久保時生誕祭2007 投稿作品


[39] くぼちゃんはぴばーvv @  
■meme [HOME]  投稿日:2007/09/06 (Thu) 01:42  *1回修正  
昏く、

深く、

遠く、


沈む。


「春を知らず」 1

物心ついた時から、アノ部屋にいた。


そこでは誰も自分が見えず、構わず、触れず。
視界にも入らない。空気のよう。


学校にはちゃんと行ったし、
そこでは、話す人間がいたが、
部屋に帰ると、自分が見える人間はいなかった。


家政婦が、世話はしていた。
食事や、洗濯、掃除は、家政婦がしていた。
もちろん、自分は見えない。


外では見えるようになるのが、逆に不思議だった。

ある日の学校の帰り。
雨が降っていたが、
傘がないので、濡れてかえった。
頭から、カバンの中や、ふくまでずぶ濡れだった。

部屋に家政婦はいたて、勝手に掃除をして、食事を置いて出て行った。
面倒なので濡れたままその食事を食べ、ベッドに入って眠ると、
次の日、何故か起き上がれなかった。

頭に怪我をして帰った日。
夕飯を持ってきた人間が、
血を流す俺をを見て、驚いた表情をした。

いつも、何もないように、トレイをおくだけの人間が、
ビックリして、そして、しまったという表情をしたあと、
意を決したような顔で、話かけてきた。

・・・・どうしたんですか、その傷は。

しゃべれるんだ。
感想はその程度で、自分に向かっているとは、考えもしなかった。
だから、返事もせず、感心していたら、
手当てをしましょう、といって、綺麗な、真っ白な布で、頭から流れる血をぬぐった。
キズは深かったらしく、拭っても止まらず、袖も赤くそまった。

その色だけ覚えている。

内緒ね、といって、頭をなでてもらった気がする。


顔は覚えていない。
ぬぐった赤だけ、覚えている。

次の日、その人は現れなかった。


  * * *


家政婦はコロコロかわった。


自分を認識するたびに、消えていった。

まるで始めからいなかったように、
新しい人間が世話を始める。

自分がいないように扱う。

自分に声をかけたあのひとは、
やっぱり始めからいなかったんだろう。

「春を知らず」 2


ある日、帰り道の公園で、猫にあった。

いた、というべきか。

泣き声がして、茂みをのぞいた。
怪我をしていた。
頭からダラダラ血が流れていが、けれど生きて、動いていた。

赤い。


ふと目を開けこちらに視線だけ向け、
みゃう、とか弱く鳴いた。

次の日、その猫は、その場所にまだいた。
死んでるようだが、寝ているだけだった。

それだけで、その日はぼんやり立ち尽くして、
いつまでも見てた。

帰り際に寄るようになった。

最初は死に際寸前だった猫が、少しずつ、動けるようになっていた。
血はかたまって、傷を塞いでいた。

ある日には、水を与えた。
美味そうに、飲んだ。
みゃーと、力強く鳴いた。

さらに次の日。
雨が降っていた。


猫は、近くの道の真ん中で、死んでいた。


頭の傷は、ふさがっていたが、
腹の中身が全部でていた。


  * * *


何かをできるわけでもなく、
ただ雨の中でたっていただけ。

内臓だけでなく、手も無くて、
地面と同化していた。

ついに触れることもなく。
逝った。

そんな風に、自分もなるんだろう。


「春を知らず」 3

ある日、
叔父と名乗る人が、唐突にやってきて、
行くぞ、こんなところにいるな。
と言って、手を引いて部屋を出ようとした。


扉から出る直前、
必要なものがあったら、
持て行きたいものがあったら、持って来い。
ここにはもうこねぇから、と言う。

何もないよ、と答えた。

そうか、と困ったような、どこか痛いような顔で、
頭をがりがりと掻いた。

煙草を、いつ吸い始めたか覚えていないが、
アノ部屋を出てからだったことは確かだ。


あの部屋から、葛西さんの部屋に移った。
それ以外は、今までどおりの生活をした。


不器用な人らしく、
一般的な家族をしようとする気も、
一般的な常識と良識を遵守する気もないらしく、
彼は自分が得意なものを勧めた。


煙草と麻雀。

一度覚えると、それにのめりこんでいった。

  * * *

勝負の時の緊迫感と緊張感。

雀荘に出入りするようになったのは、
自然な成り行きで。


部屋にいるのが別段息苦しいわけでもなかったが、
馴染む事もなかった。

「春を知らず」 4


行きつけの雀荘で、その時気に入られていた人の代打ちで、
でかい大会で、うってみないかと、持ちかけられた。

勝ったら、今までと二桁違う金が手に入るぜ。

負けたら指詰めるくらいじゃすまないが。
ともいった。
デメリットもわざわざいうとは、正直な性格らしい。
別に金額には頓着しないので、暇ならといって、
代打ちで出た。


自分以外の3人がグルだったことに
開始早々気がついた。

気にせず、いつも通りに打って、
いつも通りにあがった。


たいした強運だと、感心して褒めちぎっていたが、
イカサマしたからねと、タネをばらす。


強面連中のあの人数で囲まれて、
お前、イカサマしてたのかよ、
と驚くが、そうでなければ、勝てるはずがない。

急に納得した顔で、うんうんと一人頷き、
分け前だと、鍵を渡された。

横浜のマンションの一室。


俺は葛西さんの部屋を出た。

(Aに続きます)