大人の味 | ||
なんと今日は葛西さんが昼から出勤してきた。 一体今まで何してたんですかと問い詰めたら面倒臭そうに話しだしてくれた。 どこ行ってたか話せだぁ?何だよ急に、まあいいけどよ。 今日はちっとばかし面倒なことが起きて朝から課長と一緒に検事んとこ行ってたんだよ。んでまぁいくつか相談してたんだが・・・あれだな、刑事の俺が言うこっちゃないんだが、新しく出来た法律ってのは穴だらけでやりにくいったらねーな。罰則もねーんだからこっちは取り締まれねーし。ったく面倒くせぇ法律が出来たもんだぜ。 んで無事終わったらもう1時過ぎててよ。戻る前に昼飯食うことにしたんだ。俺は蕎麦でも軽く食うかって言ったんだが珍しく課長が寿司を奢るって言うんだよ。寿司っつても回る寿司だがな(笑)それでも寿司には違いねーからありがたくご馳走になったぜ。遠慮するのも野暮ってもんだ。上司は5皿しか食わなかったが俺は8皿食べたな。もちっと若いときは10皿以上いけたが今はこれが限界だ。歳はとりたくねぇな。はっはっは ・・・それって昨日から決まってたことですよね。 だったら「何で昨日俺に言っといてくれないんですか!」とか「心配したじゃないですか!」とか言ったら「悪い、忘れてた」なんて言って笑ってるんですよ・・・。心配したぶんなんか脱力してそっぽ向いていたら あぁ?何だよ、何ふてくされてんだよ。お前も寿司食いたかったのか?んじゃ今日上がったら寿司食いに行くか?奢ってやるぞ? ・・・ちょっと心惹かれたけれど、ふてくされた気分だったので「回ったのじゃ嫌です」なんて言ってしまった。「調子に乗るな」って言われると思ったけど いいぞ、たまには回らねぇ寿司食わせてやるよ。昨日麻雀で儲けたしな。あー・・・その代わり、今日の始末書書いとけよな。頼んだぜ、新木。 ・・・・・・・・・・マジっすか? 回らない寿司なんて久しく食べてない俺はつい「はい!」と元気よく答えてしまった・・・ そうして俺は昼間まで放置された挙句、まんまと書類を押し付けられ残業した。でも葛西さんは俺が終わるのを横で雑誌を読みながら待っててくれた。だったら自分でやればいいと思うんだけど・・・。でもあんまり待たせるのも悪いので頑張って早めに終わらせた。 こうして俺は葛西さんに寿司屋へ連れて行ってもらうことになった。 * * * 店に入ってすぐ、カウンターの中の大将が「おや、葛西さん。いらっしゃい」なんてにこやかに挨拶してくれた。葛西さんの行きつけの店らしい。my寿司屋を持つなんてさすがだ。 葛西さんは煙草を吸うのでカウンターではなくテーブル席に座った。正直、カウンターは敷居が高いのでホッとする。葛西さんはつまみとしておまかせで刺身と日本酒を頼み、俺はビールと握り1人前を頼んだ。 暫くするとテーブルに刺身とお寿司が並ぶ。早速手を伸ばし中トロを食べた。 美味い・・・幸せだ・・・ 給料日前に寿司!しかも回らない寿司!!! いや〜言ってみるもんだ! じーんと感動していると、そんな俺を眺めながら葛西さんはぐびりと日本酒をやっていた。 昨日も一昨日もそのまた一昨日も書類を押し付けられたし、いっつもいなくなるので探すのが大変だけど、そんなことがどうでも良くなってくる。寿司ひとつで懐柔されてる自分がちょっと情けない。 まぁいっか、美味しいし・・・ 雑事は忘れて目の前の寿司を堪能することにした。 「お、こりゃ旨ぇな。お前もつまむか?」 そう言って葛西さんが示したのは赤貝だった。 うッ・・・真っ赤でひらひらしててグロテスクな赤貝は仕事柄アレを想像して苦手だった。 「い、いえ・・・遠慮します・・・」 「遠慮するこたねーぞ?食えよ」 「いや・・・ちょっと貝類が苦手でして・・・」 「あぁ?何だよお前、貝が食えねーのか」 「はぁ・・・すいません・・・どうもあのグロテスクな見かけが駄目でして・・・」 「じゃあ、ただの食わず嫌いかよ」 「えぇ・・・と・・・そうです」 「けッ、そんなお子様には回る寿司で十分だったな」 ・・・ちょっと返す言葉が無い。 