秋の味覚


 秋の味覚が上田から届いたので、健二さんと一緒に食べることにした。

「健二さん、今日のごはんは豪華だよ。何だと思う?」
「えー、何だろ…万助さんの鯛とか?」
「ぶー、違います。もっと季節的なもの」
「じゃあ栗ごはん!」
「…栗ご飯も美味しいけど豪華じゃないでしょ」
「え?そぉ?十分ご馳走だと思うけどな…」

 健二さんは『美味しい』=『ご馳走』=『豪華』と思ってるらしい。
 豪華といえば金額的に高いものか滅多に手に入らないものと決まっている。
 それに秋と言えば栗以外にも有名なモノがあるだろう!
 ここまでヒントを与えてるのに何故分からないのか。食べ物に関する健二さんの想像力は貧困すぎると思う。
「何で思いつかないかな…ニオイで分からない?」
「ニオイ?…なんかいいニオイするけど…」
 健二さんはそのニオイの素を探るように鼻をくんくんさせた。
 台所で鼻をひくつかせてうろうろする様は犬みたいでちょっと面白い。
 くんくんしていた健二さんはある場所でピタリと止まった。
「ここからいいニオイがしてる…」
 健二さんはそう言って炊飯器を指さした。
「まだ気付かない?」
「いいニオイするけどこれが何なのか分からない」
 健二さんは「うーん」と腕を組んで悩んでいる。
(もしかして『気付かない』んじゃなくて『気付けない』のか?)
 これを食べた経験が無ければ有り得る話だ。それならいくら待っても答えは出そうにない。
 もったいぶらずに炊飯器の蓋を開けて答えを見せた。
「わぁ!いいニオイ!!」
 健二さんは目を輝かせてお釜の中を覗いた。茶色がかったご飯と油揚げ、そして細くスライスされたキノコが見えた。
 形は細長いマッシュルームみたいで、表面は茶色く中は白いキノコだ。このキノコから強い香りがしていた。
 秋の味覚で、キノコで、強い香りがするもの。となれば答えは一つだ。
「これ…もしかして松茸ご飯?」
「うん」
「すごい!僕食べるの初めてだ!!」
 健二さんは「すごい!すごい!」と連呼している。
「良い香りだねー…爽やかな柑橘系みたいな、でも土みたいな感じもする。美味しそうなな香りだねぇ」
 この独特な香りは表現が難しい。僕なんかは『松茸の香り』としか表しようがない。
 香りが気に入ったのか、健二さんはお釜から離れようとしない。ニコニコしながら鼻をひくつかせている。
「食べたらもっと美味しいよ。ほらお茶碗だして」
「うん」
 炊飯器から引き剥がし、僕はお釜の中をザックリ切るようにして混ぜる。
 またふわりと松茸の香りが広がった。
「松茸いっぱい入れてね」
「はいはい」
 差しだされたお茶碗を受け取り、言われた通りに健二さんの茶碗には多めによそった。次に一緒に作ったお吸い物もよそう。それだけじゃ足らないから、作ってあった肉炒めも盛り付けた。
 いつものように健二さんは盛られた料理を運び食卓を整えてくれた。
 最後の肉を運んで食事開始だ。


 ***


「うわー感動だなぁー本物の松茸だ〜」
 健二さんは箸をつけずに目をキラキラさせてお茶碗の中を覗いている。
「本物じゃない松茸って何さ」
「ほら、コンビニとかで売ってるインスタントの松茸汁とかあるじゃない。ふりかけとかも。ああいうのと全然違うね。すごく良い香り・・・」
「当たり前でしょ。早く食べなよ」
 香りを嗅いでるだけじゃなく写メまで撮り始めてまだ食べ始めない健二さんに苛立って、つい急かすようなことを言ってしまう。
 ごはんはゆっくり食べた方がいいと思うけどこのままでは冷めてしまう。
 急かされて、やっと健二さんは一口食べた。
 目を瞑りながらもぐもぐ口を動かして噛みしめるように味わっている。
 思う存分噛みしめてごっくんと飲みこんだら、目をパチリと開いてパァアアアアと笑った。
 余程美味しかったらしい。なんて分かりやすい人なんだ。
「おいしいッ!噛みしめると口の中で香りが広がってもっと美味しい!本物の松茸ってこんなシャキシャキしてるんだ…コンビニ弁当とかと全然違うッ」
「だから当たり前でしょ。これは上田名物の本物の国産松茸なんだから、そこらへんの外国産を使ったのとは味も香りも全然違うに決まってる」
「上田って松茸の産地なんだ?」
「うん、うちの山でも採れるらしいよ。万理子おばさんが送ってくれた」
「どんだけ広いんだよ陣内家」
「とりあえず、家の周りは全部うちみたいだよ」
「あー、そういや侘助さん山買い直したって言ってたよね」
「そうそう」

