久保時生誕祭2008 投稿作品


[33] 時任おめでとー!  
■由貴 [HOME]  投稿日:2008/09/08 (Mon) 20:30    
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sleepless


誕生日の前日。

久保ちゃんとケンカをした。


最近バイトばっかりでほとんど家にいない久保ちゃんを気遣ったつもりで、「少しは家にいろよ」と言った。
しかしその口調は自分が思っていた以上にきつく、“お願い”というよりはむしろ“命令”に近くて。
きっと知らぬ間に俺の中の孤独感や嫉妬心がドロドロに溶けあって、爆発してしまった結果だったのだろう。

久保ちゃんは少し笑って、手元の煙草を見つめながら言った。


『お前のためにやってるんだけどね』


その一言にカチンときた俺は、『頼んでねぇよ!!』と怒鳴り散らした。

久保ちゃんはまた笑った。
あの時はすっかり頭に血が昇っていて何も判断できなかったけれど、あの久保ちゃんは笑っていながら相当キレていた。
雰囲気だけで分かる。息のつまるような重たい空気。
俺は気の済むまでありったけの罵声を浴びせると、リビングを飛び出した。

それ以来俺たちは一切口を利いていない。


そして、とうとう夜になった。


俺は暗いリビングでいつものようにゲームをしている。
久保ちゃんはきっと部屋で寝る準備でもしているのだろう。

こんな夜に限って、久保ちゃんはバイトに行かなかった。
いや、元々空けておいてくれていたのだ。『一緒に誕生日を過ごせるように』と。

久保ちゃんが最近忙しいのは、俺の誕生日プレゼントを買うために金が必要だから―――だということには薄々気づいていた。
俺は一応狙われている身だから一人で外出するのは危ない、と言って久保ちゃんが俺の分まで働いて、不自由ないほどの生活を送らせてくれている。
その負担はきっと俺が思っている以上に重いのだろうけど、久保ちゃんは不満一つ洩らさないから、俺はついつい甘えてしまっていたんだと思う。

久保ちゃんがいないのは夜だけなのに、俺は『少しは家にいろ』と言ってしまった。
あそこで『無理すんな』とかやさしい言葉をかけていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
久保ちゃんも優しく笑って、『大丈夫だよ』と抱き締めてくれていたかもしれない。
そして今頃はきっと――――


俺ははっと手元に落ちていた視線を上げた。
知らぬ間に物思いにふけってしまっていたらしい。
テレビ画面には『GAME OVER』の文字が大きく浮かんでいて、俺は腹いせに握っていたコントローラーを思い切り床に叩きつけた。
俺が悪いのか、と一瞬でも思ってしまったことが無性に腹立たしかった。

やつあたりでも何でもいい。
ただ、弱気な自分が許せなかった。

「・・・・・・くそっ・・・・・・」

こんなことをして何の意味があるのだろう。
このまま意地を張り続けたら、明日は一体どうなってしまっているのだろう。

考えるだけでむしゃくしゃした。
俺は乱暴にゲームのスイッチを切り、側にあった毛布を引っ掴んでソファに寝転がった。

一人寝なんて、初めてだった。

あれからどのくらい経ったのだろう。

眠っていたのか起きていたのか、今目を閉じているのか開けているのかさえ分からない。
俺はぼんやりと、点々と光の点ったベランダの外を見つめながら毛布にくるまっていた。


久保ちゃん、もう寝たのかな。


外の世界こそわずかながらに明るいが、部屋の中は暗闇と静寂に寂びかえっていた。
きっと今頃、柔らかいベッドの上で温かい布団にくるまれて夢でも見ているのだろう。


俺の誕生日も忘れて。


「・・・・・くぼちゃん・・・・・」


誕生日に欲しいものはいっぱいあった。
指を折って次々と欲しいものを口にする俺を見て、久保ちゃんはずっと苦笑していた。
そしてどこからか紙とペンを取り出すと、『もう一回言って?』と真剣に聞こうとしてきたから、俺は焦って『冗談だって!』と取り消した。

一番に欲しいものは照れ臭くて言えなかったけれど、ホントは久保ちゃんがくれるものなら何だってよかった。


だって、久保ちゃんそのものが俺の大好きな宝物だったから。


「・・・・・ちゃ・・・・くぼ、ちゃっ・・・・・」


ぽたぽた・・・と目から溢れた水が頬を伝い、切なくソファの革に弾かれた。
呼びなれたはずの名前を口に出すことさえ、寂しさを募らせていくばかりで。
こんな強がりで弱くて泣き虫な俺を受け止めてくれるのは久保ちゃんだけだって分かっていたのに。


