遅咲きの実

「健二さん、これ受け取って」

 そう言って佳主馬くんが差し出したのは手のひらに乗るくらいの小さな水色の小箱。金字のアルファベットで何か書かれていた。

「これ何?」
「開けてみて」
「はぁ…」

 とりあえず受け取って中を開けてみる。
 中には指輪が入っていた。
 細い銀色の輪っかの上にキラキラとした小粒の石が嵌まっている。ダイヤかもしれない。とても小さいのにとてもキラキラ光っていた。水面に反射した夏の日差しのようだ。アクセサリーにまるで興味ない僕でも、素直にキレイだと思えた。

「へぇ〜…キレイだね」
「気に入った?」
「うん、キレイだし、可愛い」
「これなら普段邪魔にならないでしょ?付けてみてよ」
「うん」

 彼はこうしてたまに物をくれる。OMCのキング時代にはスポンサーからの提供品をよく貰った。キングを引退した今でも、「寒そうだから」と言ってもこもこスリッパや膝かけをくれたりした。どれも仕事先で貰った物や他愛ないものが多いから遠慮せずに受け取っていた。でもこういうアクセサリーは初めてだ。アクセサリーの会社と契約でもしたのだろうか?
 試しに右手の薬指にはめてみる。サイズはぴったりでしっくり馴染んだ。
「あ、ソレ逆だから」
「え?」
 指輪の向きが逆なのかな?慌てて外して向きを変えようとすると
「違う、かして」
 佳主馬くんに指輪をとられて、左手を掴まれた。
 そして左手の薬指に指輪をはめられた。
「こっちにして欲しいんだ」
 なるほど、逆というのは向きじゃなくて、手の方だったのか。
 『左手の薬指に指輪をはめる』
 それの意味はさすがに知っている。
 それを願う意味も知っている。

「ええっと・・・佳主馬、くん?」

 どういう意味か聞くのが怖い。でも聞かなければ。
 呆然と指輪を見ていた視線を外して、恐る恐る佳主馬くんの方を見た。佳主馬くんは僕の視線を受けてふっと顔を上げた。
 佳主馬くんは僕の手を握ったまま、珍しくにっこりと笑った。
 その笑みはどこか甘く、一週間前の夜を思い出させた。手の先からカッと体と顔が熱くなった。

 そう、一週間前まではこの子は僕の弟みたいな友達だった。

 でも今は、一応、恋人。

 一応がつくのはどうも実感が湧かないからだ。あれからまだ一週間しか経ってないし、恋人らしい行為をしてないせいだ。
 あの夜から初めて会った時はさすがにどきどきした。でもいつも通りにご飯食べてたら段々気にならなくなって、佳主馬くんが帰る頃には忘れてた。恋人になったからといって大きな変化はないらしい。そう思ったら物足らないようなホッとしたような微妙な気分になった。あれは気の迷いだったんじゃないかとまで思ってしまった。
 でも目の前に出された指輪の意味することはいくら鈍い自分でもわかる。
 動揺する自分に追い打ちをかけるように佳主馬くんが口を開いた。

「健二さんに僕のお嫁さんになって欲しい。僕の家族になって欲しいんだ」

 ああああ、やっぱり!
 気の迷いどころかガチで本気だ!!

「い、いくらなんでも早すぎない!?付き合い始めてまだ一週間だよ!!」
「でも付き合いは18年以上だよ。これ以上時間をかけて何を知るっていうのさ。今更じゃない?」
「そ、そうだけど・・・でも結婚なんて急すぎるよ!」

 恋人になったことですらまだ実感がないのだ。それなのに結婚なんて考えられない!

「健二さんと僕って兄弟みたいだったでしょ?恋人としてお付き合いするって違和感あるんだよね」
「違和感・・・?」

 兄弟はOKで、恋人はちょっと・・・ってことなのか?

