彼の人を呼ぶ声
イヌダ
「ここかぁ〜」
「ここだねぇ〜」

 麻衣とジーンは目の前の洋風建築を見上げながら呟いた。
 今回の調査で訪れた場所は東京から一時間ほどの場所にある高台の住宅街。豪邸とはいかないが、情緒のある二階建ての洋風建築だ。郊外なせいか敷地にも余裕があり深い緑の生垣に囲まれていた。
「あんま古く感じないね」
「リフォームしたんだろうね」
 話では築三十年以上だと聞いていた。漆喰は白くキレイなままで、そんなに古いようには見えない。
「そこの馬鹿面二名、さっさと働け」
 家を見上げてのんびり感想を言い合っていただけなのに親方にどやしつけられてしまった。二人は顔を見合わせて「ほーい」「へーい」と仲良く返事して作業バンにいる親方の元へと戻る。
「家の第一印象は?」
「素敵なおうち」
「キレイな家だね」
「・・・減給されたいのか?」
 初夏にナルの冷気は心地よいが、懐まで寒くなるのは頂けない。二人はぷるぷると首を振って言い直した。
「今のキレイな洋館と古い洋館がダブって見えた。リフォームか改築されてるみたい。その古い方にいる気配がするけど、まだはっきりとは見えない」
「見た感じ危険な感じはしないよ。外だからかもしれないけど・・・」
「そうか」
 ナルは呟いて考え込むような仕草を見せ、すぐ視線を上げて二人を見つめた。
「危険は低いかもしれないが気を付けるように。何かあったら必ず報告しろ」
「はい」
「分かった」
 ナルの忠告に二人は素直に頷いた。
 何故なら今回は麻衣とジーン、二人がターゲットになるかもしれないからだ。

 * * *

 今回の調査はゼロ班の広田から持ち込まれた。
 実は一カ月ほど前にこの家で傷害事件が起きた。この家に住む夫婦が口論の末に刃物を持ち出して互いに刺し合って倒れていたところを、偶然訪れた知人が発見して病院に運ばれたそうだ。幸い二人とも命に別状はないらしい。
 当初はよくある痴情のもつれのように見えたが、担当警官が二人に話を聞くとおかしなことを言いはじめた。
 二人とも『よく覚えていない』と言うのだ。
 喧嘩したことも、刃物で互いを刺したことも何となく覚えているが、まるで夢のことのようにぼんやりしてて曖昧だという。そもそも喧嘩の切欠すら覚えていないらしい。二人とも痛みに顔をしかめながら不思議そうに首をひねっていた。
 ただの言い逃れのように聞こえるが担当者はそうは思わなかった。実は同じような事件が3年ほど前にもあったからだ。しかも同じ家で。
 3年前、散歩途中の隣人が酷い夫婦喧嘩を見かねて通報した。警察が到着した頃、夫婦は酷く罵りあい互いに暴力を奮っていた。このままでは傷害事件に発展する恐れがあったため署に呼んで事情を聞くことにした。すると引き離された途端、二人は大人しくなってしまった。しかも事情を聞くと二人とも『良く覚えてない』というのだ。今回のケースと全く同じだった。
 調べてみると、過去にも同様の相談が何件もあったそうだ。
 慌てたのは不動産会社だ。この家は不動産会社所有の賃貸物件だった。もともとは日本に仕事で来た外人向けの借家だった。
この家に人がいつかないのは把握していたし、『この家に住むと離婚する』というジンクスの噂も知っていたそうだ。ただあくまで噂だと放っておいた。しかし今回は障害事件にまで発展してしまった。ただの噂と笑う事が出来なくなった。
もしこのままエスカレートして殺人事件まで起きてしまったら、家の買い手がつかなくなる可能性がある。
 そう心配した業者が伝手を頼ってゼロ班に相談を持ち込んだ。そしてSPR日本分室に依頼が回ってきたのだ。
 当初、この依頼を受けるのをナルは渋ったが、死人が出る可能性があると言われれば引き受けざるを得ない。渋々ながらも重い腰を上げた。

 そこで問題になったのが調査のメンバーだ。

 このメンバーの中には『夫婦』はいないが、『準夫婦』ならいる。ナルとジーンと麻衣のことだ。
 表向き、いつもイチャイチャしているジーンと麻衣が恋人関係にあることになっているが、しっかり立派に三人で付き合っている。もちろん体関係込みだ。
 この関係は周囲にはまだ内緒にしている。
リンや滝川に知られれば要らぬ騒動が起きるのは目に見えている。特にぼーさんは男泣きしながら反対するだろう。ぼーさんに懐いている麻衣は『やっぱ別れようか』と言いだす可能性も無くは無い。少々強引に麻衣と付き合い始めた自覚があるので、そのような事態は極力避けたい。なのでバレないよう一応は努力している双子だった。
 恐らく安原あたりは薄々気付いているだろうが、双子相手なので言わぬが花と静観の構えのようだ。リンは持ち前の倫理観が邪魔をして見逃してしまっていると思われる。
 そういう訳で、籍こそ入れてないが三人で暮らし、恋人関係にあるのだから殆ど夫婦のようなものだ。実際は一夫一妻ならぬ二夫一妻だが、そんなの霊には関係ないだろう。普段から全く恋人の素振りを見せないナルは調査中は更に磨きがかかる。誰も、霊だってナルと麻衣が恋人関係にあるとは思わない。自然、ジーンと麻衣がターゲットになる可能性が高いと思われた。
 とはいえ調査からこの二人を外すことは出来ない。
 そのため、憑依される心配があるためジョンを応援に呼び、SPRメンバー+一名の5人で件の家に赴くことになった。


以下本文にて
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