遅咲きの蕾 |
自分には親戚のようなお兄さんみたいなお姉さんがいる。 何でお兄さんみたいかというと、最初は男の振りして従兄弟の婚約者だと紹介されたからだ。 外見も女性にしては長身のスレンダーで女性らしい丸みはほとんどない。首とか手首とか指とかはさすがに細いので、それを見ては『ああ、女の人だった』と思い出す程度だ。 そんな彼女とは13歳の頃に出会ったから、かれこれ18年の付き合いになる。 最初は『お兄さん』と呼んでいた。でも本当は女性だとわかってからは『健二さん』と呼ぶようになった。この男みたいな名前は本名だ。彼女は小磯健二という。『健二さん』なんて呼んでると本当に男の親戚と会ってる感覚になる。言葉って重要だ。 この男名は便利な時もあれば困った時もある。 彼女ができた時は『健二さんに会う』と言っても勝手に男の友人だと誤解されて都合が良かった。変な嫉妬をされても面倒なだけだから。自分と健二さんとは何でも無いのに、健二さんとこへ泊りに行ったり、二人で映画見に行ったり、買い物してるのを知ったら良い気はしないのは当然だ。 でも彼女との付き合いが深くなると、健二さんのことを紹介しなくてはならない場面が出てくる。健二さんがうちにきて彼女とかちあったり、街中でばったり会う時があるのだ。 そうすると健二さんが女だとすぐバレル。男だとすぐは分からないから、あれは女の勘だと思う。 当然、怒る。 恋人が親戚でもない女性と頻繁に会ってれば怒るのは当然だ。仕方ない。 でもその後がいけない。 彼女たちは怒ってもすぐ機嫌が直る。 自分と健二さんが何でもないということをすぐ納得するからだ。 その理由が『健二さんより自分のが勝ってる』と思うからだ。 言葉ではハッキリ言わないが、そう言わんばかりの表現をする。『お兄さんなら仕方ないわね』とか『あの人なら安心だわ』とか、明らかに健二さんを見下したセリフを吐くのだ。その表情が嫌だった。 確かに健二さんは全然女性らしくない。それどころか男に見える。彼女たちの方が女としての魅力は全然上だろう。でも健二さんの良さはそんなところにはないのだ。お前たちが見下していい相手じゃない。そんな風に鼻で笑っていい相手じゃない。 僕が健二さんをそういう目で見ないのは、僕の黒歴史を知られてるし、僕も健二さんの黒歴史を知ってるからだ。健二さんの鼻血吹いた顔も、お腹出して寝てる姿も、上田の家で健二さんの裸を見ちゃったこともあれば僕の剥けてない頃も見られたことがある。あのプライバシー皆無な陣内家では平気で僕の精通の時期なんかも知られちゃってるし、健二さんが飲まされて吐いてる時の世話や徹夜続きでヨレヨレしてるときの世話を見た事あるしその逆にしてもらったこともある。そんな恋するような隙がないくらい明け透けに付き合ってるからだ。18年の歴史があるからだ。お前らが考えてるような理由じゃない。 誤解して欲しくないのに、そういう相手じゃないと見下されるのは我慢ならないなんて我ながら勝手だと思う。でも家族を馬鹿にされたら誰だって腹が立つ。それなら僕と健二さんの仲を面白くなく思ってくれる方がまだマシだ。そして時間かけて慣れてくれればいい。そう思ってたのにそうはならなかった。彼女たちとはすぐ別れてしまった。 あの表情を見たらすぐ冷めてしまうのだ。 今までの恋人は女としての自分に自信があり勝気なタイプが多かった。誘われてそのまま付き合うことが多かったせいだと思う。話してて面白いし満足してはいたが、自分は案外古風な性格をしてるので彼女たちとは合わなかったんだと思う。健二さんの事がなくても長く付き合えなかったと思う。 そういう刹那的な付き合いをしていたのは二十代までだ。三十代になった今はしてない。この一年くらい彼女はいなかった。 おかげで健二さんと週末を一緒に過ごす機会が増えた。 今日もそんな良くある週末だ。 十一月に入ってから急に冷え込んできたので鍋が食べたくなった。 一人で食べるのも寂しいので健二さんを誘って鍋をすることにした。なんか肉が食べたくなったのでちょっと良い牛肉を買ってスキヤキにした。 健二さんは「うっ松坂牛だ!」