凡人も天才も異星人も
「そこで正拳突き!」
「は・はいぃぃっ・・・!」

 カタカタカタッ! 健二は勢い良く返事し必死になってコマンドを叩き込んだ!
 が3秒後には、画面には『YOU LOSE』の無情な文字が・・・

「健二さんコマンド打つの遅すぎ」
「は、はい・・・」

 佳主馬に言われて項垂れる健二だった。
 せっかくあのOMCの不動のチャンピオン・キングカズマと知り合うことが出来たので、健二はOMCについて佳主馬に色々質問していた。そして自分がOMC順位は下から数えた方が早いと告白し、どうすれば上達するかなぁと零したら「じゃあ僕が教えてあげようか?」と言ってくれたのだ。
 そこで恐れ多くもキングによるOMC教室が開かれたのだが・・・ 

「健二よわっちいぞ」
「負け負け〜」
「弱っちいぞ〜」
 
 と、自分の弱さを曝け出し陣内家のギャングどもにも囃したてられる始末だ。

「このアバターだったら軽くて鋭い武器を持たせて、早く動いて隙を作り攻撃するほうが向いてると思う。でも肝心の健二さんのコマンド入力が遅すぎる」
「おっしゃる通りで・・・」
「アクセサリーで強化するといってもこのサイズだと付けられる装備の種類も少ないしね。武器もそんな重いのは持たせられない。もっとOMC向けのアバターに替えたほうが楽だよ」
「でもそれは嫌なんだよね・・・」

 どう見てもOMCに向いてないリスアバターだが、あの事件を乗り越える時に使っていたので思い出もあるし、このぶさかわいさに愛着が沸いてしまったので替えたくないのだ。
 となると早く動けるようになるしかないわけで・・・

「ねぇ、佳主馬くんてキングで戦ってるときって何考えてる?」
「考えてること?」
「えと、キングの動きってすごく早いから一体どういうふうにすればあんな風に動けるのかなーって」

 キングの動きはとてもキレイだ。
 流れるように移動し、一瞬でばねの様にジャンプし、鋭い攻撃をくりだす。
 どうやったらあんな動きが出来るのか・・・

「何も考えてない」
「え?」
「考えてたら動けない。考えなくて反射で動く」
「え、でも考えないとあんなふうな複雑な動きできないでしょ?」
「健二さん喧嘩弱いでしょ」
「う、その通りだけど…」
「相手が自分を殴ろうと拳を振りかぶってる時に『殴られそうだから体を半身ずらして攻撃を流し体勢が崩れたトコに肘をいれよう』なんて考えてたら実行する前に殴られてる」
「確かに…」
「そういうシュミレーションを考えるのは訓練のとき。僕の場合は少林寺拳法の修練をするとき相手がいることを想定して体を動かす。その時にコマンドも一緒に打つようイメージトレーニングしてる。体の動きとコマンドが同時に出るようにするの。それが体に染み込めばほぼ反射で動けるようになる」
「じゃあ普段からの訓練の賜物なんだね…」
「そういうこと」
「さいですか・・」

 無心で動くなんて武道家の無の境地のようなものだろうか?
 天性の才能を弛まぬ努力で磨いてキングカズマが構成されているのは確からしい。
 秘訣なんてものは存在しない。やはり努力しかないのか…。

「僕も聞いてみたかったんだけど」
「なに?」
「健二さんの頭の中ってどうなってんの?」
「え・・・どうなってるって普通だと思うけど・・・」

 見たことはないが、オガクズが詰まってるわけではない、はず。

「夏希姉ちゃんから聞いたけど、生まれた日の曜日も暗算ですぐ出るんだって?」
「あれはツェラーの公式という曜日を求める公式があるからそれに当てはめだけだよ」
「具体的に言って」
「えーと、誕生年の千と百の連続数=J、下二桁年=K、月=m、日=q、求めたい曜日=hとする」
「うん」
「夏希先輩の誕生日が1992年7月19日だからあてはめるとJ=19, K=92, m=7, q=19になるでしょ」
「うん」
「それをツェラーの公式 h={q+(m+1)26/10)}+K+(K/4)+(J/4)-2J mod7 に当てはめて計算するの」
「なっがい公式・・・」
「えーと、まず h={q+(m+1)26/10)}+K+(K/4)+(J/4)-2J にさっきのを当てはめて
 =19+8*26/10+92+92/4+19/4-2*19 だから計算すると
 =19+20+92+23+4-38 で
 =120 だよね」

 『だよね』と言われても計算の速さについていけるはずもなく相槌を打つしかない。

「でmod7で、あmodってモジュロ演算といって剰余演算で余りを求める演算子のことね。120の7の余りはh=120-19*7=1だよね。そして1=日、2=月、3=火、4=水、5=木、6=金、0=土曜日だから夏希先輩の誕生日は日曜日と分るんだ」
「・・・・・」

 さも簡単そうに説明するが、いくら公式を知っていても常人では紙に書いて計算しないと解けそうにはない。暗算などもってのほかだ。

「計算の仕方は分った。でもそんな長い計算をどうやったらパッと暗算でできるようになったの?何か訓練でもした?」
「特に訓練はしてないよ」
「全く?」
「うん、もともと数字が好きで暗算するのが好きだったから慣れだと思うんだけど・・・」
「11×11=121とかそういう計算結果を幾通りも暗記してるから途中計算が速いってこと?」
「それもあると思うけど、計算するって意識したことないなぁ」
「?じゃあどう意識してるの?」
「えーと、まず数字を頭に思い浮かべて」
「うん」
「それに当てはめる公式を思い浮かべて」
「うん」
「そうすると答えが出てくる」
「うん・・・、ってそれ途中すっとばしすぎ」
「でも1+1=2ってパッと思い浮かぶでしょ?それと同じ感覚なんだよ…ね」