俺、何であんな最低なことを言っちゃったんだろう。


つい2週間前、久保ちゃんの誕生日があった。
そのたった一日のために俺は『危ないから』と止める久保ちゃんを必死に説得して、ただ久保ちゃんのことだけを思ってしばらくの間バイトをした。
早起きが苦手な俺には一言では言い表せないほど辛くて、久保ちゃんも何度も心配してくれた。
でも俺は久保ちゃんが生まれてきてくれたその日を、自分ができる限りの力で祝いたかった。
そして久保ちゃんの笑顔を思うと、辛さも何も感じなくなった。

それと何が違うというのだろうか。

久保ちゃんは俺の誕生日を祝うために毎晩バイトに行っていた。


それに嘘偽りはないのに。

「・・・・っく・・・う、くっ・・・・」

久保ちゃんは許してくれるだろうか。
それとも“誕生日だから仲直りするっていうのは虫がよすぎる”と言って更に嫌われてしまうのだろうか。


怖い・・・・・・・


一人で過ごす夜も、

誰にも祝われることなく迎える誕生日も、

久保ちゃんに嫌われることも、

久保ちゃんのいない世界も、


全部怖いよ・・・・・久保ちゃん・・・・・・

俺は誰もいないリビングで、一人声を殺して泣き続けた。
温かくもない毛布に包まれて、最低なこの自分を抱き締めてくれるのは自身の腕しかなかった。


俺はたった一言、久保ちゃんに『おめでとう』って言って欲しかった。
本当は他に望みなんてなかった。


久保ちゃんが、


俺は久保ちゃんが欲しい。

結局それさえ言えないまま、俺は誕生日を迎えることになった。


「・・・・っはあ・・・ひっく・・・・ひぐ・・・・・」

呼吸が荒い。心はこんなに苦しんでいるのに、身体はそれでも生きようとしている。

すると自分の嗚咽しか聞こえなかっただだっ広い空間に、ふとこちらへと向かってくる足音を聞いた気がした。

久保ちゃん、起きてたんだ・・・・・。

今すぐにでも久保ちゃんに謝りたかった。
俺の横を無言で通り過ぎようとする久保ちゃんを捕まえて、一言で謝ってしまいたかった。

でも俺はさらに毛布の中で身を縮めるだけ。
泣いているのがばれないように、“俺は悪くない”と平然を装うように。


寝室のドアが開いて、足音はリビングへと入ってきた。
そしてそれは静かに俺の寝転がっているソファへと近づいてくる。
キシキシとフローリングが軋む度、俺は恐怖としか例えようのない緊張に身を固くしていった。
殴られたらどうしようとか、「出て行って」と言われたらどうしようとか、そんな不安が血液と一緒に身体中を循環しはじめる。

やがてその足音はぴたりと俺の枕元で止まった。

そして暗闇から手が伸びてきて、それは切ないくらいに優しく俺の髪に触れた。

「お誕生日おめでとう、時任」

夢だと錯覚させないほど近くから聞こえた声に、俺は震える瞼を持ち上げる。


久保ちゃんが『おめでとう』って言ってくれた。


――――ただその昨日までは当たり前だと思っていたことが無性に嬉しくて。

恐々と差し出される俺の両腕に、久保ちゃんは優しく抱かれてくれた。


久保ちゃんだ・・・・・・


俺の大好きな久保ちゃんだ・・・・・

「ごめっ・・・・・くぼちゃ、ごめ・・・・・」


言葉なんて出ない。嗚咽が止まらなくて息が苦しい。
久保ちゃんは涙でぐしょぐしょになった俺の頬を何度も何度も撫でて、静かな声で言った。

「俺の方こそごめんね・・・・・折角の誕生日なのにこんな寂しい思いさせちゃって」
「・・・・・っちゃは、悪くないっ・・・・・俺が・・・・俺が、わがままだから・・・・・」
「わがままじゃないよ。“俺を必要としてくれてる”・・・ただそれだけ」

久保ちゃんの大きな掌が背中を擦ってくれる。
それだけでさっきまで胸の中をざわめかせていたものが収まってきて、俺は一つ息を漏らした。
温かい、久保ちゃんの体温。
これが“幸せ”なんだって、贅沢者の俺はその時やっと気づいた。