「恋人ってなんか他人行儀な気がしない?」
「は?」
「恋人って兄弟より遠くない?所詮他人だし」
「まぁ、そうだよね」
「でも僕は健二さんにもっと近くなりたい。兄弟より近い家族と言ったら夫婦しかないんだよ」
「はぁ・・・」
「だから恋人より夫婦になったほうがイイと思う」

 よくわからない論理だけど、佳主馬くんなりに考えた結果らしい。

「ねぇ、何か無理してない?」
「?どこが?」
「恋人で違和感あるなら結婚なんて無理じゃない?」
「そんなことない」
「兄弟に戻るって選択肢もあるんだよ?」

 そんな無理して関係を進めることはない。違和感があるなら兄弟もどきに戻ればいいのだ。一度手に入れた恋人の位置を手放すのは惜しい気もするけれど、実感の薄い今ならまだ間に合う。・・・多分。
 
「それは駄目」
「でも・・・」
「兄弟に戻ったらこんなこと出来ないし」
「え?」

 佳主馬くんにグイッと手を引かれ、その勢いのまま佳主馬くんの胸の中に倒れこむ。自分のように柔らかくない、筋肉で覆われた硬い胸だ。そこに閉じ込められるように背中に腕をまわされた。軽く力を込められると、より強く佳主馬くんの硬さが感じ取れる。硬いだけじゃない。昔のように薄くなく、厚みもある。乗られると重いのを・・・よく知っている。
(うわっっ////)
 先週の夜を思い出し一気に顔が赤くなった。
 佳主馬くんは人の頭の上に顎を置いて溜息をついた。

「健二さんて人の話聞いてないよね」
「え」
「こういうことしたいんだから、違和感あっても嫌な訳じゃない」

 頭の上の重みがなくなったと思ったら、チュッと軽くおでこに吸いつかれたッ!

「恋人じゃ足らないから夫婦になりたいんだよ」
「/////////」

(そんなふうに言ってないから!言われたら言われたで恥ずかしすぎるんですけど!!)(しかも至近距離でにっこり微笑まれたらたまらないんですけど!!)
 恥ずかし過ぎて逃げ出したいががっちり抱き込まれてるのでそれも叶わない。健二は真っ赤になりながら黙って佳主馬の話を聞いていた。

「急すぎるのは分かってるんだ。健二さんが驚くのは無理ないと思う」
「・・・・・・・・・」
「でも僕なりにケジメつけたいんだ」
「・・・ケジメ?」
「弾みで付き合い始めたけど、僕は健二さんのことが好きで真面目にお付き合いして欲しいと思ってるから」
「佳主馬くん・・・」

 佳主馬くん体温が体に移るように佳主馬くんの本気が伝わって、じわじわと嬉しさがこみ上げる。
 誰かにこんなちゃんと告白されたのは初めてだ。
 それが大事に思っている佳主馬くんからだと尚更嬉しい。

 僕は佳主馬くんのことが大好きだ。
 でもそれは弟みたいな家族みたいな好きだった。
 僕のものにしたいとか、そういう”恋”につきものの独占欲は無かった。佳主馬くんに恋人が出来たときは、一緒にいられる時間が減って寂しいと感じるくらいだった。
 それに付き合って別れるを繰り返す”恋人”よりは、ずっと変わらずに付き合っていける”家族みたいな友達”の方が安心できた。佳主馬くんの歴代の恋人は”恋人”でなくなると佳主馬くんの傍にいられなくなった。実はぞんな彼女達に対してわずかな優越感を抱いていた。
 僕はずっと佳主馬くんの傍にいられる。だって”家族”だから。
 僕はこの関係で十分満足していた。

 でも兄弟や恋人より近くて、一生傍にいられるポジションが目の前に用意されてしまった。そしてそれを手に入れたいと願う自分がいた。
 恋のような好きじゃないけれど、それを欲しがってもいいのだろうか・・・。
 逡巡しながら黙っていると

「健二さんは僕と家族になるの嫌?」

 佳主馬くんに聞かれ、黙ったまま首を振る。それこそ今更だ。

「僕とまたHするの嫌?」

 な ん て こ と 聞 く の さ!?

 お願いだからそんなこと至近距離で聞かないで!
 真っ赤になってあーとか、うーとか、答えられずにいると

「嫌?」

 より一層顔を近づけられて答えを迫られた!しかも目が笑ってないんですけど!!