 米国から損害賠償をたっぷり頂いて、理一さん経由で日本の某組織にAIを売った侘助さんはそれなりにお金持ちになったそうだ。それを山につぎ込んだらしい。余計な心配だが相続が大変そうだ。

「あー、こんなに松茸ごはんが美味しいなんて知らなかったなぁ」
 小食な健二さんが珍しくお代わりをした。余程気に入ったらしい。
「良かった。慣れない人はこの香りが駄目な人もいるんだよ」
「そうなの?こんな良い香りなのにね。もったいない。僕この香り大好き」
「そういや健二さんてご飯のニオイ好きだよね」
「うん、特に炊きたてご飯のニオイ大好き」
 いつもお釜を開けてくんくんニオイを嗅いでいる。冷めちゃうから止めてって言っても絶対一度は蓋を開けてニオイを嗅いでいる。
 その顔がものすごく幸せそうでいつも不思議だった。
「何でそんなに好きなのさ」
「僕炊きたてご飯って食べた事なかったから、単純に珍しくて好きなんだ」
「は・・・?」
 炊きたてを食べた事がない、だと?
「家で食べた事ないの?」
「うん、うち時間がバラバラだったから、一食分のレトルトをチンして食べることがほとんどだった。小さい頃は三人揃ってたこともあるから食べたかもしれないけどもう覚えてない。だから佳主馬くんちで初めて炊きたてご飯の蓋を開けた時は感動したなぁ〜」
「・・・・・・健二さんが初めてうちに来た時、ご飯ばっか食べてた理由がよくわかったよ」
「いや〜炊きたてご飯があんなに美味しいとはね」
「上田でも食べてたでしょ」
「うん、美味しかった。ただ炊きたてというよりお米とお水が美味しいからだと思ってた。同じ東京でも炊けばこんなに美味しかったんだね」
「自分でも炊けばいいのに」
「うち炊飯器ないもん」
「そうだった…」
 そのくらい、この人は家でご飯を作って食べるということに興味が無い。家で食べる経験が無さ過ぎて、ご飯を炊くという発想すらないようだ。
 もう慣れたと思ったけれど、健二さんちの食事情を聞くといつも寒々しくなる。
 そんな冷えた家庭でよくまぁこんなのほほんとした人が育ったもんだ。
 いつも不思議に思う。 
 こんなときいつも健二さんの親達に何か言いたくなるけれど、本人が拘りないようなのに僕が何か言うことじゃない。だから言えない分、いつでも胸に重苦しい何かが残る。
 その重苦しい何かを吐き出すように、反対なことを言うことにした。

「これからは毎年食べれるよ」
「・・・来年も佳主馬くんが作ってくれるの?」
「夏希ねぇが帰ってこないならそうなるね」
 夏希ねぇの留学は二年間、しかもあっちで研修とかするともう少し長くいるかもしれないと言っていた。
 佐久間さんも数年かかると言っていた。でもあの人もご飯は作らない。
 だったら僕がこの人の世話を焼くしかない。
 どうせ毎年松茸が送られてくるのだから、松茸ご飯をご馳走するくらい簡単だ。
「夏希ねぇが帰ってくるまで、毎年僕が作ってあげる」
 世話をするうちに、僕はこの人にさみしいご飯は食べさせない!という妙な責任感を抱くようになっていた。
 もう炊きたてご飯を珍しいなんて言わせない。
 そんな僕の決意を知らない健二さんは不思議そうにパチパチと目を瞬かせた。
「そっかぁ・・・毎年食べれるんだ」
「うん」
 健二さんはふんわりと笑って「嬉しいなぁ」と言いながらご飯を食べ続けた。
 その美味しそうな顔を見れば、僕も満足だった。




END


松茸ご飯美味しいですよねー。万理子さんはハヤテに松茸探しのスキルを仕込んでるに違いない。真田忍軍の忍犬なんだよ!(大嘘)

2010.11.01
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