「時任、誕生日」
「ん、なに久保ちゃん?」
《常温ラバァ》
9月8日、午前0時ジャスト。
日中ほどクーラーのいらなくなった夜は、窓を開けて部屋に風を入れる。
明日は月曜で学校があるから、夏休み気分から抜け出そうと早めに(それでも日付変わってるけど)ベッドに入り、窓をすかそうかなって手を伸ばした時。
ベッドの上、膝立ちで窓に向いてた俺の後ろから久保ちゃんが覆いかぶさってきた。
冷え症の両手が、ランニング一枚着たきりの肩にペタリとくっついて、なんか変な感じになる。
「だからね、誕生日。今日はもう8日っしょ?」
「あ、ホントだ!やっと追いついた」
「うん、おめでとう。これでまた同い年」
お祝しなくちゃねって無駄にイイ声で耳元に囁いて、久保ちゃんは俺を抱きしめたまま後ろに引き寄せた。
しっかり抱きこまれてるから簡単に倒れた身体は、背後であぐらをかいてた久保ちゃんの上にすとんと落ちる。
子供みたいにそんなとこへ座らされるのは恥ずかしくて、ちょっと嫌だけど…なんとなく、まあいいかって今日は思う。
力を抜いて久保ちゃんの肩に頭を預けると、捕まえてた腕は腹の辺りに下りてきた。
緩く組まれた長い指が、顔を見なくても久保ちゃんのだってちゃんと解かる。
来年まで、その先までもずっと見慣れてる指だと思う。
「なぁ、なにくれる?」
「なんにしよっか、なにが欲しい?」
「んー…」
ブラインドの向こう、細く開いた窓の隙間から遠く車の音やサイレンが流れてくる。
9月になった途端、色を変えたように雰囲気の変わった夜風も忍び込んできて、俺の足とか肩に当たって散っていく。
ずっとこうしてたら、体温は少しずつ奪われてくんだろうか。
でも、絶対に0にはなれない気がする。
「なんでもいいよ?言ってみな」
「なんでもたってなぁ、んー…」
夜風の雰囲気は変わっても、匂いだけはどの季節も変わらない。
いつだって傍を漂う、セッタの香り。
温度を分けてくる、広い胸。
俺はこれさえあれば、他の何がなくたって平気なんじゃないかってたまに思う。
そりゃ、現実にはそうもいかないんだろうけど。
「んー」
「もうしばらく考える?」
「うん、もうちょい。この前CMで見たゲームか、新しいスニーカーかなって思うんだけどさ」
密着した体温を背中で感じながらぼんやりしてたら、久保ちゃんに投げだしてた手を取られた。
両手首をそれぞれに握られて、なんだろうと上を向く。
電灯の逆光で少し見えにくい久保ちゃんは、薄く目を開けていつもどおり微笑んでた。
「ふぅん…じゃあ、考えてていいよ」
「おう、って、ん…っ」
貰えるプレゼントの厳選にかかろうと、下ろしかけた視線を捕らわれる。
考えるもなにも、こんだけめちゃくちゃなキスをされて平然としていられる奴なんているもんか。
「やっ…あ、う・・・っ」
逃げたくても舌が絡まって、ワケわかんなくて無理。
野郎め、このために人の手を掴んでたのか。
首がのけぞり過ぎて痛い、息苦しい、何度も何度も角度変わって食われてるみたいで、あーもう………ちょっと気持ちいい。
「んっ、くぼちゃ…っ!」
「決まった?」
溢れてほっぺたにまで流れた唾液を舐めて、久保ちゃんは微笑う。
肩で息する俺はすぐに答えられず、その合間にどんどん首とか背中にもキスされた。
それがくすぐったいのなんのって、怒ってやろうと思うのについつい笑っちまう。
「きまって、ねーって!ったく、酸欠んなるっつーのっ」
「ありゃ、仕方ないやね。ならもう少し考えよっか?」
「すっげぇ嬉しそう…」
またあんなキスされたら堪らないってのに、久保ちゃんはニヤニヤって擬音でもついてそうなくらいの笑顔で俺の手を離して、もう一度肩に腕を回してきた。
「お前が生まれた日だからね」
「あーそー…」
なんつー顔だ、色男。
んなもん見せられたら、新作ゲームとスニーカーは、とりあえずまた今度。
「それよかさ、最近、夜は涼し過ぎだと思わねー?」
「そんな気もするね」
「だから、さ」
誕生日って、こんな日だったっけ?
明日も学校で、体育だってあんのにさ。
「………して」
久保ちゃんの腕の中、ごそごそと振り向いてその背中に俺も手を回した。
合わさった胸が、うるさい。
数日前の久保ちゃんの誕生日に、ベランダで感じたのと同じ。
どくどく鳴る心臓が、嬉しいって好きだって喚いてる。
近すぎる眼差しに、めまいがしそう。
「つーか、誕生日なんだから、しろ!……で、合ってんのかな、えっと」
あれ、確かこいつの誕生日もこんなんじゃなかったっけ?
誕生日って、こういうもんだっけ?
明日は学校で、体育もあって、遅刻もできなくて。
それでもこうして触れていたい、そういう日?
もしかしたら、いつもと変わんない気もするけど。
「時任」
「ん」
「誕生日、おめでとう──」
ま、いっか。
「…ありがと」
9月8日、午前0時ジャスト。
ブラインドの向こう、細く開いた窓の隙間から遠く車の音やサイレンが流れてくる。
9月になった途端、色を変えたように雰囲気の変わった夜風も忍び込んできて、俺の足とか肩に当たって散っていく。
ずっとこうしてたら、体温は少しずつ奪われてくんだろうか。
でも、絶対に0にはなれない気がする。
特別な今日も相変わらず大好きなキミとなら、この熱は果て知らずに高まるばかりだ。
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時任、お誕生日おめでとう!
多分、新しいゲームもスニーカーも久保ちゃんは用意してると思います。学校は遅刻しそうです。
今年も参加できて嬉しいです、久保時万歳!
犬´様、本当に素敵なお祭りありがとうございました!