ありがとう、ありがとう。
キミに言いたい。
《起きぬけハッピープレゼント》
閉じたブラインドの隙間からは夜明けの気配も窺えない、日付を越えるかどうかの時間帯。
9時前に珍しく夜更かしせずにいそいそとベッドに入った飼い猫になんとなく付き合って横になり、冴えた目を持て余しながら近い体温に離れがたさを感じていた俺が、さて羊でも数えようかなと考え始めた頃合だった。
「う、わわ…!」
枕元に置いてある携帯がピリリと鳴ったのと、隣で丸まってた飼い猫が飛び起きたのはほぼ同時、だったと思う。
がばっと身体を起こした猫は、きょとんとした表情で数秒間口をぽかんと開けていた。いつもの悪夢を見たんじゃないらしく、その横顔は完璧に平和な寝ぼけ面。
うっすら涎さえ垂らしているのが、なんともご愛嬌だ。
「んー…………」
が、涎には一切構わず猫は両手で乱暴に目元を擦るので、つい手を伸ばして差し止めた。せっかく綺麗な目をしてるのに、傷ついちゃったらもったいないでしょ。
それでなくたってこの前も、寝ぼけて擦りすぎたとぐずりながら起きてきたこともあるんだし。
「ちょ、やめときなって…」
「んー、くぼちゃ……あ、久保ちゃん」
「はいはい、もっぺん寝な」
擦ってたらまた痛くなるよ、と声を掛ければ、ようやく意識がはっきりしてきたのか我が家の飼い猫・時任クンはこちらを見てにっと笑った。寝しなに見るには少々刺激の強い可愛らしさだ、かといって欲に任せて押し倒すわけにもいかない。
宵っぱりの時任があんな時間に床についたのだ、コイツはいつも隠そうとするけれど右腕が変調を起こしているのかもしれない。
心なしか体温が高くなった片手を離し、まだ暖かいシーツを軽く叩いて示す。
けれど時任はベッドに横にはならず、上半身をひねって俺の上に覆いかぶさってきた。頭の左右につかれた腕はどこも痛んでいないようで、真上にある時任の表情はレアな機嫌の良さだ。
しかし、寝起きでどうしてこうも機嫌が良いのか。不思議に思うより早く、その答えが降ってくる。
「誕生日おめでとう、久保ちゃん!」
夢だったか、これ。
最近また寝つきが悪くなってる気がしてたけど、どうも間違いだったようだ。多分いま、俺はものすごくぐっすり寝ている。
しかも、ブラインド越しのかすかな街明かりの中でキラキラと擬音がつきそうな晴れやかな笑顔は、更に夢のような台詞を続けた。
「ちなみにプレゼントは俺様だ、喜べ!!」
「………わぁ」
都合が良すぎるな、うん、夢だ。
こんな眩暈を起こしそうな笑顔においしい台詞のオプション付きとは、つくづく俺も一人上手だ。
決して現実の時任がつれないとかそういうんじゃなくて、「おめでとう」までならまだしも「プレゼント云々」のくだりになると、こういうのを極端に恥ずかしがるコイツが照れも躊躇いもなく言っているあたりいかにも俺の願望っぽいと思えてしまう。
結果的に、サービスの良すぎる夢に惚けた俺の口からは気の抜けた合いの手しか出なかった。
すると夢の時任は現実味を帯びた頬の膨らませ方をして、唇を尖らせる。
「んだよ、ノリ悪ぃなぁ。せっかく俺様が祝ってやってんのに、嬉しくねーのかよっ」
片目を眇める仕草も、寸分違わぬ本物っぽさ。四六時中見つめている自覚はあったが、実に秀逸な再現ぶりだ。なんて考えていたら頬をつねられた。微妙に痛い。
「寝ぼけてねーよな?」
「みひゃいね」
伸ばされた口がやや不明瞭に答えると、時任はぶふっと噴き出して笑った。その拍子に力の抜けた身体が、柔らかく落ちてくる。シャツごしに揺れる身体に手を回し、抱きしめた。
「じゃ、ちゃんと聞いてるよな。喜べよ」
ひとしきり肩を揺らして笑った時任は顔を上げてそう言ってから、すぐ甘えるように俺の胸元に頬を擦りつける。
やっぱりちょっと、夢みたい。
でもこの腕の中にある質量は、確かに生身のぬくもりだ。
左手が再度頬に触れたので、観念して正直な感想を述べることにする。
「いや、それはもうすごく嬉しくて自分を見失いそうなんだけど……予想外すぎてリアクションが取れない」
「なんで」
「だって、去年はくれなかったじゃない」
「…結局やったじゃん」
「うん、そうなんだけど」
あの時くれたのは最新の対戦ゲームソフトで、実際には時任が欲しがってたものでもあった。包みを開けるのを、今か今かと側で待ち構えているのもなかなかイイものがあったが、どうせならゲームに負けたら相手の命令をきくっていうルールはどうだと持ちかけて、やっと本命を貰えた形だった。
ルールの了解を取るのに、かなり粘った覚えがある。
「だから…」
短い回想を終えるか終えないかの間に、時任が俺のシャツをぎゅっと握って呟いた。
「だから今年は、最初っから欲しいモンやろーと思ったんだよ、そんだけ!いいから受け取れ!」
ますます強く胸に頬を埋めて、ありありと照れの滲んだ声音が俺の心臓を揺らす。暗くて見えないが、恐らく真っ赤だ。意を決して照れまいとしていたのに、照れまくっている。
証拠は熱さを増した俺の心臓の上。
生まれたはずの日に、心臓が熱く、鼓動を打っているんだと改めて実感して幸せな気持ちになれるようになったのは、ここ数年ばかりのこと。
「…………どうも、日々新たな自分の一面を発見させられてる気がするかも」
「へ?わ、わっ」
細い身体に回した腕の力を強めて、深呼吸する。吸い込む息は愛おしいほのかに甘い体臭も混じらせて、俺を生かす。
何百回、何千回言っても足りない気持ちを一言にのせて、囁いた。
「ありがとう、時任」
「おめでと、久保ちゃん」
ありがとう、ありがとう。
キミに言いたい。
キミが生まれてきたコトに。
ボクが生まれてきたコトに。
ボクら一緒にいる日々に。
これからもずっと、ありがとう。
「ところで、どうして今日は早くに寝たの?」
「…仮眠」
「?」
「朝まで、起きらんねーじゃん、いっつも…」
「あぁ、なるほどね…」
それじゃ早速、プレゼントを開こうか。
遅れちゃいましたが、お誕生日おめでとうございます、久保さん!
参加できて良かったぁ…!
本当に、本誌でも二人のいちゃっぷりをまた拝めたらと思います。
犬サマ、素敵な企画をありがとうございます!時誕も参加させていただきます!
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