彼と彼女の食卓-2-
 麻衣は困っていた。
 コンビニエンスストアという”便利”を売りにしている場所でとてもとても困っていた。

「何で無いのよ……」

 コンビニはとても便利だ。特に調査中よくお世話になる。近所にお店は無くともコンビニがあることは多いからだ。本当に不便な場所に行った時の買い出しは車で行くけれど、近所にコンビニがある場合は度々お世話になる。今回の調査は無人の家で食事は自力で確保しなければならないため、その買い出しに来た。
 コンビニと言えば何種類ものお弁当やおにぎりやパン類が並んでいるのが普通だ。食事の買い出しに来て困る筈が無い。だが麻衣は困っていた。
「なんでこんな時に限って売切れなのよ……」
 棚にはいくつものお握りやサンドイッチが並んでいるのに、その中に麻衣の欲しい物は無かった。
「どれもナルとリンさんは食べれないじゃん!」
 そう、『ナルとリンさんが食べれるモノ』が売り切れていたのだ。棚にはオカカや豚の角煮やたらこお握りやハムサンドやカツサンドなどは豊富に並んでいるのだが、昆布や梅お握りや野菜サンドといったベジタリアンでも食べれる種類が全く無かった。お弁当も大抵お肉やお魚が主菜として入っている。貧乏性なので残されるのが分かっているものを買う気になれなかった。
「うーん、仕方ないからパンにするかぁ」
 お腹には溜らないが食べないよりマシだろう。そう思ってパンコーナーを見ると、これまた運が悪くことごとく品薄だった。焼きそばパンやオムレツパンはあるけれど、シンプルなコーンバケットやチーズ入りコッペパンなどの類が無かった。唯一大丈夫なのは食パンだけ。甘い菓子パンならあるけれど、菜食主義の二人は甘い物は駄目だった。甘い物は食べられるけれど過剰な糖分を摂ると具合を悪くするらしい。どこまでが駄目かのラインがよく分からないけれど菓子パンの類は駄目だと思う。
(参ったなぁ)
 あとは残される前提でお弁当を買うか食パンで即席サンドイッチを作るしかない。でもわざわざサンドイッチを作るとナルが「時間の無駄」と嫌な顔をしそうなのが目に浮かぶ。生野菜も売っているのでそれを差し出しても平気で食べそうだけれど、恋人としても部下としてもそれはしたくない。
 さてどうするかと迷っていると、カウンターから湯気が出ているのが見えた。店員がおでんを注ぎ足ししているようだ。
(寒いからおでんとかも良いよなぁ……)
 でも二人には買えない。出汁に何が使われているか分からないし、筋肉やソーセージなど肉類と一緒に煮られているからだ。菜食主義の食事は出汁に至るまで肉・魚類も避けなくてはいけないのだ。本当に外食に向かない二人だった。
(……仕方ない。今日は即席サンドにしよう)
 麻衣は溜息をついて食パンとチーズとサラダ、自分用にソーセージを手にした。嫌味を言われるかもしれないし、味気ないが食べないよりマシである。カウンターに向かい温かい飲み物を選ぶ。
 だが、お会計して帰ろうとすると、プァ〜と懐かしいラッパの音が聞こえた。
 目をやるとコンビニの前を冬の風物詩が通り過ぎていった。
(アレだ!)
 麻衣は迷わず買いに走った。

 * * *

「今戻りました〜」
「遅い」
「ごめんごめん、ちょっと買い物に手間取っちゃってさ」
「たかが食事の買い出しで?」
「私の分だけなら楽だったんだけどねぇ」
 麻衣はナルの小言を右から左へと聞き流しながらテーブルへ並べはじめる。コンビニで買った温かい飲み物と新聞紙で包まれたあるものが並べられた。
「・・・・・・」
 テーブルに並べるには相応しくないソレをナルは訝しんで見つめた。やってきたリンが「焼きイモですか?」と麻衣に問うた。
「あ、リンさん知ってる?」
「ええ昔食べたことがあります」
「今日何故かリンさん達が食べられるものが全部売り切れててさ。これならいいかなーって」
「お手数をかけます。十分ですよ」
 リンは新聞紙に包まれた『イシヤキイモ』とやらを手に取った。
「はい、ナルも食べなよ」
 麻衣は新聞紙の包みの中から赤紫色の『イシヤキイモ』を取出してナルに差し出した。
 受け取るとホカホカと暖かく、二つに割ると黄色い断面が見えた。
「芋か」
「そう。サツマイモを熱した石で焼くから石焼きイモって言うの。遠赤外線効果で甘くて美味しくなるだよ。イギリスでは食べない?」
「焼き栗ならあるが」
「イギリスではサツマイモはsweetpotetoといいます。しかし水気が多く日本のとは味が全然違います。見かけは全く違いますがパースニップスという芋が味は近いですね」
「へぇ、芋にもお国柄がでるんだねぇ」
 麻衣ははふはふと芋にかぶりつく。リンも皮を剥いて食べ始めた。
(・・・・・・・・・)
 毒々しいまで赤い色に鮮やかな黄色の芋。食べるのが躊躇われるような配色だがリンが食べているのなら問題はないのだろう。ナルは一口食べた。
(甘い・・・・・・)
 たかが焼いた芋なのにまるでバターを溶かしたかのような濃厚な甘みに驚いた。
「美味しい?」
「甘いな」
「甘くても自然の甘みだからナル達でも平気でしょ?サツマイモはビタミンCや食物繊維たっぷりで体にいいんだよ〜!まぁ食べ過ぎると困ったことになるんだけどね」
「・・・・・・・・・・・・」
 くどい甘さではないので苦手ではない。
(・・・まぁ何でも良い)
 ナルは黙々と石焼きイモを食べ続けた。

(石焼きイモを頬張るナルとリンさん・・・・・・似合わないッッ!)
 超絶美形や寡黙な大人が焼き芋を頬張る姿はどこか微笑ましくも可笑しい。麻衣は黙々と食べながら写メりたいのを我慢した。
 芋を食べながら麻衣は石焼芋の弊害を思い出す。
(・・・・・・ナルってどんな顔してオナラするんだろう)
 芋を食べ過ぎるとオナラが出る。付き合いが長いけれどオナラをするナルは見たことがない。もしかすると調査中に拝めるかもしれない。どうせ無表情だろうけど少しは気まずい顔をみせるのだろうか?
 想像したら可笑しくて、麻衣は焼き芋に隠れて一人笑った。


END



会社のストーブで石焼芋を作ってて思いついた。ナルさんてばどんな顔してオナラするんでしょうねぇ(笑)

2012.11.30
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