「い・・・嫌じゃ、ない」

 好きかどうかは別として、少なくとも嫌悪感は抱かなかった。
 だから嫌ではないと思う・・・。

「じゃ、決まり」
「決まりって・・・!」
「嫌じゃないならいいでしょ?」
「でも」
「家族になるのが嫌じゃなくて、Hも嫌じゃないなら、それ夫婦だから。はい決定」

 また至近距離でにっこり微笑まれた!その顔に弱いの知ってる癖に!反論できないじゃないか!!
 
「うううう、あーもうこのタラシ顔!その顔反則だよ!!」
「タラシなんて人聞きの悪い。女の人口説くなんてこれが初めてなんだけど」
「え?でも今までは?あの歴代の彼女は??」
「あっちから誘ってきた。僕は何もしてない」

 佳主馬くんはしれっと言い切った。何その態度!天然タラシ!

「お、女の敵!」
「健二さんに女の自覚あったの?」
「〜〜〜今はあるよッ」

 佳主馬くんは目を瞬いたあと、弾けるように笑った。

「そ、そんな笑うことないでしょ!」
「だって今までは全然女の自覚無いって言ってたのに!」
「誰のせいだと思ってんのさ!」

(プロポーズされて女で良かったと産まれて初めて良かったと思ったなんて言ってやるもんか!)

 ムカついたので手近なクッションでぽかぽかと殴ってやる。

 凶器のクッションを取り上げられて、その上に押し倒されるまであと5分。

 観念した健二がぼそぼそと結婚了承の返事をするまであと7分。

 調子に乗った佳主馬が健二に殴られるまであと10分

 その後は、二人だけの秘密

 無自覚なバカップルはこうして実ったそうな。




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後日談


健二と佐久間

「佳主馬くんと婚約したんだ」
「へ?何時の間に付き合ってたんだお前ら」
「えーっと二週間前?」
「・・・・・・・・・そりゃまた急なことで」
「だよねー・・・」
「ま、おめでとさん」
「ありがと///」

(一回手出したら電光石火だなー。さすがキング)

 妙に感心されてしまった佳主馬だった。


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佳主馬と聖美と妹ちゃん

「健二さんと婚約したから」
「あらあら、やっとね。おめでとう」
「お兄ちゃんやったね!」
「ありがとう。式場選びとか母さん達協力してくれる?」
「いいわよ。健二くんはそういうの苦手そうだものね」
「私ドレス選びしたい!」
「よろしく」
「ところでいつ頃結婚する予定?」
「出来れば半年内」
「えええ!」
「早くない!?」
「半年後は健二さん学会でアメリカ行くからその前に結婚したい」
「後でもいいんじゃないの?」
「駄目、健二さんて学者の間じゃモテてるらしいから悪い虫が着く前に籍入れときたい」
「カズ兄ぃ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

(自覚した途端こんな一途になるなんて・・・!)
(とっかえひっかえだった佳主馬がやっと落ち着いてくれるんだから協力してやりましょう!)

 池沢家による健二囲い込み作戦が密かに進行中だった。

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上田家で皆の前でご報告

「チィッ!あと三ケ月遅かったら勝ってたのに!!!」
「大穴狙ってたのに!」
「なんで来月じゃないんだよ!!!」
「ほほほほよくやったわ!ご祝儀弾んであげるからね!!!」

 素直に喜んでくれたのは万理子くらいで、反応は人それぞれだった。

「ええっと?」
「僕達がいつ結婚するか賭けてたらしいよ」
「はぁ…」

 一人勝ちしたのは未だ独身の理香だったそうです。


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 一カ月後佳主馬は3LDKのファミリーマンションを購入し、二カ月後には健二を丸めこんで同居に持ち込み、三カ月後には健二に迷う暇を与えず結婚式を挙げ白無垢姿とウェディング姿の健二さんを楽しんだ佳主馬がいたそうな。んで挙式から半年後にはご懐妊してるといいよ!


END


これでおしまいです。最初書いた時はカズケンぽくなくてどーかなーと思ったけど、続きや前を読みたいと言ってくれる方が何名かいたので書いてみました。
2010.11.20
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