金魚

 ひらり、ひらり

     ゆらり、ゆらり

 残像を残しながら尾びれが優美にひらめく、尾びれが動くたびに水面が揺れる。美しく優美な尾びれの割には体はぽってりと太めで大きい。ポテポテ、モチモチと動く様はどこか滑稽で笑いを誘う。優美な尾びれとこの動きの対比がこのランチュウという種類の醍醐味らしい。

 確かに、その金魚をもらった当初は『なんだこの不細工な金魚は!?』って言ってた時任が数日後には「見てたら可愛くなってきた・・・」って言うようになっていた。すぐにお気に入りになって『こいつは白くてポテポテ動くから”ポテ子”だ!』って命名していた。白い=ポテトって言いたいのだろうか?それなら白くて目の周りが赤いからパンダ子は?って言ったら「センスがねぇっ!」って却下された。失礼な。まぁ、名前なんて何でもいいんだけどね。

 そのポテ子が今朝動かなくなっていた。

 朝起きてリビングに行くと時任が水槽の前に立っていた。

「どしたの?」
「・・・ポテ子が動かない・・・」

 見ると、水槽の中で白い金魚がゆらゆらと揺れていた。浄水ポンプの水流で流され、動いて揺れてるように見えたが、尾びれは揺れていなかった。・・・死んで、尾びれまで堅くなっているのだ。

「・・・埋めに行こうか」
「・・・うん」

 水槽の中に手を入れて水槽から亡骸を取り出してティッシュの上に乗せた。スコップなんてないから割り箸を持って部屋を出る。マンションの近くにある公園に行くことにした。

「久保ちゃん、あそこに埋めようぜ」

 公園を入ってすぐ、日当たりの良さそうなとこを時任が指差した。無言のまま二人でザクザクと穴を掘る。猫と違い、小さいのですぐ掘り終った。すぐ土に還るようティッシュから取り出して土の上に直に置いて土をかけた。そしてポンポンと軽く土の上をたたく。隣の時任は無言で土の上を見つめていた。

「じゃぁな、ポテ子」

 時任が簡単に別れの言葉を残して立ち上がり、その場を後にした。


* * * * * *


 マンションの部屋に戻り、白い金魚のいない水槽を眺めながら時任がポツリと呟いた。
  
「・・・俺のせいかもな」
「何で」
「だって、もう一匹飼おうって言ったの俺じゃん・・・」

 水槽の中には赤いランチュウがもう一匹いた。これは最近もらったもので、もとは白いランチュウ一匹しかいなかった。最初は白の方を知人から無理矢理押し付けられて飼い始めたのだ。それでも時任はぶちぶち言いながらも世話をして可愛がるようになっていた。

 ある日、雀荘で金魚の話題になりランチュウを飼っていると話したら、丁度ランチュウマニアの常連さんがいてえらく嬉しがられた。よくは知らなかったけどランチュウって金魚は愛好会が多く、品評会が各地で盛んに催されている品種で根強いファンが多いらしい。その常連さんは自宅にランチュウ専用のプールを持ってるらしく、一匹しかいないと言ったら、寂しいだろう、うちのを分けてあげるよと言っていた。それを話したら時任が嬉々として頷いたので一匹だけもらうことにしたのだ。
 
 それが2週間前。
 
 もらってきたのは白地に鮮やかな赤が入ったキレイな金魚だった。時任が『ポテ子が白だから赤な!赤もらってこいよな!』と言ったからだ。
 一緒にいれたら元気の良い赤い新入りは古株の白によくちょっかいをかけていた。『早く仲良くなるといいなぁ』とのほほんとしていたら、だんだん白の元気がなくなっていき、しまいには病気になってしまった。慌てて引き離して薬を入れたら病気も治り、元気になったのでまた同じ水槽に入れてみた。こんどは赤がつっつくこともなく、穏やかに泳いでるので大丈夫だろうと安心していた。

