03 乾杯
「 こんな日にも 」
8月24日は久保田誠人の誕生日である。普段は夏休みで誰もがメールでのお祝い程度で済ましていた。しかし今年はとても都合が良いことに荒磯学園は登校日だった。となるとお祭り好きな執行部の面々が誕生日パーティを企画しないはずはない。本人は『え〜あっついからパス』などと言っていたがそんなん無視、騒げる口実があればそれを利用しない手はないのだ。
しかも久保田と言うエサはとても使い勝手が良い。
お祭り会場は松本に声をかけてクーラーがありかつ防音な音楽室を借りることができた。久保田君と騒げるなら喜んで♪と五十嵐先生にお泊りの引率をお願いし、一泊お泊りの許可も取り付けた。
ごちそうは調理部の台所を借りて室田が作り、松原がそれを手伝った。建前(ヲイ)はバースデーパーティなのでケーキが必要とのことで桂木ちゃんが藤原に手伝わせて作った。パーティにカラオケ必須!と相浦がカラオケセットをセッティングしていた。
そして肝心な飲み物は、私服を着て、眼鏡をとって、タバコをふかしたどう見ても20歳以上に見える久保田が買いに行かされた。
パーティの主役であるはずの久保田は『・・・俺も働くの?』と一応文句を行ったが『あったりまえじゃない。働かない理由があるの?』と桂木ちゃんにあしらわれた。買ってきたものはソフトドリンク各種のほかに少しのお酒。え?引率の先生がいるって?『少量のアルコールは血行にいいのよ?(=意訳『まあハメを外すほど飲まなければいーんじゃない?)』とのたまった。さすが荒磯学園である(ダメじゃん!)。でも買ってきたのはアルコール度2%の弱い発砲酒で最初の乾杯用である。それくらいの節度は持っていた(桂木ちゃんが)。
費用は三文字先生のカンパや久保田以外の執行部の人間とと準備の途中でパーティーの噂を聞きつけ混ざりたいという連中から参加費を徴収した。参加者はいつの間にか二十名以上に膨らんでいた。生徒会の松本と橘、後輩軽音部の治・修・龍の三人組と小宮、他に写真部やパソコン部や料理部など日頃から執行部と付き合いのある連中が揃った。
会場、ご馳走、飲み物、そして騒ぎたい連中が揃った!これでオールナイトカラオケどんちゃん騒ぎの舞台が整った!
「準備はもういいかしら?」
会場をざっと見まわし桂木ちゃんが確認をとる。「バッチリ!」と設営班、「こっちもおっけーだ」と料理班、「いつでもい〜べ」と音響班、それぞれが準備完了と合図を送った。
「んじゃカーテン閉じて電気消して!」
松原と室田がカーテンを閉めて、相浦が照明の電気を落とした。真っ暗になった室内にポッと灯りがともった。ローソクの火だった。時任が用意されたケーキに次々と火を灯していく。18本並んだローソク全てに灯りがともった。
「音楽お願い!」
「了解です」との声とともにピアノがある旋律を奏で始めた。そのメロディは誰もが知ってる誕生日にお馴染みのもので…
「「「「「Happy birthday to you 〜 Happy birthday to you 〜♪」」」」
全員での大合唱がはじまった。
「「「「「 Happy birthday dear KU〜BO〜TA〜♪ Happy birthday to you 〜♪」」」」
「久保ちゃんローソク!」
「ん」
フウッっと久保田がローソクを吹き消した。
パッと電気が灯り、同時に
「「「「「「誕生日おめでとう!」」」」」
パンパパーン!クラッカーが久保田に向けて放たれた!
「…どーも、ね」
久保田と言えば細い目を一層細くしにんまりと笑っていた。言葉も少なく、いつもと同じ表情で何を考えているのかわからないが、いつもよりやわらかい雰囲気が結構うれしがってるのだと教えてくれた。
「皆で乾杯しましょうか」と思ったところに…
「久保田せんぱぁ〜い!誕生日おめでとうございます〜♪」
と藤原がワンオクターブ高い声を出しながら久保田の元へべったりと張り付いた。
「どもね」
「じゃあ久保田先輩のお誕生日を祝して!かんぱ〜」
ドゲシッ!
