Every Morning
「麻衣、おはよ~」
「おはよ、ジーン」

 珍しくジーンが自分から起きてきた。でもパジャマ姿で目をこすりながら欠伸をしているという寝ぼけ顔。そんな顔でも可愛いく見えるのだから美形はお得である。
 朝食の支度をしている麻衣に近づいて頬にキスをする。麻衣も寝坊したのかパジャマ姿のまま。まるで新婚カップルの朝のよう。でも見かけは日本人でも中身は英国人なジーンにとって頬のキスは挨拶代わり。麻衣も慣れて赤くなることはない。
「何か手伝う?」
「ううん、もう終わり」
「ナルもそろそろ終わりだね」

 リビングの窓際ではナルが日課の太極拳をしている真っ最中。何年も見ているジーンは動作を見るだけでそれが終わりかどうか分かるらしい。麻衣には最初と最後の動作の違いなんてさっぱりだ。よく見るとナルがびっしり汗を掻いているので終わりに近いかも?と思う程度。
 太極拳は非常にゆっくりとした動きなのにすごく汗をかく。汗を掻きにくい体質のナルなのに、太極拳を終える頃にはびっしょりと滴るくらいに汗を掻いている。汗に濡れたナルは妙な色気があって、水も滴るイイ男だ。汗だけど。

 同居したての頃は何であんなに汗を掻くのか不思議だった。
 ジーンにそう言ったら「じゃあやってみる?」と言われて試した事がある。
 もちろんナルが教えてくれるはずがなく、ナルに付き合って何回かリンさんの指導を受けたジーンに教わりながら太極拳の真似ごとをやってみたのだけれど・・・
 ものの10分で結構な汗を掻き始め、20分過ぎた頃にはぜーぜー息が上がっていた。体力はあるほうだと思ってたけれど、普段使わない筋肉を使ってゆっくりと動き、ゆっくりと息をするのが案外堪えた。
「結構運動量多いんだよ、そうは見えないけど」
「うん、身に染みて分かった・・・」
 それ以来、太極拳をしているナルを『爺臭い』と思うのを止めた麻衣だった。

「そう言えばジーンはしなくちゃならない日課とか無いの?」
 ナルの太極拳はPKコントロールをするために仕方なく始めたものだと聞いている。子供の頃から霊媒体質だったジーンもそういうのがあるがあるのかもしれない。
「僕は特別な事はしてないよ」
「ジーンは必要ないの?」
「うん。昔は瞑想とかしたけど、今は必要ないからしてない」
「瞑想?」
「そう。いつでもメンタルトレーニングとして平常心でいられるように」
「へ、平常心?」
 自分ほどではないけれど、比較的喜怒哀楽がはっきりしているジーンに平常心というのは意外な気がする。
「ナルみたいに冷静になるとかじゃなくて、いつも心穏やかでいるって意味の平常心。中庸?中道?って言うんだっけ?」
 そう言われても麻衣は中庸も中道も分からない。心穏やかにという意味なら喜怒哀楽に偏らない中立ってことだろうか。
「えーと、プラスとマイナスの真ん中ってこと?」
「そんな感じ。マイナス気分でいると良くないのが寄ってきやすいし、引きずられやすくなる。だから嫌なことがあってもプラス寄りでいられるよう気を付けてた。昔はその訓練として瞑想とかしたよ。麻衣に教えたトランスに入る呼吸法もその中で身に付けたもの。今は大丈夫だからしてないけどね」
「・・・・・・・・・」
 悪霊は黒く淀んだマイナスの粒子で満たされている。低いところに水が流れるように、マイナスはマイナスを呼び更に深く沈む。それにプラスを吹き込んで引き上げるのがジーンの浄霊の仕方だった。
 あんな簡単に浄霊出来るのは、ジーンが本当に優しくて穏やかな性格だからだと思っていた。ジーンの持って生まれた性質で自然と出来るようになったと思っていた。
 でも実はそうじゃなくて、今みたいになるまでは大変だったのかもしれないと、今初めて気付いた。
 二人の両親はネグレクトで碌に食事も与えられなかったと聞く。そして餓死寸前なのを助けられた。でもその後に入れられた孤児院も碌な環境ではなかったらしい。二人がマーティンとルエラに引き取られる9歳まで、とても穏やかに笑えるような境遇では無かったと聞いている。
 自分だって14歳の頃に母を亡くした時は今のように毎日笑ってなどいられなかった。
 自分は家族に恵まれなかったけれど、周りに恵まれて二人のような酷い思いをしたことはない。私じゃ想像も出来ないような酷い生活だったのだと思う。
 今のように穏やかな顔が出来るまで、どんな思いをして乗り越えたのだろうか・・・。
 そのことに考えも付かなかった自分が情けなく、恥ずかしい。

