭い話はいくらでもある。逆にそれ以外の話題なんてあるはずもない。

 もう終わった事件とはいえ、こいつが話す訳ねーか・・・期待はしてなかったが少し落胆した。
 さっさと店を出るかと思ったときに・・・

「私も似たような話を知っているよ」

 突然、話しかけられた。
 奴はいつのまにか食事を終え、手にビール瓶を持って自分のグラスに注いでいた。

「おい、人の勝手に飲むんじゃねーよ」
「長い話になるからね、ビールくらい貰わないと。・・・聞きたいかい?」
「・・・話してみろよ」
「私が知ってるのは可哀想な子供の話だよ」
「・・・可哀想?」
「そう、とても可哀想な、とある事件の被害者だからね」

 意味ありげに言いながらビールを口元に運ぶ。ついつられて自分もビールを一口含んだ。

「その被害者は高校生の少年だった。とても華奢で小柄な子で、学生服を着てないと女の子によく間違えられたらしい」
「・・・・」

 記憶の中の佐倉少年像と一致する。確かに女みたいな顔をしてた。

「彼は毎日塾で帰りが遅い。だから出来るだけ早く帰れるようどんなに暗くても近道の公園を通って帰っていた。見かけは女の子みたいでも中身は男の子だからね、怖くはなかったらしい」
「・・・」
「そして、事件が起きた」

 奴はいったん話を止めてまたビールを口に含んだ。
 俺はただ黙って話の続きを待った。

「少年はある日いつものように帰ってたところをある男に襲われたんだよ。金品を盗られたとかそういう意味じゃないほうだ。彼は可愛らしかったので目をつけられてたんだろう。人気のない公園に入ったところで襲われた」
「・・・・・・」
「彼は深く傷ついたがこんなことは誰にも言えず秘密にした。出来るだけ忘れようとしたのだろう。それ以降その公園は通らず遠回りで帰るようにしたらしい」
「・・・だろうな」
「しかし襲った男はそれだけで終わらせなかった。学校帰りを待ち伏せしたりして少年につきまとうようになった。ま、今で言うストーカーだね」

 自分を襲った男に付け狙われるなんて最悪だ。
 一番見たくない、会いたくない男が毎日やってくるのだ。
 いつまた襲われるかわからない恐怖に毎日怯えて暮らす。
 佐倉少年の青白く思いつめた顔を思い出した・・・

「その後は君も想像つくだろう。やがて追い詰められた少年は凶器を用意し件の公園に男を呼び出した。下心のある男は喜んで呼び出しに応じたんだろう。しかも油断していた。そして少年は男にナイフを付き立てて殺害した」

 ・・・動機は復讐か・・・いや恐怖というべきか
 それほど佐倉少年はその男から逃れたかったのだろう・・・

「・・・なるほどな・・・」

 佐倉少年が頑なに黙秘していた理由がよくわかる。
 自分が殺害したこともその理由も明らかにしたくないはずだ・・・

「まだ話しは終わってないんだがね」
「あぁ?」
「その可哀想な少年は男を殺害した夜、家に帰り、自分がしたことされたことを両親に話した。自首するつもりだったのかもしれないね。そしてそれを聞いた両親はなんて言ったと思う?」
「・・・突然で何も言えんと思うが」
「ところが彼の両親は『恥ずかしい!何てことをしてくれたんだッ!』と彼を詰り攻め立てたんだよ」
「・・・・・・・」
「両親は家名とか世間体とかを大事にするほうだったんだろうね。すぐさま証拠を隠蔽しようとした。血糊が付いた服を処分し凶器を隠した。しかし警察に目をつけられた。いずれ露呈しそうになった・・・焦った両親は知り合いに相談を持ちかけた」
「・・・その知り合いがヤクザで代理人を用意して少年の代わりに自首させた」
「その通り。さっき君がしていた話とよく似てるだろう?」
「・・・確かにな」

 俺が話したのより更に反吐がでる内容だったがな・・・
 
「被害者だった少年は加害者になり、更に両親から非難され、捨てられ、贖罪する機会さえ奪われた。・・・可哀想な話だろ?」
「そして自分は早死にし、両親はそのヤクザに弱みを握られ、骨の髄までしゃぶり続けられてるってわけだ・・・今もな」
「ヤクザに弱みを見せた方が悪いってことだ」

 いけしゃあしゃあと良く言うぜ。

「・・・本当にお前らヤクザは獲物を見つけるのがうまいよな」
「この場合は見つけたというより自分からやってきたんだがね」
「・・・やってくるように仕向けることは出来たんじゃねーか?」
「・・・・・・・・・」

 ・・・もし全てこいつが仕組んだりしたとしたら・・・?
 佐倉家が所有している土地を狙うため、息子を男に襲わせそれをネタに強請るつもりだったとした。 息子が男を殺すのは予想外だったにしても逆に大きく強請るネタが出来ただけだ。そしてころあいを見計らって代理人の話を持ちかけ取引する・・・
 
