蕎麦と酒と葛西さん
「新木、そこの皿とってくれ」
「これですか?」
「おう」

 葛西さんは俺が渡した皿に茹でたての蕎麦を盛り付けていく。普段は面倒くさいから自炊しないと言う割には良い手つきだ。

「よし、いいぞ、持ってけ」
「はい」

 出来上がった皿をリビングのこたつに運んでいく。そのすぐ後から葛西さんはお猪口と徳利を持ってこたつに入った。俺もならってもぐりこむ。こたつの上には他にも焼き魚と朴葉味噌と漬物ステーキがある。因みに朴葉味噌は俺が持ってきたやつだ。普段は一人暮らしで外食かコンビニ弁当な俺にとっちゃ久々の家庭料理にちょっと感動する。しかもそれを葛西さんちで食べれるとは思わなかった・・・

 ことの発端は今朝のことだった・・・



・・・・・



「葛西さん、これ、良ければ家で飲んで下さい」
「お、いつもスマンな」

 俺が差し出したものは日本酒だった。俺の実家は造り酒屋が多くて有名な場所だった。そのせいかたまに実家から酒が送られてくる。でも俺は日本酒を飲まないのでいつも酒好きの葛西さんあげていた。

「お!『山車』の原酒か、こりゃぁいい」
「お好きなんですか?」
「えらく辛口で俺ごのみなんだよ。それも原酒ってのがいいな」
「原酒?」
「ああ、絞った酒に加水してないやつでな、度数も高いが味が濃厚で美味いぜ」
「はぁ・・・」
「んだよ気のねぇやつだな。おめーの故郷の酒だろ?」
「そうなんですけど、どうも苦手なんですよね、日本酒って」
「かー、いいとこ住んでたくせしてもったいねー、今日は日本酒の美味い食い方を教えてやるから付き合え」
「あ、はい」

 なんで酒をあげた俺の方がが説教されるんだろうと思いつつも、葛西さんと飲みのに否やは無い。

 にしても食い方?飲み方の間違いじゃないんだろうか。

 そんなわけで仕事のあとちょっと買い物して葛西さんちにお邪魔することになった。


・・・

「よし、じゃ食うか」
「はい、頂きます!」

 新そばだとかいういかにも美味そうなそばに手をだそうとすると

「こらッ、まだ蕎麦に手ぇだすんじゃねぇ」

 怒られてしまった。

「蕎麦はもうちょっと乾くまで食うんじゃねぇ」
「え?でも伸びますよ・・・」
「ちゃんと絞ったからそう伸びやしねぇ、いいから、ちょっと待て」
「はぁ・・・」
「ほら、蕎麦以外のもん食いながら飲め」
「はい・・・」

 そう言って葛西さんから日本酒『山車』を注いでもらった。

 普段はビールばっかで全く飲まない。後味がえぐいし、あまり強くないのですぐ酔っ払ってしまうからだ。まぁここなら酔っ払って帰れなくても泊めてもらえるからいいか・・・。そう思って一口飲んだ。

 あ、辛口で旨い。

「旨いだろ?」
「・・・ですね。よくある変な後味とかないしこれなら俺でも飲めます」
「そこらへんのワンカップ酒とかと一緒にすんじゃねーよ。イイ酒は後味もいいし悪酔いしねぇんだぞ」
「知ってはいるんですけどね・・・」
「おめーのことだから一度苦手だと思ったらそれ以降飲まずにいたんだろ」

 その通りなので一言もない・・・

 このまま説教されたらたまらないのでさっさと話をかえるに限る。

「あー、葛西さん、この漬物ステーキ美味しいですね」
「おう。おめーんとこの郷土料理だろ」
「ええ、うちでもよく作ってました。懐かしいですねぇ・・・こっちで食べれるとは思わなかったな。また作って下さいよ」
「白菜の漬物を炒めて卵をからめただけなんだからてめーで作れ」
「自分で作ったんじゃ美味しくないですよ」
「ふん、旨い酒持ってきたら考えてやる」
「絶対ですよ」

 家庭料理ってのは家に帰ったら誰かが作ってくれるから家庭料理なのであって、自分で作ったのでは意味がないのだ。

「お、そろそろ蕎麦食うか」
「あ、はい」
「この日本酒を蕎麦にふりかけろ」
「え!日本酒をですか!?」
「そうだ、ちょっと乾いたとこにかけるのがミソだ。でないと染みこまないからな」
「はぁ・・・」
「そして蕎麦つゆにつけて食う。やってみろ」
「はい・・・」

 恐る恐る口に運んでみる。

 一口すする。

 ・・・ぶわっと酒の香りが口の中に広がった。そして噛むと蕎麦の香りも広がって・・・

 う、うまいかも・・・

「蕎麦の香りと酒の香りが混ざってうめーだろ。風味が合うんだよ」
「えぇ・・こんな食べ方知らなかった・・・」
「日本酒にはこんな食べ方があるんだよ、憶えとけ」

 確かにこれだと『飲む』というより『食べる』のほうがしっくりくる。
 でもこれ相当の酒好きじゃなきゃ思いつかないよなぁ・・・

「この食い方はイイ蕎麦と日本酒じゃなきゃうまくねーんだ」
「確かにそうですね」
「おめーの故郷なら水も旨いからもっとうめーはずだぜ?」
「・・・今度試してみます」
「いいとこ住んでたくせして損したな」
「かもしれません」

 正直に答えた俺をみて、それみたことか、とばかりに葛西さんがニヤリと笑った。

 いつもながらの渋い笑みだ。

 うー、くらくらする・・・

 今日も酒と葛西さんに完敗の俺だった。






(終)
 
爺くさいというなら言え!ってな食べ方が大好きな私です。この食べ方は時代劇か落語かで知りました。私はワインも好きだけど日本酒も大好きです。焼酎より日本酒派です。でもガイ○の夜明けで日本酒の危機をやってたので見たら日本酒飲まない若者が多いらしいんだよね。こんなに美味しいのにさー。そしたら新木くんも日本酒飲まなさそうだと思ってこのネタを思いつきました。もちろん新木くんの出身は捏造です。
 因みに山車は飛騨高山のお酒です。10月に行って来たんですが素晴しい場所でした。水が美味いので米も酒も蕎麦も美味いんだ。幸せだった・・・。しかも作り酒屋が高山市内に12軒もあるんですよ!酒好きにはたまらない場所です。自分とまわりへの土産に11本買って帰りました。買いすぎだって・・・

2007.11.23
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