二八そば |
今日の夕食は蕎麦だ。何故なら、一人暮らしの大学生に相手に何考えてるの?って量の生蕎麦がが上田から届いたせいだ。 同封してあった手紙には万理子叔母さんから「小磯くん達と食べてね」と書かれていた。本当は自分より健二さんへ食べさせたいんだろう。でも健二さんは料理をしないので、僕のところへ送り、健二さんに作ってやれと言われてるような気がした。 だって僕が東京に来るまでは、生ものは送られてこなかったと健二さんが言っていたので、絶対そうに違いない。 僕が東京へ大学進学してから数ヶ月、こんな贈り物が月に一度か二度届く。全て『小磯くんと食べてね』とか『健二くんとと分けてね』と手紙が添えられていた。 皆、健二さんに何かしたくてたまらないのだ。 去年から夏希ねぇがアメリカに留学してしまい、遠距離恋愛になり、一人残された健二さんを皆が心配していた。『寂しいのは仕方ないけれど、とりあえずお腹を空かせないように!』と思うところが陣内家らしい。皆なにかしら理由をつけて食べ物を送ってくる。 届いた品々は有りがたく受け取り、健二さんと二人で消費させてもらっている。 でもちょっと困ることもある。 うちに来た健二さんは、直径30pの皿に山のように盛られた蕎麦を見て唖然とした。 「あのさ、なんか多すぎない…?」 「うん、4人前だから」 「4人前!何でまた…」 「生蕎麦のくせして8人前も送られて来たんだよ。しかも二種類!」 「計16人前か…食べきるの大変だね」 上田からの食材の差し入れは嬉しいが、量が多すぎるのが困りものだ。美味しいうちに食べたいと思うから尚更困る。体育会系が多い陣内家は多めに送るくせがついてるようだ。 でも去年まではそれでも良かった。 「佐久間がいればあっという間なんだけどねー…」 「あの人燃費悪いから」 実は佐久間さんも今年の4月から仕事で関西へ行ってしまった。 佐久間さんは学生のときからバイトし続けていたOZへ就職した。キャリアがキャリアなので新入社員という扱いじゃなく、即実働メンバーに組み込まれたらしい。なんでもあちらで大規模なプロジェクトに関わるらしく、あと一年は戻らないそうだ。 佐久間さんとも遊べると思ってた僕はがっかりしたし、長年親友やってた健二さんは寂しくて仕方ないようだ。因みに健二さんは大学の院生となって、相変わらず数学漬けの毎日だ。 男三人なら4人前の蕎麦なんか軽くぺろりと食べられる。でも2人で4人前は少々多い。蕎麦だけじゃ物足らないので肉野菜炒めもあるから結構な分量だ。 「当分蕎麦三昧なのは覚悟して。食べきれなかったら持って帰って明日の朝食べなよ」 「うん、そうさせてもらう」 本当なら生のまま渡したいけれど、健二さんは絶対茹でずに腐らせる。だったら伸びてもいいから出来あがったのを渡した方がいい。健二さんは伸びてても平気で食べるから問題ない。 「おいしそうだね!」 山盛りの蕎麦を見て健二さんはニコニコと笑っている。食べ物を前にするついつもこんな笑顔だ。皆が健二さんに食べ物を送りたくなる気持ちがよくわかる。 「食べよ」 「うん」 「「頂きます」」 ズズズ…ズッ!…ズズズ…ズッ! これが僕の蕎麦を食べる音。 ザプ、ズズザッ、…ごっくん これが健二さんの蕎麦を食べる音。 健二さんは蕎麦をざぷっと麺つゆに入れて一回すすると、その後はつるっと吸って噛んで飲みこむ。あまり蕎麦をすすらない。 「もしかして、健二さんて蕎麦すするの苦手?」 「あ、うん。そうかも…。あんまり家じゃ蕎麦食べなかったしね」 「ふーん」 そう言えば、健二さんは小さい頃から一人でご飯を食べることが多かったと言っていた。作り置きのご飯なら、伸びてしまう蕎麦とかは無かったのかもしれない。 「佳主馬くんはお蕎麦食べるの上手だよね。気持ちいい音だしてる」 「信州の名産だから食べ慣れてるだけだよ。二八だから食べやすいし」 「にはち?」 「蕎麦の種類。これは二八っていうの。小麦粉対蕎麦粉の割合が2:8だから『二八そば』」 「そうなんだ。2:8で、ニハチかぁ。てっきり28かと思っちゃった」 「何で?」 「完全数だから」 完全数…確か約数を足して和がその数と等しい数字だったっけ? 「6とかの完全数?」 「そう、それ!」 「何でさ。蕎麦と全然関係ないと思うんだけど」 「だってすごく美味しいから、工程が28あるとか、蕎麦の美味しさに感動した人が『これは美しい完全数のような美味しさだ!』とか考えてつけたのかなーって…」 「穿ち過ぎ。数学者が二八そばを考案したらそうなったかもしれないけどね」 「そーだよねー」 健二さんはよく数字で妄想する。もう慣れたけどかなり突拍子もないことを言う時がある。今回なんか普通なほう。面白いからいいけど。 「は単純に名前つけること多いよね。蕎麦粉100%が『田舎そば』とか『十割そば』って言うよ。それも8人前あるから明日食べよう」 「へー楽しみ。どんな蕎麦?」 「これよりも太くて黒い色の蕎麦だよ」 「あ、それ食べたことあるかも。上田の家で」 「あっちは太い蕎麦が多いから。鍋に入れるにはいいけど」 「蕎麦を鍋に入れるの?」 「うん、鍋焼きそば食べたことない?」 「ない」 「じゃ、明日作る」 「うん!」 ご飯の話になるとホントニコニコする。これだから健二さんの世話は止められない。 あの夏から健二さんは陣内家のヒーローだ。 数学以外は情けないとこのある人だけれど、優しくて思慮深い健二さんは皆に好かれた。 僕も例外ではない。自分でも珍しいと思うくらいこの人には懐いた。最初は憧れて、次に情けないとこを見てはガッカリし、次にほっとけないと思うようになった。僕の中で健二さんは尊敬と憧れの存在から、ほっとけない世話のかかるお兄さんに落ち着いた。今では兄弟のような親友の関係だ。 といっても健二さんは東京に住んでいたし、傍には大親友の佐久間さんと彼女の夏希ねぇがいたから、僕が健二さんの世話を焼いたことなんかほとんどない。上田の家にいたときくらいだ。あの家では健二さんと兄弟みたいに過ごすことが出来た。 でも今年から東京に来て頻繁に会える環境になった。東京での新生活は佐久間さんや夏希ねぇがいなくてがっかりしたけれど、こうして健二さんと頻繁に食事が出来るのは結構嬉しい。 二人がいない分、この人が寂しくないように週に一二度の割合で食事をするようにしている。案外世話好きな自分は、東京に来てから妹を構えない分、健二さんの世話をやくのが結構楽しいのだ。 とりあえず、明日は鍋焼きそばにしよう。 END |
これは「健二さんにご飯を食べさせよう!」がテーマな連作です。気が向いたらちょこちょこ増えます。カズケンになる予定はありません。でもなるかもしれません。基本、兄弟みたいな二人が書きたいです。佐久間は痩せの大食いだと勝手に思ってます。 冬の上田で食べた鍋焼きそばは美味かったなー・・・。 2010.4.25 |
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