星が、落ちてきた。
「じゃあまた来るから」 「うん、ありがとうね」 結局金曜日から泊り込んで2日かけて片付けて、あの汚空間を居心地の良い空間に変えて、冷蔵庫にはカンタン便利ですぐ出きる系の食材を詰めて、強制的に健二さんの胃袋にも一日四食くらい詰め込んで、僕は帰宅することにした。 この状態がいつまで保たれるかとても不安なのでまた来週来ると約束して部屋を出た。 …疲れた。 歩いて数分で自分の部屋だがその距離が果てしなく長く感じる。 片付けもそうだがあの状態の健二さんを見てるのが精神的に苦痛だった。 健二さんはいつも優しく笑いながら傍にいるようでいつも遠い世界に飛んでく人だった。 隣で一緒にOMCを観戦していたかと思えば、いつの間にか数字の世界に飛んでガリガリ紙に何かを書き連ねているようなことがよくあった。 その行動は予測不明で最初は戸惑ったが次第に慣れた。一緒に過ごしてたのに置き去りにされて寂しい気もしたが健二さんらしいと思えば腹も立たなくなった。そうなったら僕も仕事をすることにしていた。 僕たちはお互い好き勝手なことをして会話もせずにせずに一日過ごし、健二さんが終った後で「あれ?もう夜?」というようなこともよくあった。それは傍から見ると素っ気無い関係かもしれないが、気の許しあった友人同士が暗黙の了解で許しあった心地いい時間だった。 だけど今の健二さんは違う。 僕といても数学の世界に飛んでいかない。僕の傍か見える位置にいようとする。絶えず話しかけようとする。不安でしょうがない子供のように落ち着きがない。 …正直ウザイ。健二さんらしくない。 泊り込み二日目からようやく僕がいることに慣れたのか少し改善されたけどまだ本来の姿からは遠い。 あの自信のなさげな風情のくせして誰よりも頑固で伸びやかだった彼はどこに行ったのか。 まるで萎れたあさがおだ。見てられない。 その萎れた姿を見ていると 何でこうなった?何故?誰のせい? 答えの出ない疑問が頭を占める。 離婚は二人の問題だ。どっちが一方的に悪くてこうなったとは思わない。けど今の姿の健二さんを見ていると夏希姉を恨まずにはいられない。誰かを悪者にして八つ当たりしたくなる。 ・・・・自分も二人の離婚がショックだったのだ。 早く帰ろう。 早く帰って少林寺の型でもやってスッキリしよう。 逃げるように家路を急いだ。 * * * 最初の訪問から一週間後。また健二さんの家に来た。 状況は・・・前回よりちょっとマシ、ってなくらいだ。また健二さんを風呂場に押し込んで問い質した。 「今週はいつ帰ってきたの」 「え・・・今日、だけど」 『佳主馬くんと約束したから』と言いながらふわふわと笑ってる。前より明るい顔になってきたがまだ全然駄目だ。 「・・・今度の水曜日にも来るから」 「あ、うん!」 週一では厳しいので週二は来ることにした。 * * * でも忙しくて行けない時もあるわけで 「佐久間さん?佳主馬だけど」 『よ、キングお疲れさん』 「来週試験だから健二さんとこ行けないんだけど行ける?」 『来週なら行ける。今週で山は終わりだから』 「じゃ、よろしく」 『おう、いつも悪いな』 出来るだけ健二さんを一人にしないほうがいいと判断したので佐久間さんと連絡を取り合いこまめに健二さんの家に泊まりに行くことにした。多忙な佐久間さんは週一行けるか行けないかくらい、まだ学生で時間が調整しやすい自分が週二・三回くらいに行っている。行けない週は佐久間さんにお願いしていた。 * * * あと問題は帰ってこようとしない健二さんだ。 約束がある日は帰ってくるけどそれ以外は相変わらず研究室に泊り込んでるらしい。かといってさすがに毎日は約束できない。なので強力な助っ人にお願いすることにした。 登校拒否ならぬ帰宅拒否児の世話を頼むようで申し訳ないが理一さんに健二さんの帰宅を促すようお願いすると 「そんなのお安い御用だよ。俺も健二くんが心配だったから協力できれば嬉しい。・・・夏希との離婚は俺も責任感じてるしね」 若干の苦味を感じさせる笑顔で快諾してくれた。 それ以来、研究室のドアをノックしひょっこり顔をだした理一さんが 「送ったげるから帰ろう。これ、上司命令ね」 「あ、はい・・・」 特に残ってやらなければいけない仕事がないので『上司命令』には逆らえない。 研究室では週に一・二回、上司命令ですごすごと帰り支度をする健二さんがいるそうな。 * * * そんな周囲の努力の甲斐もあって健二さんの体重も顔色もだんだん良くなっていった。 |
NEXT 2009.11.10 |
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