 それが昨日のことだった。
 そして今朝になってポテ子は死んでいた。

 可愛がって、病気になっても親身に世話をしたぶん、時任にはショックが大きいのだろう。静かに悲しんでいた。

「たまたま相性が悪かっただけだから、仕方ないんじゃない?」
「一匹より二匹のがいいと思ったんだけどな・・・」

 赤いのを眺めながら、またポツリと呟く・・・。肩を落としてしおれていた。猫耳があったらぺたりと下を向いていたことだろう。

「時任」

 ソファに座りながら、名前を呼んで、おいで、おいで、をする。うちひしがれた猫のようにしおしおと大人しくこちらに来て、俺の横に座りこちらに頭をもたせかけた。素直に来るなんて珍しい、余程こたえてるようだ。そんな時任に後からやんわり腕を回す。

「何で仲良くなんなかったんだろ・・・」
「赤は仲良くしたかったんだと思うよ?ただやり方が悪かったんだと思うけどね」
「やりかた?」
「ほら、好きな子を照れていじめちゃう子っているっしょ。多分赤もそうだったんじゃないかなーって」
「いじめっ子かよ・・・」
「赤は自分が赤なもんだから、白いのが珍しくて仲良くなりたくて、盛んにアタックしたんだけど、白にはそれをいじめと勘違いされたんだろうね。白はデリケートな箱入り娘だったから」
「箱入り娘ってなんだよ・・・」
「ずっと一匹だけで育って、ぬくぬくと気楽に生きてたってこと。一匹なのが当たり前で、それが寂しいなんて自覚も無いだろうし 」
「・・・・・・・・・・」
「寂しくなければ一匹でいるのも苦にならないから、白は赤の呼びかけに気付かずに、疲れただけで終わったんじゃない?まあ二匹になったらいろいろあるし、それに耐えられるタイプじゃなかったんだろうね」

 二匹で仲良くやるにはただ一緒にいるだけで良かったのだろう。なのに仲良くなろうといろいろした挙句に相手を疲れさせただけなんて、ホント、もったいない。俺だったらそんなことしやしないのにね。
 そんなことを考えていたら、もぞりと、腕の中の時任が動いてこちらを見た。その目が結構真剣でちょっと驚く。・・・うーん、ちょっと茶化しすぎたか?

 どうフォローしようかなと思っていたら、いきなりソファに押し倒された。時任はその気になれば片手一本で大の男を押さえつけることができる。いつもながら凄い力だ。そのまま時任は馬乗りになって俺の体をソファに押し付けた。

 ・・・押し倒されるのは嬉しいけど、何か別の意味で食われそうな雰囲気だ。
 まぁ時任なら食われてもいいんだけどなー、なんてどうでもいいことを考えていたら、時任にボソリと質問された。

「・・・久保ちゃんは?」
「え?」
「久保ちゃんは一匹に戻りたいのか?」

 ・・・そんなことを考えていたのか

「いいや?」
「・・・ふんっ当然だよな」

 押さえつける力は弱まり、そのまま時任はドサリと俺の上に倒れこむ。下で受け止めてやんわりと抱き込む。結構おいしい体勢だ。

「時任は一匹に戻りたい?」
「・・・別に戻りたかねー」
「じゃぁ・・・もし一匹になっちゃったら?」

 いくら一匹に戻りたくなくてもそうはいかないかもしれない。どっちかがどっちかを嫌いになって別れたり(そうはせさせないけどね)、どっちかが死んだりしたら、また一匹に戻るのだ。
 
 そうなったら、お前どうする?

 そして俺はどうするのだろう・・・


「・・・さぁな、なってみないとわかんね」

 ・・・まぁその通りなわけで・・・

「そうだね」

 頷くしかなかった。

 なってみないと分からない、実際そうだろう。今まで一匹だったのが二匹になってまた一匹に戻る。考えてみたってわからない。涙をこぼすだろうか、壊れるだろうか、それとも、全部無かったことにするだろうか。
 どちらにせよ、一匹に戻るのはどちらかが死ぬ時だろう・・・。すると一匹で残されるのを味わうのはお前か俺かどっちかだ。

 だとしたら、ズルイ、よねぇ。
 一匹が逝って、一匹が残されるなんて・・・
 残されるのは勘弁して欲しい

 考えたくない方向に思考が流されてしまった。どうなるか分からない未来より今手の中にある暖かさに思考を戻すことにした。

「じゃ、とりあえずは二匹で楽しめることしない?」
「結局それかよ・・・」

 呆れたように呟かれた。だって、ねぇ?