なんて感動しながらはふはふ食べている。 「そんな松坂牛は買ってないよ。最近赤身が多い方が好きだから」 「あーそれ分かる。僕も昔ほどは脂っぽい物食べれないし」 「僕も」 今でも健二さんは自分の事を『僕』と呼ぶ。あの頃と全然変わらない。つられて普段は自分のことを『俺』と言うのに、健二さんの前だとつい『僕』と言ってしまう。 「でも健二さんはもっと食べて太った方が良いよ。痩せすぎ」 「そんなことない。平均体重はいってるよ?」 「そんな風には見えない。寒がりだしぺったんこだし」 「最後は余計!セクハラ!」 「セクハラされてると思うほど女の自覚あったの?」 酷い言いようだけど驚いてしまう。 「………卵とって」 「ん」 健二さんは返事をせずに卵の追加を要求した。自分でも珍しいことを言ったという自覚はあるらしい。そしてやっぱり女だという自覚もないらしい。 僕から受け取った卵をパカリと割って器に落す。不器用な健二さんはいつも殻が混じってしまう。代わりにやってあげようかと思ったがそれでは過保護過ぎだろう。無事に殻を除いた健二さんは再び肉を投入してパクパクと食べ始めた。 「あー、美味しい。幸せ」 「それは良かった」 「そういえば最近佳主馬くん彼女いないね」 ふと思い出したように健二さんが聞いてきた。 「何で急に」 「最近毎週ご飯一緒に食べれて嬉しいな〜って思ったら、それって彼女いないからだと思って」 そう言えばそうだ。彼女がいるときはさすがに毎週は会ってない。 「佳主馬くんモテるから、大抵いたよね?」 そこまでモテてはいないが、確かに成人してからはいたことの方が多かった。 「この一年くらいはいないよ」 「何で?」 「なんか面倒で」 「面倒って…まだ若いでしょうが」 「そんな若くない。もう三十代」 「そうだった…なんかいつまでも佳主馬くんて若い気がしてたけどもう三十路なんだよね…なんかショック」 「自分だって三十五のくせして」 でも健二さんは二十代の頃から全く外見が変わってない。化粧っけがないせいか学生でも通りそうだ。 「佳主馬くんのちっちゃくて可愛い頃知ってるから余計ショックなんだよ。あの頃は可愛かったな〜。『取引先に言うみたいに言って!』とか生意気でさ〜」 「……肉没収されたいの?」 これだから昔を知ってる身内は嫌だ。この歳になっても思春期の黒歴史を持ち出されるのは恥かしいのだ。 健二さんが松坂様と崇める牛肉を持ち上げて、健二さんの手の届かないところへ置いてやる。 即座に健二さんは「申し訳ありませんでしたッ」と言って机の上で手をついて謝罪した。 謝るくらいなら最初から言わなければいいのに。あっさり肉を戻してやる。 健二さんはガバリと頭を上げて、またニコニコと食べ始めた。 「生意気なとこは変わらないけど、佳主馬くんは恰好よくなったよね」 「お世辞言ってももう肉は増えないよ。これで終わり」 「そうじゃなくて、ホントにそう思ってるんだよ?」 「…ま、おかげさまで」 知り合った当時は130pしかなかった身長は180pを超え、続けた少林寺で鍛えた体を保ち、母親似で女みたいだった顔はそこそこ男らしい顔にはなった。それなりにイイ男だという自覚はある。 「否定しないのがまた生意気〜」 健二さんはクスクス笑っている。どうやらお世辞じゃないらしい。外見なんか興味ない健二さんに恰好良いと言われるのは嬉しいが少し面映ゆい。 「僕の胸くらいしかなかたのにどんどん大きくなってさ、身長抜かされた時はショックだったなぁ」 それは普通男同士の話しじゃないだろうか?やはりどこかズレてる人だ。 「背とともにいつの間にか恰好よくなって、いっぱしに彼女持つようになっちゃって、いつの間にか三十路なんて信じられない」 「何しみじみ言ってんのさ。オヤジ臭い」 「いや、いつまでこのままでいられるのかなって」 「は?」 「佳主馬くんは恰好良いからすぐまた彼女出来て、結婚しちゃんだろうなって思ったの。もうそういう歳なんだよね…」 「…まぁ次に恋人出来たらそうなるだろうね」 この一年彼女を作らなかったのはそれが理由だ誘ってくる女性は未だにいる。