STAY or GO ?

「おめーは賭け事に向いてんな」

 目ねーから表情読みにくいし、ナンも興味ないって顔してるくせにやけに周りを観察してやがっからな、と葛西さんは揶揄しながら言った。否定はしない。その通りだ。
 葛西さんは更につづけた。

 場に出てる牌で確立を計算するだけじゃだめだ。
 いいか?感覚を研ぎ澄ませ。相手の目、手、息遣い、全てに注意を払え。見逃すな
 そして相手だけじゃない、その感覚を自分自身に向けろ。

 勝負をしていると、確立とは関係なく『来る』という時がある。
 確立を計算してくることが分ってても、その時が次のパターンか、その次のパターンかまではわからない。その順番がくるのを待つうちに先に上がられることもある。
 新たな牌を取った時やどの牌を捨てようかどうしようか迷った時に、ふと『来る』、と頭の中に響くときがある。いわゆる直感と言うやつだ。
 人によってその受け取り方は違う。頭の奥で囁かれる者、後毛がチリッと感じる者、寒気を感じる者、人それぞれだ。
 自分の場合は『来る』と小さな声が響いたような気がする。
 それは注意してないと見逃ししまいそうな小さな声だ。確立からいってそんなはずはないだろうとこの声を無視すると必ず欲しい牌はこない。しかしその声に従うと必ず欲しい時に欲しい牌が来る。
 この一瞬のひらめきというよりはささやき。
 小さすぎるその声を聞き漏らさないよう自分の内側へも注意を向けろ、あくまで自然にな、とも葛西さんは言っていた。
 何故なら人間は弱いから『来て欲しい』を『来る』と勘違いするそうだ。思い込みすぎると幻聴のように聞こえるらしい。あいにくと自分には聞こえた試しがないが。
 勝ちを狙いつつも欲張るな、なんて矛盾しているなと思う。でも自分も同じように思っていたので黙って聞いていた。
 そしてなんでそんなことを思いだしたかというと…





 今、それが試されているからだ。






「さて、どれにしようかね…」

 今居るのはどこだか分らない無人ビルの一室。
 でも時任と二人きり。

 目の前にはでっかいカギのついた扉。
 でも鍵には安っぽい時限式ニトロ爆弾つき。

 カギを開けるには赤と青と黄色のリード線のどれかを切る必要がある。
 切ればアウト、切ってもオーケー、切ったらセーフの3択だ。

 アウトとはニトロ爆弾が爆発して部屋もろとも自分達は丸焦げ。
 セーフとは爆発物導火線の電源をカットできて扉が開き外に出られる。
 オーケーはダミーで切っても大丈夫だがセーフを切らなくてはダメ。

 そんな3択を強いられていた。
 自分と時任が無事逃げ延びるためにはこの三択を無事にクリアする必要がある。

 うーん、自分がこんな映画みたいな状況におかれるとは思わなかったね。

「久保ちゃんどれ切ればいいか分るか?」
「専門じゃないからはっきりとは分らないけど…」

 実は切ろうと思うのが二つあって迷ってる。

「赤を触ると頭の奥がチリッとくるし、青を触ると何でもないし、黄色を触るとゾクっとくる」
「何だソレ」
「勘の話。構造的に見ても青はダミーっぽい。多分切っても大丈夫」
「ふーん、残りは?」
「それがよく分らなくて悩んでんの」
「ゾクッとチリってどう違うんだ?」
「さあー…」
「さあーって自分のことだろが」
「麻雀のときなら『来る』って合図なんだけど、こんな二択じゃ確証は持てないって」
「まぁそうだよな」
「そうそう」
「じゃあとりあえず青だけ切っとけば?」
「そうね。…って外れる可能性もあるよ?」
「俺青好きだし」
「何それ」
「時間ねーし、わからねーなら悩んでも仕方ねーじゃんか、ホラ切れよ」
「んー」

 言われるままプチっと青のリード線を切る。

 ………、まだ生きてるね。

 隣の時任が小さく息を吐いた気配がした。自分も手に軽く汗を掻いていた。
 お互い軽口ほどには余裕が無かったようだ。
 一蓮托生、一つ間違ったら二人ともお陀仏なのだから仕方ないか。

「もしこれで失敗だったら久保ちゃん最期の言葉は『んー』だったな。締まりねー」
「そお?じゃあ失敗してもいいように心置きなく何かやっとく?」
「言い残しのないよう告白大会でもすっか」
「何の?」
「あー、ずっと好きだったんだぁ!とか?」
「今更?」
「…ムカつく。じゃぁ、DQのボス戦前データカード壊して捨てたのは俺だ!とか」
「懺悔大会じゃないんだから…ってやっぱ失くしたんじゃなかったのね、アレ」
「もう時効だ。久保ちゃんこそ何か無いのかよ」
「そうねぇ…、最後にHしたのっていつだっけ?」
「はぁ?拉致られる前は鬼ごっこして離れ離れになってただろ。えー・・・ひのふのみの…あれ覚えてねーや」
「だよね。だから最後にしときたいかも」
「あと5分でか?」