「てめーが仕切ってんじゃねぇよ!」
「何すんですか〜この野蛮人!」
「あぁ?このウルトラKYがッ!」
「あーはいはい、そこまで!」
空気も読まずいきなり乾杯をしようとした藤原にむかって時任の回し蹴りが炸裂!いつものいがみ合いをし始めた。ほうっておいたらいつまでも始められないので桂木ちゃんが二人をべりっと引き剥がし仲裁する。
「ったく…。あんたら久保田くんの誕生日くらい大人しくしてなさいよ!」
「むぅ」
「だぁって…」
「特に藤原!あんたも空気読みなさいよ!これ以上うざったいことすると叩き出すからねッ」
「そんなぁ…」
「まあまぁ桂木ちゃん、そのへんにしてあげて?一応お祝いの席なんだし」
「久保田くん?」
「久保ちゃん?」
「久保田せんぱい!」
久保田が藤原を庇った!?一体何事だ!と皆が信じられない思いで久保田を見つめた。
「ほら、藤原もどうぞ?」
「久保田せんぱい…」
藤原は恍惚として久保田が差し出した紙コップを受け取った。
「こ・このコップは僕の宝物にします!」
「何言ってんの、ほら飲みな?」
「は、はい!」
促されて焦りながらも一気にぐっと呷った。甘く苦い味が口いっぱいに広がった。
この甘苦さはまさしく恋の味?などとどこまでも幸せな妄想を繰り広げた。あまりの幸せに頭もぼーっとしてきた。
「くぼたせんぱ〜い、このあとでゅえっとしてくれますかぁ〜?」
「うん、いいよ」
「えぇっとですねぇ〜、さんねんめのうわきがうたいたいですぅ」
「うんうん、じゃ用意が出来たら呼んであげるからそれまでちょっと休んでれば?」
「ひぃっく、いいえ〜、まだまだへーきですぅ」
「準備でつかれてんでしょ?ちょっと休みな」
「そんなもったい・・・ない・・・」
と呟きながら藤原はバタっと倒れた。その顔は赤くまるで…
「…酔っ払ってる?」
「みたいだな。久保田何飲ませたんだよ」
「酒屋のおばちゃんがオマケでくれたコレをちょっと混ぜてみた」
そう言って久保田がかかげた小瓶には”EARLY TIMES”と書かれていた。
「あーりーたいむず?」
「バーボンかよ…」
「無茶すんなぁ」
バーボンは主原料がトウモロコシの蒸留酒でとてもアルコール度40%もある酒だ。酒に慣れてない人間が飲んだら一発でダウンすることもある…。
「ここまで利くとは思わなかったけどね」
「感心できない方法だけどこれで静かになるわね」
「ちょっと可哀相な気もしますけど…」
「そうだけど…正直に言えばこいつのねちっこい歌を聞かされずにすんでホッとしたぜ」
「…俺も」
「…私も」
「僕も」
「俺もだ」
藤原は”天城越え”や”蠍座の女”など演歌を十八番としていた。とても上手いんだがそのねちっこい歌い方は皆を辟易とさせるものがあり、かつなかなかマイクを離さないという困った癖もあった。カラオケボックスに入った途端暗記してる自分が得意な曲の番号を次々と入力し延々歌おうとするのだ。切れた桂木ちゃんや時任が止めるまで延々と…。それ以来、皆でカラオケに行く時は藤原をまいて行くことにしていた。
「可哀想だけど、幸せな夢見てるみたいだしいいんじゃない?」
藤原を見やると「くぼたせんぱ〜い♪」と幸せそうに笑み崩れながらむにゃむにゃ呟いていた。
「…だな」
「違いない」
「確かにね」
「こっちのが幸せそうデスね」
皆で納得してしまった。
「んじゃ、仕切り直しといきましょうか。時任、乾杯の合図お願いね」
「おーっし」
時任は、えー、こほんと声を整え、「どした?」「まだかな?」と様子を伺っていたギャラリーに向かって声を張り上げた。
「俺様の相方らぶりー久保田の誕生日を祝して、かんぱーい!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
紙コップなのでカチン!とはならなかったがそれにかわる大きな声で乾杯をした。
軽音部に向かって「歌え歌え〜」という掛け声に「んじゃ歌っちゃうべよ〜ん」と龍が乗り、「俺まだくってねーのに!」と修が文句をいい、「仕方ないな」と言いつつ治が準備をした。