「金魚と違って手があるんだから使わないと」
「金魚と違って言葉もあるしな」
「いやいや、言葉だけじゃ足らないっしょ?手も使わないとー」
「途中で会話になんなくなるじゃん」
「うーん褒められてる?」
「馬鹿」

 くすくすと、くだらないことを言って笑いながらじゃれ合う。お互いの服の下に手をのばし体温を探る。暖かい。これだけで二匹のがいいと実感できる。

 金魚にも手があったらいいのに。手があったら、つついたり、体をぶつけるだけじゃなく、手をつないだり、抱きしめるコトだって出来たのに。そうすれば言葉は無くとも伝わっただろう。

 手のある俺達は、分かり合えなかった二匹のかわりに手を伸ばし、お互いの熱を探って二匹でいることを楽しんだ・・・





 * * * * *




「あの赤いのどうする?」

 そのままリビングでイタシテしまったあと久保ちゃんが聞いてきた。久保ちゃんは上だけ脱いだまんまで煙草をふかしている。俺はシャツをひっかけてだらっとソファに寝そべっていた。・・・ったくいつも何でそんなに余裕なんだよ。ムカつく。

「どうするって?」
「また一匹のまま飼う?それとももらった人に返そうか?」

 ああ、それか。んなん決まってる。

「返すわけねーじゃん。もうブチはうちの金魚じゃんか」
「ブチ?・・・いつの間に名前つけたのよ」
「今」
「そ・・・」
「んでさ、今度は一匹じゃなく二匹もらおうぜ。二匹ぽっちだったら相性悪いのもいるかもしんねーけど三匹だったらなんとかなんじゃん?もともと一緒のとこから来たんだからさ」
「かもね、じゃ連絡しとく」
「おう!」

 本当は、ポテ子がいなくなったんならもう飼わなくてもいいかって思ったけど、やっぱり飼っといたほうがいいような気ぃする。
 だって久保ちゃんは間違いなくポテ子を可愛がっていた。俺みてーに『ポテ子!飯だぞ!』って声かけながら餌をやったりしなかったけど、俺がやり忘れてたら黙ってやってくれてたし、よくぼんやりと水槽の中のポテ子を眺めていた。
 あとで寂しいなぁって思い出すのは久保ちゃんの方だって気がする。
 そういうときに何も飼ってないのは余計寂しいんじゃねーかなって思う。だから、ポテ子が死んじまった原因を作ったのとはいえ返さない方がいい気がする。んでもっと増やして賑やかにしとけば『ポテ子がいないなぁ・・・』って寂しく感じても違うポテ子の代わりがいればそんな寂しくないはずだ。
 拳銃とか平気でぶっぱなすくせに久保ちゃんは自分のペットとかが死ぬのに弱い気がする。分かりやすく悲しまないけど、何も言わないぶん、寂しさをずっと長く引きづりそうなとこがある。

 ・・・久保ちゃんてば下手すると金魚よりデリケートかも

 そんなことを思ったら笑えた。

「何?」
「なんでもね。なぁ今度は白と赤もらおうぜ!今のが赤と白のブチだからさ」
「はいはい・・・」

 久保ちゃんに子供をあやすように頭を撫でられた。 

 何だよ金魚より手のかかる男のくせして・・・なんて思いながら目をつむる。

 夢にポテ子が出てきたら久保ちゃんのことを話して笑ってやろう。

 そんなことをふと思った・・・









お終い




これがポテ子のモデルです。
モテ子やポテ子と適当に呼んでいました。
2007年5月10日永眠・・・


・・・えぇっと、うちのモテコ追悼記念?
ペットって自分のものって感覚が強いせいか失うのに弱い私です。たかが金魚と思っていたらじわじわ寂しくなってきたので、時任に慰めてもらう駄文でも書こうと思ったのに、何時もどおりの暗くて長い文になってしまった・・・。何か寂しさを煽ってる感じですね・・・(苦笑)
WAの二人は金魚なんか飼わなさそうだけど一応WAに分類してみた。



2007.5.14
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