水底 | ||
あっち〜〜!ったく外も中もあっちぃな!!」 「今エアコンつけるからちょっと待ってな」 暑いって言ってると余計暑い気がすると思うんだけどね。 ピッ! エアコンをつける。設定は除湿24度、早く冷やしたいので低めで設定した。7月半ば過ぎだというのに梅雨前線はいぜんと関東圏にいつづけ蒸し暑い日が続いている。今日もしとしと雨が降り続け不快指数を上げていた。 「我慢できねぇッ俺様シャワー浴びてくるッ」 暑い暑いと騒ぎながらドタドタと浴室に消える。賑やかな時任がいなくなるとリビングは急に静かになる。聞こえてくるのは雨の音のみ。 梅雨らしからぬ激しい雨に昔の記憶が呼び起こされる。いつもは思い出さないが雨とともにふと思い出させる。 ジャバジャバ、ザアァ・・・ 部屋の奥から雨とは別の水音がする。時任がシャワーを使っているのだろう。ここにいなくても音で存在を主張しているなんて時任らしい。なんとなく安堵してテレビを付ける。見たい番組があるのではなくBGM代わりに付けただけ。6時のニュースがやっていた。お天気姉さんが九州は梅雨明けしましたと宣言していた。 こっちはこんだけ雨降ってるというのにねー・・・ちょっと羨ましい。 暑いのも嫌だけど雨よりははマシな気がする。 ニュースが終わり7時になった。夕飯時だ。何を食べよう。 冷蔵庫を漁る。何も無い。カレーすらない。ピザでも頼むしかなさそうだ。 ピザショップのメニューを開いて食べたいものを決める。あとは時任の分を決めるだけ。いつも頼むやつでいいだろうか。それとも違うのにするだろうか。念のためお伺いを立てることにした。 洗面所に近づくと浴室からの水音がしない。終わるころか?今入ると素っ裸の時任と鉢合わせするかも。また「久保ちゃんのスケベッ」と喚かれるのだろうか。時任の裸も興味深いけどあの真っ赤になって怒る顔が可愛いのでついちょっかいをかけたくなる。そんなことを思いながら洗面所の扉を開ける。 いない。残念、セクシーシーンはお預けか(笑) 浴室の方を覗いてみる。 ・・・いない。 刷りガラスなのでシルエットは浮かび上がるはずなのに・・・ バスタブに浸かってる姿も見えない まさか・・・不安にかられてドアを開けて浴室に入る。 「時任?」 バスタブをのぞく ・・・・・・・・・ ・・・・息が止まる 水音も何も聞こえない 聞こえるのは自分の心臓が脈打つ音のみ 見つけた 時任を見つけた 水の中で目を閉じて ゆらりと水に髪をゆらされながら 眠るように、そこに、いた ・・・何を見ているのだろう これは何だろう 時任だ 眠ってる時任だ ただ、それだけ、ただ、それだけだ ・・・水の中で眠ってるだけ ゆらりと 髪を水でゆらし そこにたゆたっていた・・・ ふと手が伸びる 入りたいのか 出したいのか 決めかねたまま、それでも、手を伸ばした ふと、水の中の時任と目が合った。 ザバァッッ!! 水の中に手を突っ込み時任を強引に引き上げた。 「ッッッ!!!何すんだよ久保ちゃんッ!!」 なんで入ってくんだよっとか、くぼちゃんのえっちとか、ギャーギャー騒いでいるが耳に入らない。 「・・・久保ちゃん?」 コツンと時任の肩に頭をもたせかけ安堵の溜息をつく。時任の肌は水で冷やされて冷たいけれど脈打ってるのが伝わる。血が通ってる。・・・生きている。 「・・・何でお風呂ん中に沈んでんの、びっくりしたでしょ」 「昨日風呂入れたけどあちかったから入らなかったじゃん?それが水風呂になってたんで丁度いいから入っただ」 「・・・・」 「んで冷たくて気持ちイイから沈んでみた。水の中で目ぇ開いたら久保ちゃんがいて超びびった」 「びびったのはこっちだって・・・溺れてたかと思った」 「こんなとこで溺れるわきゃねーだろ」 「あのね、浴室内での溺死って死因のベスト5以内に入ってんのよ。