遅咲きの恋? |
今日は健二さんの家で飲んでいた。 レンタル屋で適当にDVDを借りてビール片手に好き勝手に批評を言いながらだらだらと過ごす。気軽で、楽しい、よくある週末のパターン。 でも今はちょっとだけ気まずい空気が流れていた。 何故なら、目の前のテレビでは激しい濡れ場シーンが流れているからだ。 お互いの家で週末を過ごすことが多いい僕と健二さんだけど、付き合っている訳じゃない。18年来の家族同然に付き合っている友人という間柄だ。 あの夏からたまに会っていたけれど、僕が大学進学とともに上京してからは頻繁に会うようになった。見かけも中身も男みたいな健二さんは、年上のお姉さんというよりお兄さんみたいで付き合いやすかった。 今じゃ仲の良い兄弟のように付き合っている。 そんな姉のような兄のような健二さんの前で色っぽい濡れ場を見るのはちょっと気まずい。 ギャグならいいんだけど、妙に抒情的なので突っ込みしづらいのだ。 普段なら「うーん、これはDカップだね」とか、「外人さんは声大きいねー」とか、「この人出産してるんだよ、なのにこの体型って信じられない」とか好き勝手に突っ込むけど、妙に色っぽい映画で突っ込みしづらい雰囲気なのだ。 しかも、健二さんが無言で食い入るように観ているので妙な感じだ。何でそんな熱心に観ているのか・・・。 そんな居心地悪さを感じながらも観ていたら、突然健二さんが「…ホントにあんなに気持ちいいのかな」とポツリと呟いたので飛び上がってしまった。 (これは突っ込みというより質問なのか・・・?) TV画面の中では今も金髪美人女優があんあん言っている。 これは、その、なんと答えるべきか… 「相手の技術と相性によると思うけど…」 「ふぅ…ん」 苦し紛れに答えたら納得いかないような感じだった。 「健二さんがそんなこと聞くなんてすごくびっくりするんだけど」 「・・・この前人間ドック受けさせられるって言ったっけ」 「うん、聞いた」 「それが今日だったんだ」 「そうなんだ」 「検査の中でさ、婦人病の子宮検診もあったの」 「あ…そぅ…」 子宮検診というとアレだ。足を開いて調べるアレだ。女系家族なせいでいろいろ耳年増になってるのでそういう検査があるのは知っている。 「お医者さんは女性だったけど、やっぱ恥ずかしかったし、痛かった」 だからあんなふうに気持ち良さそうに喘いでる女性が不思議だったんだと続けた。 健二さんは三十代の今まで誰とも付き合ったことがない。だから未経験だ。そのせいで検査も痛みを伴うものだったのかもしれない。 (未経験の女性が子宮検診なんて相当ショックなんだろうな…) その心理的負担は男の自分には想像もつかない。本当に女性は大変だと思う。 「もうあんなのやだ。あんなこと誰ともしたくない」 健二さんは膝に顔をうずめながらボソボソと言っている。 あれ、これ、良くない感じ…。 「でもさ健二さんが誰かと付き合ったらいずれすると思うんだけど」 「やだ、したくない、あんなことするくらいなら誰とも付き合いたくない」 「そんな理由で一生独身を貫くなんて馬鹿馬鹿しい」 「馬鹿馬鹿しくてもいいよ。とにかく嫌だ」 なんだかよくわからないけど意固地になってしまっている。 Hしたくないなんて理由で一生独りでいるなんてすごくもったいないし、そんなの僕が嫌だ。 健二さんは幸せになってほしい。 誰かと結婚するのが幸せとは思わないけれど、寂しがり屋のこの人が一生独りなんて心配すぎる。 ただでさえ数学にしか興味持たず異性に興味持たないのに、こんな風に思ってはこの先彼氏も恋人も出来そうにない。 僕だって何時まで傍にいられるかわからない。 結婚しても今みたいに付き合っていたいが、遠慮しがちなこの人はすぐ距離を置こうとする。 僕に彼女がいるときも微妙に距離を置かれたし、遠慮された。 それがもどかしくて仕方なかった。 