 俯いてしまった麻衣が何を考えてるのか分かったのだろう、ジーンはクスリと笑って麻衣の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「そんな顔しないの。昔はともかく、今はすっごく簡単だよ?」
「そうかな」
「うん。自分が楽しくいられるように、ちょっと周りに気を配って環境を整えればいいだけ。それは誰でもやってることでしょ?」
「うん・・・」
「それに昔からちょっと嫌な事があってもすぐ気晴らし出来たし、今はご機嫌になれる特効薬があるから大丈夫」
「特効薬?」

 ジーンはにっこりと笑って 麻衣をギューっと抱きしめた。
 そしてすぐ放したとおもったら、顔を寄せてマウスツーマウスのキスをした。しかも軽く舌先を潜り込ませる悪戯付き。
「ジ、ジーン!///」
「こうして麻衣にキスするだけですっごくご機嫌になれる。麻衣は僕の特効薬♪」
 ジーンはニコニコしながら麻衣を胸に閉じ込めてその感触を楽しんだ。

 そこへ太極拳を終えてバスルームに向かおうとしているナルが通りかかり、パジャマ姿のままじゃれてる二人をみて不機嫌そうな視線をなげかけた。
「さっきから煩い」
「羨ましい?」
「まさか」
「素直じゃないなー」
「ふん」
 無視してバスルームに行こうとするナル腕を捕まえて、力を込めて自分に引き寄せる。

「ジーン?」
 眉をひそめるナルに構わずに、ナルとは滅多にしないマウスツーマウスのキスをする。さすがに舌までは入れない。嫌がらせのために野郎とキスするのは平気だがそういう趣味なわけじゃない。
 止めにわざとらしく「ちゅッ」っと音を立てて離れた。そして同じ顔を見つめながら、ニッコリと笑ってやる。

「麻衣との間接Kiss、幸せのお裾分け♪」

「ジーン・・・(怒)」
 ナルはこれ以上ないくらい眉をしかめて、ギッと音がしそうなくらいジーンを睨んだ。
 その本気で嫌がった表情が面白い。いっつも無表情な顔が崩れるのが痛快だ。
 声をだして笑ってやる。
「こうして弟いじるのがイイ気晴らしになるんだよねー」
「・・・・・・・・」
「ジーン・・・」

 ナルにこんなことして平気なのは自分と麻衣くらいだ。ルエラとマーティンなら大丈夫だろうが、彼らはこんな悪戯はしない。もし他の男や女がしたら手酷い拒絶にあうだろう。女なら叩かれて、男なら感電させられて吹き飛ばされるかもしれない。
 でも僕だけは大丈夫。ナルは僕を拒絶しない。ナルは僕が何をしてもため息一つで許してくれる。本人には自覚がないだろうけど、僕が何を視ても、何を話してもそれを受け入れてくれる。
 僕だけに許された確かな場所がここに存在する。
 それは暗闇の中に足場を与えた。暗闇に引きずり込まれそうになる自分を支え、前を見つめる足掛かりになった。
 そして今は柔らかな光を与えてくれる存在もある。それは暖かく、穏やかで、泣きたくなるくらいの安寧をもたらしてくれる。
 確かに昔は酷い時もあった。でも今の自分はこんなにも満たされている。

「あー幸せな毎日w」

 右手に可愛い弟、左手に可愛い恋人、両手に花生活を楽しんでるジーンだった。


「・・・ジーンってイイ性格してるね」
「今頃気づいたか」


 非常に迷惑そうに呟く二人だった。



(終わっとけ)



魔王様に振り回される勇者と賢者みたいな三人。でも魔王様は悪戯が過ぎると勇者に成敗されます。賢者はため息つくばかりで力関係は底辺です(酷)。
瞑想は想像ですが似たようなことはしたんじゃないかと。

こまちさんへ押し付ける用に書いてたんだけど、うち設定満載になったので没にしました。うちの三人は背景は薄暗いんすよー。だからこそ今の幸せに浮かれてます。このあとジーンは「口直し」と称してまた麻衣にキスすると思われます。



2011.4.28
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