ただこの歳になると『結婚』がちらついてて迂闊には乗れない。面倒なことになるのは確実だし、そういう時期はもう過ぎた。次に付き合うなら結婚を前提に考えられる人がいいと思っている 「そしたらもうこんな風にご飯食べれないね」 健二さんは寂しそうに呟いた。 まだ彼女すらいないのに大袈裟な。 「彼女なんて何時できるかわからないから当分このままだよ」 「ホント?」 「うん、たとえ彼女が出来て結婚しても、小姑としてご飯たかりにくればいい。健二さんが遠慮することない」 「そういう訳にはいかないよ」 健二さんは少し寂しそうに笑いながら「本当の兄弟じゃないんだし…」と呟いた。 カチンと来た。 長年下手な兄弟より仲良くしてて何を言うのか。 人生の半分以上の付き合いがあるくせして何でそんな遠慮するのか。 そんな遠慮されてしまうような仲だと思わってるのか。 健二さんの性格はよく知ってるけど、もどかしくて腹立たしい。 「健二さんは僕の小姑にはなってくれないの?」 「え……」 「僕は絵馬の旦那の小姑になる気満々だよ?生半可な男と結婚なんかさせないから」 妹の絵馬は今年で18歳で年頃だ。我が妹ながら美人だ。おかげで余計な虫があちこちから寄ってきて困る。たまに実家に顔を出すと男の影がちらほら見える。睨みを利かせて追い散らかしたり、絵馬にも注意するが追いつかない。本人にあまり関心がないので「はいはい」と頷いてくれるが、いずれは煩がられるのは分かってる。そういう相手が出来てからが勝負だ。僕に勝てないような相手は認めないからと言ってある。 無茶なことを言ってるが、それが兄心ってものだ。 それが許されるのが兄弟ってものだ。 そう言ったら「お爺ちゃんに似てきたね」と言って笑われた。 師匠に似るのは光栄だけど頭だけは遠慮したいとこっそり思っているのは内緒だ。 「健二さんも僕みたいに小姑として堂々としてればいい。誰にも遠慮することない」 「そんな言えないよ…」 そういえば健二さんは僕の歴代の彼女に対して何か言った覚えがない。 あからさまに「勝った!」って顔をした子もいたのに嫌な顔をしたこともない。部屋でかちあっても遠慮して先に約束してたのにすぐ帰ってしまう。彼女を優先して自分はすぐ身を引くのだ。 その反応は友達なら当然かもしれない。 でも僕は「家族>彼女」なんだ。家族みたいな健二さんのが上なんだ。あの夏から、夏希ねぇの彼氏じゃなくなっても、僕にとってこの人は家族も同然だった。 だからいつも彼女に遠慮する健二さんがもどかしかった。 僕みたいに「僕の弟なんだからね!」と自己主張してほしかった。 そんな遠慮して困ったような顔は見たくなかった。 「僕は言って欲しい。本当の兄弟じゃないからって一歩引かないで」 「………」 「ズカズカと僕に踏み込んで来てよ。…本当の兄弟みたいに」 「………うん」 健二さんはふにゃりと笑った。力の抜ける僕の好きな笑顔だ。 「さ、食べよ」 「うん」 気を取り直して再び牛肉を鍋に投入した。それをさらう健二さんは遠慮のかけらもなかった。 「あ、健二さんに彼氏が出来ても同じだから。僕小姑として煩く言うからね」 「それこそ有り得ないって」 「何があるか分からないのが人生だよ」 「・・・ホントじじ臭くなったね」 はぁーっとため息をつかれたので、また肉を健二さんの手の届かない高いところへ置いてやる。君の弟は大きくなってこんなことも出来るようになりました。健二さんは「佳主馬くんのイケズ!」とかぶーぶー文句を言っている。その顔は僕より四歳も年上にはとても見えなくて、ちょっと可愛かった。 そんな風にじゃれあって美味しくスキヤキを食べた。 僕と健二さん。 お兄さんみたいなお姉さんと兄みたいな弟もどき。 いつまでもこの関係を続けるつもりだった。 この関係が三カ月後に変化するなんて、僕も健二さんも全く思わなかった。 END |
ほぼ恋人というか夫婦のノリです。近すぎて気付いてない二人なんです。 2010.11.03 |
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