 詳しく聞くと、頭の中にディスプレイみたいなものがあってそこに見た数字が表示され、公式や規則がわかり当てはめると数字がザーッと流れて答えの数字が出てくるらしい。桁数が多いと表示されるのに時間はかかるが基本は同じだという。

「それ、普通じゃないから。慣れでも、訓練して出来るレベルでもないと思う」
「え、そっかなぁ・・」
「それでどうしてコマンド入力があんなに遅いのかが不思議」
「う、ちゃんとコマンドは記憶してるんだけど・・・」
「頭の反応に比べて体の反応が遅すぎるんだね。足して2で割ったら丁度いいのに」
「ううう・・・」
「今度一緒に少林寺の型練習してみる?横でコマンド唱えてあげるから体に覚えさせなよ」
「はい・・・」


 * * * * *


 二人のやり取りは離れたとこで見ていた陣内家の面々にも聞こえていた。

「あの二人って肉体派と頭脳派でイイコンビかもね」
「うちの佳主馬も普通じゃないと思ってたけど、健二くんと比べると普通にみえるから不思議よねぇ」
「あはは、言えてる。パッと見じゃ健二くんのが普通に見えるんだけどね」
「なぁ侘助、健二くんのあの能力ってやっぱ特別なんだよな?」

 あの事件のドサクサで深く考えずにいたが健二のあの能力は特異なものだろう。
 この陣内家で一番健二と近い頭脳を持っていると思われる侘助ならそれがどれほど特異なものか分かるだろうか。

「当たり前だろうが。2056桁の暗号を一晩で解くなんて俺でもパソコンがあれば出来るか出来ないか微妙なとこだぜ。手計算でなんざまず無理」
「へぇ」
「計算が速いだけのヤツなら結構いるが、2056桁の暗号の規則性を即座に見つけて解く閃きまで持ってるヤツなんざ聞いたことねーよ」
「しかも最後は数分で解いてたしねぇ」
「桁数は少なかったらしいけど暗算してたよね」
「いわゆる天才ってヤツか?」
「ふん、そんなレベルじゃねーよ」

 わかっちゃいねーなぁと言わんばかりの馬鹿にした口調で侘助が言った。

「天才ってんなら俺や佳主馬程度、アイツは異星人ってレベルだろうよ」

 天才なら各国結構いる。
 が、それを超える異星人ということは地球規模で稀な才能の持ち主ってことか・・・?

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・そんなふうには見えないけどねぇ」

 万里子の声が皆の心中を代表して言った。
 そんな皆の戸惑いも知らず、視線の先には(異星人レベルらしい)頭脳派と(天才レベルらしい)肉体派が仲良くじゃれていた。

「ま、どんだけ特異な能力持っててもああしてると普通の子よね」
「普通の男の子よりちょーっと頼りないくらいだし?」
「あの特技はああいう時でない限り役に立たないもんねぇ」
「言えてるー」
「それよりかあの気難しい佳主馬が懐いてるほうが驚きよ」
「あのふんわりとした雰囲気に毒気抜かれるのよね。癒し系ってやつ?」
「そのせいかしら、うちの子供達もよく懐いてるのよね。よく遊んでくれて助かるわー」
「佳主馬も健二くんの言うことなら素直に聞くのよねー。そっちのが計算力よりよっぽど助かるわ」
「確かにー」
「言えてるー」

 あはははーと笑い飛ばされてしまった。どんなに希有な能力でも陣内家の女性陣にとっては意味ないらしい。

「・・・うちの女どもは図太てぇな」
「母は強しだよ」
「そこがいいとこなんだろ?」
「まあな」

 凡人も天才も宇宙人もひとまとめで”うちの子”と言って受け入れてしまえる。
 そんな大家族ならではの懐の広さが陣内家の良さでもあるし、捻くれた自分には物足りなかった。
 しかし健二や佳主馬ほど突出した才能を持った子供たちが育つには良い環境なのだろう。ほどよく干渉され、ほどよく放置される。天才にありがちな周囲の環境によって才能を押し潰されることもなく、のびのびと成長することが出来そうだ。
 健二はこの家の子というわけではないが、一緒にこの家を守った今はもう家族も同然だ。これから先あの能力が問題になり葛藤することもあるだろう。そんな時、自分を特別扱いせず、普通に接し、受け入れてくれる家族がいるというのは心の支えになるに違いない。

 自分だけの特別を欲しがった自分では理解できなかったこの家が持つ包容力。
 その良さにこの歳になって気付くなんてな。
 苦笑するしかない侘助だった。

 



(終)




 オマケ

「あ、佳主馬くんの生まれた曜日も出してみようか?」
「もう知ってる。日曜日だって聞いた」
「あ、そう・・」
「何?計算したかった?」
「そうじゃなくて・・佳主馬くんの誕生日知りたかったなぁ、なんて」
「え?」
「改めて聞くのも何か恥ずかしかったしさ」
 えへへ、と健二は照れ臭そうに笑った。
「・・・お兄さんの誕生日教えてくれたら教えてあげてもいいよ」
「う、うん!」
 なんかモジモジしていた二人がいたそうな。


健二と佳主馬の共通項は『普通じゃない』ことですよねー。でもどれくらい普通じゃないのか?
調べたら健二さんのあの暗号解読能力はあり得ないらしい。でも映画上有り得たので『有り』として考えると健二さんの能力は人外の異星人レベルということで私の中で落ち着きました。
管理人は体育会系ですので公式関係はチンプンカンプンです。ウィキ先生にお世話になりました。理系の方から見て書き方が変でも大目に見てやってくれると嬉しいっす…。

2009.10.12
× 展示目次へ戻る ×