久保ちゃんが側にいないだけで、あんなに夜が寂しくなることを不思議に思ってしまった俺はもう――――


「くぼちゃん・・・・ありがと・・・・・」
「うん、どういたしまして」
「・・・・・・っく・・・・りがと・・・ひ、くっ・・・・」
「泣くなよ、折角の綺麗な顔がくしゃくしゃ」

とめどなく流れる涙を、真新しいシャツの袖が吸っていく。
濡れきった顔も首筋もパジャマも全てが冷たくて。

でも、なぜか温かかった。

「昼になったら大きなケーキ買いに行って、今晩は美味しいご飯食べようね」
「・・・・・うん・・・・・」
「・・・・あ、あとこれプレゼント」

はい、と枕元に置かれた大きな包みを渡される。
俺はそれをぎゅっと抱き締めて、久保ちゃんの胸にもたれかかった。

「向こうで空けてもいい・・・?」
「うん」
「・・・・・これ、重い・・・・・」
「だってお前の喜んでる顔、たくさん見たかったから」
「・・・・・ありがと」

『もっと一緒にいられる時間を作ってほしい』と駄々をこねていた自分がひどく浅ましく思えてきた。

こんなにいっぱい愛をくれるのに。こんなにいっぱい笑顔をくれるのに。


“久保ちゃんがいる”――――


それが俺のすべてだった。

「時任・・・・・」
「ん・・・・んぁ・・・くぼちゃ・・・・」
「ん・・・・」

温かいベッドの中で更に身を寄せ合って温もりを分かち合いながら口付けを交わす。
今夜ばかりは俺も我慢できなくて、夢中になって久保ちゃんの熱い舌を求めた。


空っぽだった心の中を、大小色とりどりの気持ちが満たしていく。


「・・・・っはあ・・・・はあ・・・・・あっ・・・・・」

布越しに俺の背に触れてくる掌さえ熱い。
俺はふるりと身を震わせて、久保ちゃんの胸元に縋りついた。
耳元で久保ちゃんが微笑んだのが気配で分かった。

「時任・・・・・お前すっごく色っぽい」
「ん・・・・くぼちゃん・・・・」
「ねえ、このまま俺が理性手放す前に、プレゼント開けて?」
「あ、うん・・・」

俺はベッドヘッドに置かれた包みを引き寄せ、丁寧にラッピングを解いていった。
そして現れたのは普通の箱。


さらに蓋を開けると、そこには・・・・・


「久保ちゃん・・・・これ・・・・」
「お前が早口言葉みたいに言ってたこと全て覚えられたらよかったんだけど、結局ちゃんと買えたのがこれだけ。ごめんね?」
「・・・・・何で謝るんだよ」

箱の中には俺が『欲しいもの』と聞かれて真っ先に口走ったものの数々が窮屈そうに詰め込んであった。
発売したばかりのゲームソフトや愛読書のマンガや、大量のお菓子が埋まっている。
まるで宝箱だな、と俺は今日初めて笑った。


「ありがとう、久保ちゃん」


それを聞いて久保ちゃんも嬉しそうに笑ったから、急に心臓が熱くなった。
俺も久保ちゃんに“ありがとう”って言われた時、涙が出そうになるほど嬉しかったのを覚えている。
やっぱり俺も久保ちゃんも、互いのことを同じくらい想い合ってるんだなと、言いようのない幸せを感じた。

「・・・・・マジで、ありがとっ・・・・くぼちゃん・・・・・」

そのプレゼントを抱き締めながら再び涙を流しはじめた俺を、久保ちゃんの胸が優しく受け止めてくれた。

「時任の誕生日には仲直りできたから、よかった」
「え・・・・・あれ、もう0時回ってたんじゃ・・・・・」
「俺が『おめでとう』って言ったのが、たぶんちょうど8日になった瞬間」

時任の誕生日は一番にお祝いしたかったから、と久保ちゃんが微笑う。
その見慣れたはずの笑顔をもっと見つめていたくて、俺はパジャマの袖で涙を拭った。


久保ちゃんなら怒ってる俺も泣いてる俺も、全部受け止めてくれると分かっていたけれど、

やっぱり大好きな人の前ではずっと笑っていたいから

「ありがとう・・・・久保ちゃん」

俺、生まれてきてよかった。

[END]

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時任、誕生日おめでとう!
誕生日小説にしてシリアスでお送りいたしました。
これからも久保ちゃんとラブラブでどうぞ♪(^^)


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時誕ssありがとうございます!
泣きながら笑う時任にきゅんきゅんさせられました…かわいすぎ!
ご参加ありがとうございましたv