俺の財布
「時任、はいこれ」

久保ちゃんがそう言って渡したのは財布だった。
赤いビニール地で出来ていてチャックのところに鈴が付いていた。

「?」
「お前の分の財布。これからは何か欲しい物があるだろうし、翔太と出かけるときとかにいるっしょ?この中から適当に使っていいよ」

なんか、悪いよなあ・・・
最初は警戒して逃げ出したりしたし、あげく腕折っちまったりしたのにさ。
世話になってばっかりだ。しかも恩着せがましくもない。
・・・たまにどういう顔すりゃいいのか分からねえ時がある。

「どかした?」
「ううん、何でもね。サンキューな!」
「どういたしまして」

それでも礼を言って受け取った。
なんか他に言いたいことがあるのに上手く言えない分、軽い財布がやけに重く感じた。
握ってみると”リン”と澄んだ音がした。

 *
 *
 *

ピラリラリー、ジャーン♪

翔太と初めてゲーセンに来ていた。二人でやってる格ゲーがゲーセンにあるらしいと聞いてやってみたくなったのだ。

スゲー、でっけぇ画面。音もでっけえ。迫力あんなあ。
あっちのぬぐるみが釣れてる水槽みたいなのは何だ?へーんなの!

「時任兄ちゃん小銭持ってる?全部100円玉がないとやれないよ」
「あ、多分札しか入ってない」
「じゃあ、あっちで両替しなきゃね」
「ん」

実はもらった財布を使うのがこれが初めてだ。まだ中も見てない。
小銭の音がしないから多分札しか入ってないだろう。両替しようと中を見てみた。

「・・・万札しかない」
「・・・1,2,3,4,5、6,7,8,9・・・十万円も入ってる・・・」

二人で財布の中を覗いてびっくりしてした。十代ではそうそうお目にかからない金額だ。

「これって久保田さんが兄ちゃんに渡したの?」
「おう、自由に使えってくれた」
「・・・久保田さんてお金持ちなの?」
「どうだろ、よく知らねー」
「謎な人だよね・・・」

ホント謎だよな。こんな大金ぽんとくれたりするし、得体の知れない男を平気で世話して、平気で合鍵なんか渡したりする。

「ま、いーや。早くやろ!」
「おう!」

それから俺達は1時間くらい遊んで2千円だけ使った。
そんで帰りにコンビニに寄って翔太のジュースと久保ちゃんにお土産を買うのにもう1千円使った。
計3千円、財布の中はまだまだ余ってる。
なんか使ってるはずなのにますます重く感じてきた。変なの・・・。
つーかさ、普通こんな大金渡さないよな。どうせ近所行くだけなのにな。
何で久保ちゃんはこんな大金いれたんだ?

 *
 *
 *

「ただいまー」
「・・・お帰り、翔太くんは?」
「そこで別れた。宿題があるんだってさ。肉まんとあんまん買ってきたけど久保ちゃんも食べる?」
「んじゃあんまん頂戴」
「ほい」
「ん」

肉まんだけ食べたかったんだけど、甘党な久保ちゃんはあんまん食べるかな?と思ったんだ。
両方買っといて正解だったな。

「あんさー、財布のことなんだけど・・・」
「どかした?」
「何であんな大金入れたんだ?あんなにいらねーよ」
「そう?でも何かあったとき困らない?」
「にしても多すぎ!どーせ近所に行くだけじゃん。どっか遠くに行くわけじゃねーもん」
「・・・」
「すぐ、帰ってくんだからさ・・・」

そう、何か変な感じがしたのは突き放されたような気がしたんだ。
『手切れ金』てやつか?この金持ってどっか行けっみてーにさ。
まあ俺が勝手にそう思っただけだから、言うようなことじゃないかもしんねーけど、でもやだったんだ。
この重てー財布が。
変なこと言っちまったなと気まずい気分で久保ちゃんをみたらじーっとこっちを見つめてる。
やっぱり怒ったかな?せっかくくれたんだしな・・・。

「・・・んじゃ半分にしようか。俺もまっとうな人間じゃないし、お前も追われてたっぽいから数万は持ってた方がいい。いざとなったらどっかに隠れられるようにね。そんで携帯買おうか、何かあったときお互い連絡出来るように。それでどう?」

そう言って久保ちゃんは微かに笑った。怒ってないっぽい。

「・・・・うん、そっちのがいい。その・・・悪ぃな。せっかくくれたのにさ」
「別に?まあ確かに子供が大金持つのは良くないしね」
「子供って同い年くらいだろーがっ!」
「えーだって俺ってば社会人だし?」
「そういう問題じゃねーっ」
「んじゃ大きさ?」
「・・・もっとムカつく(怒)」

そんな言い合いをしながらお金を半分渡して財布をポケットに仕舞う。
動かすたんびに”リン”と鈴の音がするその財布は俺のモン。やっとそう思えた。
その重みすら嬉しいって思っちゃうんだから現金だよな(笑)


 *
 *
 *


参ったねー、結構勘付いちゃうもんなんだね。

久保田が十万円を入れたのは時任が思ったとおり、そのままどっかへ行ってもいいようにだった。
十万円を着服して逃亡するというのではなく、誰かに追っかけられても何処へでも逃げられるように、突然記憶が戻っても好きな場所に行けるように、そう思って渡しただけだった。
どちらにせよ時任がいなくなることを前提に渡したわけだ。

なのに時任は「すぐ帰る」と言う。
不安そうに「いらない」と言う。
そんな顔をさせたい訳ではなかったのに。
だから安心させたくて携帯を買うなんて言ってしまった。

「俺ってばどんどん自分から深みにはまってる?」

あいつが帰って来るのを期待してないのに自分から繋がりを作るようなことを言ってしまった。
もう看取りたくないと思いつつ、それでも欲しがるのを止められない。
ホントは看取ってもらいたいなんて言ったら絶対怒るだろうなあ。

「なんだかねえ・・・」

ため息のように答えの出ない問いを煙と一緒に吐き出す。

答えがでるまでもう少し・・・





(終)
久保田は平気で大金を時任に渡しそうだなと思ったのが元ネタです。金で片が付くならそっちのが簡単って思うタイプですよね。お金って人と人を繋ぐのにはとっても便利。繋ぎやすくて切れやすいから(黒笑) でも真っ当な精神を持ってる時任はそんな大金もらったら戸惑うと思うし、敏感に察するんじゃないかなーって思うのです。せんしてぃぶな男の子なんで。でもうまく書けなくて変な文章になっちゃった。あははー。久保田は財布を渡してる時点で無自覚に甘やかしてるんだけどそれに気付いてないだけだと思います。馬鹿飼い主。財布に鈴をつけたのはただの趣味です。猫に鈴は必須です。

2006.12.4
  >> 妄想文 INDEX >>