確かに俺が好きなのはトロに甘エビに玉子にと見事にお子様メニューだ。しかもワサビは少な目が好きだ。実は貝類以外でもウニとかイクラとかもグロテスクで苦手だったりする。食わず嫌いの傾向があるのだ。 こんな自分には、葛西さんみたいに旬の刺身をつつきながら日本酒をやり、次にあっさりとした握りを食べ始め、後のほうで脂身のある握りでしめるような大人の食べ方は真似したって出来ない・・・。 いつか葛西さんみたく渋くやりたいもんだと思いつつ、つい葛西さんの皿を睨んでしまった・・・ 「おい、新木、あれ見てみろ」 唐突に葛西さんが天井を指差した。 「何ですか?」 何だ?と思いつつ上を見上げると・・・ 「ッッ!!!!!」 何か口に放り込まれた!何だこれ!! 吐き出そうとすると 「吐くなよ、そのまま噛め」 葛西さんから駄目だしが出る。 一体何を口にいれられたんだ!? ・・・泣きそうな気分で恐々咀嚼すると・・・ シャリ・・・ あれ・・・なんかほのかに甘い・・・ そんな俺の心中がわかったのか、してやったりと葛西さんが笑った。 「この時期の赤貝は甘くてうめぇんだよ。食わなきゃ損だろ?」 確かに、美味しい・・・ 「・・・旨いっすね」 だまし討ちは悔しいが旨かったので言わずにはいられない。そんな旨さだった。 「だろ?ガキみてーに食わず嫌いすんじゃねーよ。でねーとまた”新米”て呼ぶぞ」 「それは止めてください!」 「だったら大人になるこった」 そういって今度は俺の皿に何か不気味な物体をのせていく・・・ これは・・・ 「赤貝とミル貝と鳥貝と・・・あともったいねーけど縁側とアワビのヒモな。ほれ食ってみろ」 俺の目には赤くてヒラヒラしたさっきの赤貝と、しろくてぷよぷよしたものと、縞模様のへんなのと、白黒のグロテスクな紐状のものが並んでるようにしか見えないがどうやら全て食べ物らしい・・・ 食べたら美味しいのかもしれないけれど、その見た目が箸をのばすのを躊躇わせる・・・ 内心冷や汗をだらだらたらしながら葛西さんを見ると、にやにやと意地悪い笑みを浮かべながらこっちを見ていた。すっごく楽しそうなのが腹立たしい。 「食えるよな?”新木”?」 ”新米”から”新木”と呼んでもらうようになるのは大変だった。なかなか認めてもらうことが出来なくて悔しくて頑張ってやっと呼んでもらえるようになったのだ。 ここで食べなかったらまた新米って呼ばれることは確実で・・・ この人は俺の機嫌をとるのがすごく上手いけど それ以上に俺で遊ぶのが大好きなんだ。 黙ってれば苦みばしった良い男なのに こんなときはイタズラ小僧のような顔をして楽しそうに意地悪をしかけるのだ。 そして、そんな顔をする葛西さんに抗えない自分がいるわけで・・・ 覚悟を決めて箸をとる。 心の中で落涙しながら恐る恐る箸を伸ばす・・・ こうして俺は大人の味を知ったのだ。 (終) |
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7/13にMEMOで書いた口調バトンのその後です。「犬’さんの貝が苦手な設定の新木さんが読みたいですv」と親父スキーのGさんからリクエストを頂いたのでいそいそと書いてしまいました〜。親父&食べ物ネタ大好きなので大変楽しゅうございました!心躍るリクエストをどうもですvv メインの久保時は食べ物に絡ませにくいのがちと残念だ。私と好みが合いそうにないんだよね。でも渋いおじ様の葛西さんならばっちりです! そうそう、うちの新木くん設定ですが、よく現場を汚す彼は見かけがグロイものが苦手なんじゃないかと思うのです。となると貝類は苦手かな?と思いああなりました。因みに私はミートソースを食べながらCSIが見られる女です。男のが血は苦手だよな。 そういえば、貝の旬は春なので、春の話だと思って下さい。季節はずれですいませぬ〜 2007.8.27 |
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