egg



 一度だけ二人に聞かれたことがある。

「「麻衣はどっちの恋人になりたい?」」

 その時の私の答えは

「どっちかなんて選べない。私は二人とも好きだもん」

 だった。


 顔は全く一緒だけど、片や温厚で誰にでも優しいジーン、片や学者馬鹿で冷血漢のナル。二人は陰で天使と悪魔の兄弟だと呼ばれるほど性格が違う。
 でも私には二人は根っこのところで同じに見える。
 目玉焼きのサニーサイドアップ(目玉焼)とターンオーバー(目玉焼きの両面焼き)、そんな違い。どれも卵なのは一緒。そんな感じ。
 そして私は卵料理が大好きなのでどっちも好きだったりする。
 でも本当は生玉子かけごはんが一番好きだ。
 二人のうちどっちかが生玉子かけご飯だったら一発だけれどそうじゃないから選べない。二人とも大好きだけどどちらかなんて選べない。どっちかを選んだら多分後悔する。だったら恋人になんかならなくていい。そう思った。


 * * *


「ジーンッ!ナルッ!時間だよ!」

 二人の寝室の前で大きなノックとともに声をかけるが答えは無い。遠慮なく中に入って容赦なく布団をひっぺがす。二人の寝室は一緒でセミダブルが二つ並んでいる。中から現れたのはグレーのパジャマを着た双子のうちのどっちか。もう一人は起きて洗面所に行ってるのだろうか?
 薄目を開けて眉間に皺をよせる顔はどちらにも見えるが・・・

「ジーン、起きなよ。今日一限目からでしょ?遅刻するよ」
「・・・・・・ん」
 ナルは寝起きが良いのでこんな寝ぼけた顔をしているのはジーンだ。寝ぼけ眼でも鑑賞に値するんだから呆れる美形ぶりだ。もう慣れっこで見とれはしないけど。
「卵焼きどっちがいい?」
「・・・ご飯?パン?」
「今日はご飯」
「じゃサニーサイドアップ」
「了解。あと5分経っても来なかったら朝ごはん抜きだからね」
「わかった・・・」

 ジーンはのそのそとベッドから抜け出して着替え始めた。男のストリップを見る趣味は無いので部屋から出てキッチンに戻る。食卓には双子の片割れが既に身支度を終えて新聞を広げていた。
「ナルおはよう」
「おはよう」
「ご飯だすから新聞どかして?」
「ああ」
 とってもテーブルに広げた新聞を持ち上げるだけで畳んだりはしない。ご飯を並べて食べ始める頃にやっと閉じるのが常だ。読みながら食べたりはしないからいいけどね。
 本日は和食デー、ご飯とワカメとお豆腐のみそ汁と卵焼きとお漬物だ。ナルは卵焼きを食べないので代わりに厚揚げを焼いた。二人は英国人だけど和食も好きらしいので洋食と和食の割合は半々だ。その日の気分と時間の余裕加減で和食か洋食か決まる。
 お皿を全部並べて着席する頃にドタバタとジーンがやってきた。
「おはよう!」
 さきほどとはうってかわったにこやかな笑顔で挨拶して着席する。
「おはよう、ジーン」
「おはよう」
 ジーンが着席するのが朝食を食べ始めるタイミングだ。ナルも新聞を畳んで横に片づける。新聞を読むのは食事が始まるまでの時間つぶしなので躊躇なく片づける。三人で「頂きます」をしてから食事開始。
「ナルは今日は事務所行くの?」
「ああ、午後から行く」
「そう、私今日遅番だからちょっと遅くなる」
「分かった」
「僕は講義のあと部活あるから休みー」
「夕ご飯は?」
「食べる。今日はしょうが焼きがいいな」
「いいよ。ちょうど豚肉あるし」
「やった♪」
 毎朝こうしてお互いの予定を聞きながら朝ごはんを食べるのが日課になっている。夕飯は結構まちまちなので「朝ごはんは一緒に食べたい!」という私の希望を二人は守ってくれている。
 授業が始まるのは私のが早いので、食事を終えると一人で席を立ち食器をシンクに運ぶ。食器を洗うのはジーンの仕事だ。朝寝坊のジーンには朝食作りは無理なのでこうなった。家事は私とジーンで分担している。ナルは家事をしない。元々やりっこないのだけれど、この4LDKのマンションの家賃を払い、かつ食費から光熱費まで全て支払っている家主様なので文句は言えない。


「じゃ先行くから」
 自室から鞄をとってきてまだ食卓に座る二人に近寄って、 「行ってきます」と二人の頬にキスをする。
「行ってらっしゃい」
 ジーンは私を引き寄せて右頬にキスをした。
 ナルも黙ったまま引きよせて左頬にキスを落とした。

 この”行ってきますのキス”は二人の希望だ。
 日本人の自分はキスの習慣は無い。恥ずかしいから嫌だと言ったけれど、
 「なら朝から僕がどんなキスしても怒らない?」とキス魔のジーンに脅され、「たかがキス一つを何故嫌がるんだ?」とそのキスを嫌がってたはずのナルに不思議がられ、あれよあれよと言う間に承知させられた。
 そのあれよあれよの間はとても人には言えない・・・。
 今はもう慣れたけど最初の頃は真っ赤になってよくからかわれた。
 
「じゃ行ってくるね~」

 二人に手を振って三人で住むマンションをあとにした。


 * * *


 私の『選べない』という答えに、二人は

「良かった」
「それなら問題ない」

 と、満足げに笑って答えた。

 それが問題だらけな三人の関係の始まりだった。






END



こんな意味深な始まりだけど、三人でいちゃいちゃさせたいだけのシリーズです。あとはお笑いが多くなります

2011.3.19
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