 タイマーを見ると5分を切っていた。

「あらま」
「そんな早くねーぞ」
「俺も」
「んじゃ、早いトコ終らせて帰ろうぜ」
「そうね、帰ってシマスか」

 でもそれには選ばなくてはならない。
 赤か、黄色か、それが問題だ。

 解除の専門知識のない自分は勘に頼るしかない。
 しかしさっきからいつもの勘は働いてくれない。
 爆弾なんて専門外すぎて勘が働かないのか。
 でも二択なのでそう問題はないはず。
 麻雀だって捨てるか、拾うか、の二択だ。
 いつもと違うのは『勝つ』か『負ける』ではなく『生きる』か『死ぬか』だ。
 自分一人の命なら賭けたことはあった。
 ても今は二人の命。大事なのは時任の命。
 
 自分にもたれかかる時任の重みが暖かく心地いい。
 出来ればもう何もせずずっとこうしていたい。
 しかし選択を誤ればこの暖かさは失われる。
 これを失いたくなくて知らぬ間に焦っていたのか・・・
 これが二人ということなのか・・・
 
「…久保ちゃんさぁ、この外ってどうなってんのかな」
「どうだろ。爆発できるくらいだから廃墟なんだと思うけどね」
「ここ出てもどこかわかんねーし、出たらまた何があるかわかんねーよな」
「そうね」
「…出たら、また離れ離れになるかもしれねーよな」
「………」
「ここにいれば・・・」

 最期まで二人でいられる。

 言葉にはしなくても伝わった。

 タイムリミットはあと3分しかない。
 それでも3分は二人でいられる。
 それこそ最期まで。

 うん、悪くないかも。
 自分なら安易に選んでしまいそうな選択だ。
 ・・・そう、自分なら。

 無意識に逆のことも望んでたから答えが絞れなかったのか…
 なんとも自分らしい欲求か。

 隣に座る時任は右腕を押さえながら自分にもたれかかっていた。
 脂汗をかいているので右腕がかなり痛むのかもしれない。
 絶えず軽口を叩いているのは腕の痛みを誤魔化したいからか。

「弱音吐くなんて珍しいね。・・・疲れた?」
「・・・ちっとな」
「じゃ選ぶの止めてここで休んでる?」

 ここで永遠に休む?

 時任は小さく頭を振り

「・・・ヤダ」

 小さな声だがはっきりと答えた。
 そう、どんなに辛くとも前に進む道を選ぶのがお前だ。

「そう言うと思った。どっち切ろうかね…。時任が選ぶ?」
「いや、勝負運は久保ちゃんのがあるかんな。失敗しても怒んねーから久保ちゃんが選べ」
「失敗したら怒りたくても怒れないだろうケドね」

 そして自分はお前の望みを叶えるしかないわけで。

「げ、一分切ったぞッ久保ちゃん早く選べ」
「ねぇ、無事に爆弾止められたらココで小休憩してHしよ?」
「はぁ?こんな時に何言ってんだよッ」
「ご褒美あったほうが集中力上がって勘が冴えそうだし」
「嘘付けッ」

 あと30秒

「しねーからなッ爆発しなかったら誰か見に来るだろッ」
「多分20〜30分くらいは時間あると思うんだよねぇ」
「そんなのわからねーだろッそれにこんな汚いとこじゃ嫌だッ」
「えー」

 あと20秒

「あと20秒じゃんかッ」
「いいよって言ってくれないと選ばないから」
「なんだよそれッ!」
「どうする?」

 あと10秒

「あ〜もう分ったから!Hしていいから!とにかく生き残れる方を選べッ!」
「了解」


 5秒



 『生き残れる方を選べ』



 4秒



 なんて明確な命令



 3秒



 すると答えは一つ

 

 2秒



 頭の奥で何かが囁いた。



 1秒




 カウント0


 

 「約束は守ってもらうからね?」





(終)
 
一応ゆっくりシリーズのつもりで書きました。船事件から一・二年後くらいかな?
前の久保田はこんな場面だったらぐちゃぐちゃ考え込んで一人で爆弾抱えて死ぬほう選んじゃいそうだったけど、この頃の久保田は自分勝手に決めず時任の意向を尊重するようになってたらいいなぁと思います。あと生きることに欲がでてたらいいな。
頭の奥の声ってギャンブル好きな人にしか分らない感覚かな?ノッてるときは頭の中に何かがいると思う。

2009.10.10
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