こんな家族みたいに付き合ってるのに、この人は自分が一人だと思っているのだろうか。 それがやるせなかった。 ふと、健二さん項垂れた首が見えた。女性らしい細くてキレイな首筋だった。 触りたくなって手を伸ばすと、ピクリと健二さんが反応した。手の平を首筋から頭へ移動し癖っ毛をくしゃりと撫でた。ふてくされた子供のような顔がこちらを向いた。 「僕さ、健二さんには幸せになって欲しいんだよね。だからそんな風に考えて欲しくない」 「・・・・・・・・・ 「検査がショックだったんだろうけど、Hと検査は違うよ?」 「・・・・・・・・・」 「好きな人とするのは気持ちいいよ?」 「・・・・・・・・・」 まあしたことないんだからわかんないか。 実は僕もすごく好きで好きでしょうがない人と寝た事は無い。 でも今までの彼女はそれなりに好きで満足していた。楽しかった。 Hなんて大層なことじゃないけど、あの臨場感は変えられない何かががある。 言葉だけじゃ足りないものを補える。 傍にいるだけじゃ足りないものを補える。 ゼロの距離、マイナスの距離、良くも悪くも人が一人じゃいられないことを思い知らされる。同時に一人だということも思い知らされる。けれど、錯覚も出来る。 そういう何もかもがないまぜになって、ちょっとだけ何かが分かって、気持ちいい。そういう行為だ。 僕は人肌のあたたかさを知った。 健二さんも人肌のあたたかさを知って欲しいと思う。 だから嫌いにならずに良さを知って欲しいけど健二さんには彼氏がいない。良さを知りたいからって健二さんが誰かと試すなんてもってのほかだ。そんなの僕が許さない。 じゃあ誰なら許す? 彼氏ならOK、だけどいない。 佐久間さんは友達でNG、二人とも嫌がりそうだし僕も嫌だ。 じゃあ、自分なら? ん?自分?何でそんなことを思いついたのか。 僕は健二さんの弟分で健二さんはお姉さんでお兄さんだ。恋人にしたいと思ったことはないはずだ。 でも、僕が健二さんに人肌のあたたかさを教える・・・。 それは悪くない考えのような気がした。 「ねぇ、健二さん。僕と付き合ってみない?」 「は…?」 「僕ならH上手いし、がっつく歳じゃないから優しくできるから」 「かずま…くん?」 「独身主義になる前に僕と付き合って試してからでも遅くないでしょ?」 「佳主馬くん何言ってるか分かってる?」 「わかってるよ、健二さんに僕と付き合あおう、恋人になろうって言ってる」 自分は今フリーで健二さんもフリーだ。 僕は健二さんが好きだし、健二さんも僕のことが好きだ。 それがお互い恋愛感情じゃなくて家族愛でも、対して違いは無いように思える。 恋人の最終形態は結婚して家族になることだ。 恋愛感情を飛び越えて家族愛を抱いてるのはそれを思えば都合がいいとも思える。 友情と恋愛感情の違いなんて、Hするかしないかくらいだ。 そして僕は簡単に健二さんに欲情できる。無問題だ。男なんてそんな生き物だし、もともと健二さんほっとけなくて可愛いと思ってるから楽勝だ。 健二さんはぺったんこだし、スレンダー通り越してガリガリだし、女にしては長身で初対面の人は大抵男か女か迷う。 けど僕は健二さんが女だと良く知ってる。この細い首は女の人のものだ。腕や脚は細いし掴んだら柔らかいのも知っている。筋肉も無いから男と違って抱きしめたら柔らかいはずだ。胸だって少しはあるのを知っている。 そんなことを考えたら、体が熱くなった。ホント男なんて単純だ。 こんな些細なきっかけで、今まで姉のように思ってた人を押し倒したくなるんだからどうしようもない。 でも何も悪いことじゃないから我慢することもないわけで。 あとはぐずぐず迷う健二さんを落とすだけ…。 とっておきの笑顔でじりじりと健二さんとの距離を詰めていく。 「えと…佳主馬くんて僕の事好きだったの…?」 