 全て推測に過ぎないが有り得ない話じゃない
 腹の底から腐ったような奴のことだ
 やりかねない

「・・・さあ・・仕組んだかどうかまではわからないが、獲物を見つけるのが上手い理由はわかるよ」
「ほう・・・」
「臭いがするんだよ。私達が必要だという臭い、がね」

 そう嘯いて奴は薄く笑った。
 その目は弱いものをいたぶる、薄気味悪い捕食者の目をしていた。
 
 ・・・一番反吐がでるのはこいつだな

「・・・大した鼻をもってるもんだな」
「警察犬には負けるよ」
「・・・・」

 事件の臭いを嗅ぎつける能力に関しては似たものがあるかもしれない。
 ・・・一緒にはされたくねーがな

「そうそう、君の甥っ子くんは元気かね」

 突然の質問に一瞬眉をしかめる。
 ・・・こいつが俺にちょっかいをかけた理由はそれか
 誠人も変なのに目をかけられたもんだ。

「ふん、元気ってタイプじゃねーな。相変わらずボーッとしてるぜ」

 実際は新しい同居人ができて内心葛藤があるようだがあいつは表情には出さない。

「ふふふ、変わりないようだね。では甥っ子くんによろしくと伝えてくれ」
「憶えてたらな」
「つれないね。また会おう」
「会うか馬鹿」

 真田は席を立ち出口に向かった。扉を開けると部下が出待ちをしていた。車付きで部下を待たせていたらしい。どこまでも場違いな男だ。

俺が警察犬ならあいつは地獄の番犬だ。

地獄に入らそうで入らないやつを巧みに捕まえ、引きずり込む・・・

極力関わりあいたくない相手だった。

だがそうも言ってられない

お互い年中死臭を嗅ぐような場所にいるのだ。

また会わなきゃならないこともあるだろう

仕事とは別にしても・・・


 気分を変えるために店に入ったのにとんだ結果になってしまった。食欲も失せた。もったいないのでビールは飲んだがチンジャオロースは持ち帰りできるようおかみさんに頼んだ。

「はい、お待たせ」

 そう言って手渡された包みは二つ。・・・一つ多い。

「さっきの人が葛西さんにって頼んでったよ」
「・・・・・・・・」

 とりあえずは受け取って店を出る。

「・・・捨ててぇ・・・」

 手の中のホカホカとした餃子を見るとそこらへんのゴミ箱に捨ててしまいたい衝動に駆られる。が、食べ物に罪は無い。ここの餃子はホントに美味いのだ。

「・・・新木んとこでも持ってくか」

 独身の部下を思いつく。が、今日の事件の後だ。何かしら勘付いて心配されそうだ。気をつかわせるのも忍びない。第一出所なんて言えやしない。

 そこでふと可愛くない甥っ子とその拾いっ子を思い出した。

「・・・あの野郎に絡まれる原因を作った奴に押し付けるのが一番だな」

 誠人はすぐ何かあったと勘付くだろうが何も聞いてこないだろう
 わざとあいつから貰ったと言ってやろうか
 「へぇ」と言いながらちょっと眉を上げてそのまま平気で食いそうだがな
 
 時坊は普通に喜ぶだろう
 そういやあ、時坊に酒を飲ませたことなかったな
 ビールくらいなら飲めんだろ
 3人で飲みなおすのもいいかもしれねぇ


 賑やかに食卓を囲むことを想像してちょっと気分が浮上する。

 二人の住むマンションに足を向けて歩き出す。

 先ほどよりかは少し軽い足取りだった。



   ・・・願わくばこのひと時の平和が長く続くように・・・








終わり





こんな場違いなSSをお読み頂きありがとうございます。正直こんな暗くて救いの無い話しを上げていいものかちょっと悩みましたが、久保時に嵌らなければ一生書かないだろう内容だったのであげてみました。
葛西さんを主人公にしたSSを書こうとしてもなかなか思い浮かばなかったとき、真葛同盟さんの”「腹の底まで腐った野郎だ」と葛西さんに言わしめるほどの何が二人の過去にあったか気になる。”という項目を読んでこれだ!と思いました。久保時が絡むとどうやっても葛西さんは脇役になるのですが、真田支部長とだったら並び立ってメインになる。そしたらあっと言う間に妄想が広がりました。二人の間には何かあったに違いない!それも腹の底から腐った奴と思わせるような事件があったに違いない!!気になる〜〜!!と妄想した結果これができあがりました。この内容は私の中の真田支部長のイメージでもあり、ヤクザのイメージでもあります。実際似たようなことやってるし・・・。一生関わりたくない人種ですね。もっと上手く書けたらなと思いますが今の私にはこれが精一杯!と思って諦めてup!

2007.6.12

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