「んじゃ軽音部による久保田向さんに捧げるアニソンメドレー!いきまーす!!」
サイボーグ009・ガッチャマン・だんご三兄弟・と誰もが歌えるアニソンメドレーに皆で大合唱、異常に盛り上がった。その次はビーズ、ミスチル、他、次々と代わる代わる歌い始めた。
松原と室田は料理部の女子と 「これ美味しい!どう作るの?」「これは室田が作ったんですよ」「ちょっとした隠し味のほかは簡単だぞ」と会話しながらなごやかに料理をかこんでいた。
松本は久保田に「おめでとう」と一言言ったあと早々に橘とともに会場を後にした。橘いわく「私たち生徒会がいては気兼ねするでしょう?」とのことだ。
桂木ちゃんと相浦はカラオケの曲目を見ながら何を歌うか相談したり、談笑したりしていた。
五十嵐先生は藤原を時折様子見しつつ、久保田にちょっかいかけたり、時任をからかったり、他の生徒と談笑したりしていた。
皆、思い思いに、パーティを楽しんでいた。
* * * * *
暫くして、久保田と時任の二人はパーティを抜け出して屋上に来ていた。
「はぁ〜食った食った」
「お前食べすぎ。おなかおっきいよ。何ヶ月?(笑)」
「うっせーよ、これくらいじゃ俺様の美貌は損なわれねぇ!」
「はいはい(そのおなかも可愛いけどね)」
「久保ちゃんもよく食ったし飲んだじゃんか」
「おいしかったからねぇ」
「・・・たまにはこういうのもいいよな」
「ん?」
「いつもはさ、二人だけじゃん、久保ちゃんの誕生日」
「夏休みだからね」
「二人で部屋で思いっきり飲んだりすんのもいいけどさ、誰かが作ったご馳走やケーキで皆で祝うってのもいいもんだな」
「・・・そうね」
口には出さないが久保田も時任も一番大事なのはお互いだけだった。
それでも、この執行部が、荒磯学園が、とてもとても大事な存在になっていった。
そんな皆に祝われて嬉しくないはずはない。
それを表現するのはちょっと照れくさいのだが・・・
「騒ぐダシにされたって気もするけど」
「違いねー」
二人で、あはは、とちょっと笑ってこのなんとも言えないくすぐったさをごまかした。
「さーぁって、主役の学園のアイドル時任様が戻らねーと場が盛り下がるよな!そろそろ戻るか!」
「…一応俺の誕生パーティなんだけど?」
「久保ちゃんの誕生日は俺様の誕生日みてーなもんじゃん」
「どんな理屈よ、ソレ」
「久保ちゃんの物は俺様の物だろ?」
「んで俺様のモノは俺様のモノってわけ?」
「当たり前だろ」
「あのね」
「まあでも俺様のモノを貸してやらんでもないぞ?」
時任は得意げに胸をはる。
ねぇ、今日は俺の誕生日ってすっかり忘れてない?
誕生日なんてどうでもいいとも思ってたけどちょっと面白くない。
「・・・ふーん、じゃあ今すぐ貸してほしいモノがあるんですが、時任サマ?」
「何だ?」
「誕生日祝いとして御身の唇を拝借したく…」
「へ?」
無防備にこちらを見上げる時任の唇にそっと触れるだけのキスを落とした。
「なっ…///」
時任は見事なくらい真っ赤になった。
「何すんだよこんの馬鹿ッ」
「貸してくれるって言ったの時任じゃない。遠慮なく借りただけだけど?」
「こういうのは貸したとは言わねーだろ!」
「じゃあなんて言うの?」
「〜〜〜ッ//////」
男の俺様がどのつらさげて『唇を奪われた』なんて言えるか!恥ずかしい!!
「さぁ〜て、戻ろうか?」
「……(怒)」
そのあまりにも飄々とした言いざまに腹が立ち時任は久保田を殴ろうとした。それをひょいっとかわし久保田は扉へ向かって歩き出した。
それをむぅっとした顔で睨みつける時任。
「…安上がりなヤツ」
「ん?」
「なんでもねッ」
「そ」
そして二人仲良く屋上を後にした。
高校生最後の夏休み
皆で騒げる夏休みはこれで最後かもしれない。
飲んで
騒いで
踊って
笑った
そんな、夏休み最後の思い出。
(終)
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