「好きだよ、兄弟みたいな好きにだったけど、どっちでもいいし」 「どっちでもよくないと思うんだけど!」 「あんまり違いは無いから。Hするかしないかの違いだけ」 「それ大きい違いじゃない?」 「健二さんが思ってるほどHなんて大した事じゃないから」 健二さんは信じられないッて顔をしたまま固まっている。 本当にHなんて大したことない。 体の反応だけで出来るんだから大したことじゃない。 それよりもそれに至る過程と相手を想う気持ちのが全然大事だ。そしてそれなら僕は誰よりも健二さんを大事にしてると思う。 考えてみればこんなに大事にしてるのに何で付き合おうと思わなかったのかな… あの夏の日に家族と位置付けてしまったのが大きいと思う。 恋人になるきっかけが無かったんだ。 驚いてる健二さんが可愛くて、ちゅっと軽くキスをした。 見開いてた目を更に大きくしたので目が落ちてしまいそうだった。 「ね?試してみてよ…」 口をパクパクさせてる健二さんの口にカプリと噛みついた。 * * * 「嘘つき…」 「何が?」 「痛くしないって言ったのに…」 「最初は仕方ないよ。次は大丈夫」 「次なんかなくていい…」 「却下、僕がしたい」 「勝手なこと言わないで」 「でも嫌じゃなかったでしょ?」 「・・・・・・・・・」 正直、ひたすら恥ずかしかったけど、決して嫌じゃなかった。 流されやすい性格だし、佳主馬くん相手だったせいか驚くほど心理的抵抗は少なかった。 十年以上付き合いのある佳主馬くんは僕の恥ずかしいとこも駄目なとこも全部知られている。もともと恥ずかしいと思う方が少なくて、今回で全部無くなったんじゃないかと思うくらいだ。 でも佳主馬くんと恋人になりたいと思ったことなかった。いつの間にかしっかり者の弟に甘える駄目姉みたいな関係になってて、それが居心地良かったからそんなこと考えたことなかった。 それに大きな手のひらで優しく撫でられるのは心地よかった。 多分、時間をかけられてゆっくりしてくれたんだと思う。そのせいかそんな痛まなかったし、検査のときのようないたたまれなさはなかった。 一生独身でもいいと思ってたし、誰かと付き合ったことがないのを恥ずかしいと思ったことはなかった。 けれど今回の検査で経験者ならすんなり済んだことが上手くいかなくて痛くてちょっと辛かった。 だからいつもみたいに佳主馬くんに愚痴って慰めて欲しいだけだった。数学にうつつを抜かした結果独り身でいるかもしれないけど、本気で独身主義なんか貫くつもりはなかった。ちょっと甘えて言ってみただけだった。 それが何でこんなことになったんだか… 自分にしちゃ大目にビールを飲んでしまったこととか 『試してみない?』と軽く言われてちょっとだけ興味を持ってしまったとか 『弟』じゃなくて『男』の顔した佳主馬くんを見てちょっとときめいたとか そんなところが敗因だ。 でも佳主馬くんには内緒だ。絶対調子に乗る。 今だって上機嫌に人の髪をいじったり背中をなでたりしている。その顔はやけに甘ったるい。今までは『仕方ないなぁ』って苦笑気味の顔が多かった。 恋人相手にはこんな顔をするんだ… こんな顔で今まで通りに甘やかされるのなら悪くない。なら次回もあってもいいなんて思ってしまった。でも今はごめんだから 「アイスクリームが食べたい」 そんな我が侭を言って第二ラウンド突入を阻止することにした。 佳主馬くんは「わかった」と言ってとろりと笑った。 その顔がやけに甘くて顔が熱くて仕方なかった。 もうその顔反則だよ! END |
三十代になってからの遅咲きの二人もいいなーって思って。この佳主馬さん手早すぎですね。でも三十代だし、歳が歳だから勢いが大事なんだよ!ってことにしておこう。 2010.11.02改稿 |
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