そんだけ多いの。・・・びっくりさせないでよ・・・」 「・・・・・・」 「ま、俺の早とちりだったけどね」 「ホントだぜ、俺はそんなマヌケじゃねーっての!」 「だよね」 時任と目を合わせてちょっと笑う。 時任のこととなるとここまで余裕が無くなるのか、そんな自分を、笑う。 「でも何で久保ちゃんは入ってきたんだ?何か用か?」 「あ、そうそう、夕メシにピザ頼もうと思うんだけど時任はいつものでいい?」 「あれちょい飽きてきたから違うのにするっ!」 時任はザバッと立ち上がってバスタブを出ようとする。 ザバァッ あ、と思ったら、 見えちゃった。 だって、俺ってばバスタブのふちに座ってたし、時任ってば男らしくバスタブのふちに堂々と足かけてるし、そりゃ自然と目に入るってもんだよね。 目をそらすべきかなと思って視線を上げると時任と目が合った。あらら、赤くなっちゃった。今更なのにね。まこんだけ間近なのは初めてだけど。 「久保ちゃんのドスケベッ!!」 バシャンッ! 今度は”スケベ”の上をいく”ドスケベ”と言われた上に水をぶっかけられた。 不可抗力なのに酷いなぁ(笑) どすどすと鼻息荒く風呂場から出て行こうとする時任に声をかけとく。 「時任ー、このまま風呂はいるから俺のも頼んどいて。ツナマヨりんごね」 「・・・また微妙なものを・・」 「だって新作だし」 「へーへー」 バタン、扉が閉まる。 水にぬれた服を脱ぎ捨てバスタブに入る。 頭と体を冷やすために・・・ 水の中に潜り時任と同じく目を閉じてみる。 何も聞こえない。 水の音も聞こえない。 こんな静かな消え方もあったのかと その現実が 水で冷えてく体よりも、胸の奥で、冷たく落ちた・・・ * * * ピ、ピ、ピッ! トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・ 携帯の履歴を呼び出し、いつものピザ屋に電話をかける。混んでるのかすぐ繋がらない。呼び出し音のみが繰り返し流れた。 久保ちゃんに言わなかったことがある。 暑いから水の中に入ったのは本当で、潜ったのも気持ちいいからだったけど、もぐったまま水の中で目を閉じていたのはわけがある。 なんとなく、何かを思い出しそうだったのだ。水の中でゆらゆら揺れてると前にもこんなことがあった気がしたのだ。なんかこんな感じ覚えがある・・・そう思いながら記憶をさぐるように目をつぶっていた。でもそれ以上思い出せなかった。 そしてやっぱ駄目かと思って目を開いたら、久保ちゃんがいた。 びっくりした。 水から引き上げられて、久保ちゃんを見ると 見たことのないような顔をしていた。 びっくりした。 あと・・・怖かった。 こんな顔をさせてしまうのかと、怖くなった。 そしたら、言えなくなった・・・ 『カチャッ、お待たせしました!ヘブンズピザです』 ようやく繋がった電話に自分と久保ちゃんのピザを注文する。 俺が注文したのはホットペッパーサラミピザ 久保ちゃんが好きそうな劇辛ピザだ。 普段辛口は注文しない でも、今日はなんとなく辛いのが食べたくなった。 ・・・冷えすぎた体に、熱を入れるために。 (終) |
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非日常のなかの日常、日常のなかの悲劇、ふたつをいったりきたりしてる。そんな雰囲気を出したかったんです。ちょっとは伝わったかな? 2007.8.1 |
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