「久保ちゃんさぁ、今日生まれたんだよな」
「ああ、うん。そうね」
《ボクが生まれた、当たり前に特別な日》
8月24日午前8時。
雲一つない青空の下はまだ、ギラギラ輝く太陽の熱に支配されてはいない。
空気が明け方の涼しさを保っているうちに、と始めた洗濯物を干す俺の手を止めたのは、時任のそんな言葉だった。
「そっか、もうそんな時期なんだ。時の流れは速いもんだね」
「って、自分の誕生日だろーが、忘れんなっつーの」
「本当にねぇ」
タオルの皺をはたいて伸ばし、ハンガーに引っ掛けながら空へと目線を巡らす。
するとそこにはここ数日変わらない快晴が広がっているばかりで、『久保田君、お誕生日おめでとう』ともなんとも書いていない。
当たり前だ、この空の下で生きる動物で今日という日付に生まれたのは俺だけではない。
「まあ、珍しいことでもないしね」
「ばーか」
心に湧いた平凡な感想を口にし、続いて時任のTシャツを干そうとするとソファに寝そべっていた時任が猫のように身軽に起き上がって、ベランダにやってきた。
裸足で出たら汚れるよ、と言ったら無言でサンダルを履いた俺の足の上に乗っかってくる。
その行動の素早さと来たら、真正面に向き合った拍子に俺の顎と時任の額がぶつかり合うほどの勢いだ。
うーん、地味に痛い。
「いってぇ」
「近いしね」
「あちーしな」
「なんなのこれ?」
「…………さー」
少しご機嫌ななめな我が家の王子様は俺の右足を左足で、左足を右足で踏んずけたまま。
しばらくは肩に小さめの頭を預けて黙り込んだが、すぐにバランスが悪かったのか細い両腕を首に回してきた。
足さえ踏まれていなければ、誕生日よりもよほどレアなきまぐれ猫からの抱擁だ。
それは願ってもない幸運だが、肩口に埋まり表情の見られないこの態勢は喜んでばかりもいられない。
「時任…」
「なに」
「なんか怒ってる?」
「ばーか、久保ちゃんのばーか」
酷いなぁ、ていうか洗濯物が干せないんだけど?
かすかに赤く染まっているように見える耳元にそう囁いて、手にしていたシャツをいったんカゴに戻す。
自由になった手で腰を抱き閉じ込めると、一層密着する胸の合わさりからふと鼓膜を震わせずに響いてくる音があったのに気づいた。
どく、どく、どく…
ああ、これは時任の心音か。
「あのさ、時任…」
…どく、どく、どく
じゃあ、わずかにずれて聴こえるこっちの音は俺のなんだな。
そういえば今、この心臓がこうしてお前と一緒に音を刻むのは、珍しいことでもなかった日のおかげで。
「俺、今日生まれてたんだよね」
「うん」
ほんの少し頭を屈めて、見下ろす綺麗な首筋に口づける。
時任はぴくりと反応して、でも何処にも行ったりしなかった。
ただ小さく、ぽつりと。
「───おめでと」
聞いたことはないけれど、たとえば祝福の鐘の音ってのはこんな甘い響きをしているのかもしれない。
「…ありがと」
8月24日午前8時。
雲一つない青空の下はまだ、ギラギラ輝く太陽の熱に支配されてはいない。
もう一度仰いだ空の青は、この世の果てまで続く当り前の色だけど。
腕の中に強く抱きしめた君を想うと、特別な色に変わった気がした。
-end-
======
久保ちゃん、お誕生日おめでとう!!
犬’様、今年も素敵な企画をありがとうございます!
つたなくはありますが、参加させていただきました。
久保時がずっと幸せな誕生日を重ねていけますように!
ずっとずっと大好きだ!