彼と彼女の食卓

「今日のご飯はらーめんだよ!」
 そう言って麻衣が出したのはドンブリに入った麺類だった。茶色い色のスープの中に色の薄い麺が沈んでいて、上には肉野菜炒めと輪切りにしたゆで卵が乗っている。といっても肉はいつもの大豆偽肉だろうとナルは判断した。
「らーめん?」」
「そ!日本が誇る大衆食だよん」
「蕎麦やうどんとは違うのか」
「うん。蕎麦はそば粉、うどんは小麦粉、らーめんも小麦粉。それぞれ原材料も麺の打ち方も違うの」
「……」
 日本の食文化は多彩だ。この他にも温麺や素麺など数種類の麺がある。本国では有り得ない食に関する貪欲さと研究熱心さは食に興味が無いナルでも感心させられる。
「伸びないうちに食べて」
 促されるまま箸を取りちぢれた麺を掬って一口咀嚼する。うどんとも蕎麦とも違う噛み心地に醤油と胡麻油の味がした。同じ醤油ベースでもうどんや蕎麦は甘みを感じるがこちらは塩気が多い気がする。だが不味いとは感じない。
「ど?美味しい?」
「問題ない」
「良かった!」
 全く褒めてないというのに麻衣はニコニコと喜んだ。彼女はナルには「食べられる」「食べられない」の二種しかなく、「美味しい」「好き」「嫌い」など一般的な感想を抱かないということをよく知っているからだ。それにナルが「食べられる」と判断した物でも苦手なモノがあるのを知っている。いつものように何も言わずに無表情で食べるけど、若干食べるのが早いし、少しだけ残すことがある。それを見て「ああ苦手なんだな」と判断出来る。でも麻衣特製ベジタリアンらーめんは口に合ったのか通常ペースで箸を動かしている。それを見て『ああ、苦手じゃないんだな』と麻衣は安心したのだ。
「今日寒いからすーーーっごくらーめん食べたくなったんだよね」
 安心した麻衣は自らも箸を動かしてらーめんを食べ始めた。麺をすすり、スープを飲み「うん、美味しい!」と破顔した。
「普通ラーメンは鶏がらや豚骨とか魚介類でスープを作るんだけど、これは昆布出汁と野菜で作った和風スープなんだよね。こってりも美味しいけどこういうあっさりも美味しいね。さすが私!」
 麻衣はニコニコとなどと自画自賛しながら食べ進める。
 麻衣特製ベジタリアンらーめんは生姜とニンニクを胡麻油で炒めたあとに常時ストックしている野菜スープと昆布出汁と薄口しょうゆで作ったスープだ。それに市販のらーめんを茹でていれる。乗せた野菜炒めには大豆肉に小麦粉を振り炒めて醤油みりん生姜で味付けしたものを使い、もやしとニラとネギで炒めた。コクの少ないスープを濃い目で味付けた肉野菜炒めと食べることでバランスをとった。肉も魚介も入って無いが結構ボリュームのある一品だ。通常のらーめんよりスープが薄くて若干物足りないが、十分美味しい出来で麻衣は満足だった。
「ナルがラーメン食べた事ないって知ってから一度作ってみたかったんだよね。日本に何年もいるくせにらーめん食べた事ないなんて有り得ない!」
「それほど拘ることか?」
「当たり前じゃん。らーめんは世界に誇る日本のソウルフードだよ?日本に来たからに食べなきゃ損だよ!」
「……」
 別に食に興味はないので損はしないはずだと思ったが黙っているナルだった。
「あと何食べて無いかな?」
「さあな」
 ナルの気のない返事でも麻衣はクスクス笑っている。ナルは食に興味が無いので麻衣が張り切る必要は無い。それでも麻衣はナルの食事に工夫を凝らし、一緒に食事する時は極力同じ物を食べようとする。

 麻衣曰く「夫婦は同じ食卓で同じモノを食べるのが大事なの!」だそうだ。
「歳とると夫婦って似てくるって言うじゃない?あれは何年も一緒に暮らして、同じモノ食べてるからだと思うの。体を作るのはご飯だから。長年同じモノを食べてるとだんだん似てくると思うんだよね」
「僕と麻衣が?」
 平凡な顔立ちの麻衣と真逆なナルの顔立ちが似通うとは思えない。ナルはそう言外に言いながら見やると麻衣は自信無さそうに言い淀んだ。
「う……皺くらいは似ると思うんだけ、ど?」
 ナルが鼻で笑ってやると麻衣は膨れて抱きついて「笑うなよぅ」と抗議してきた。その重みを鬱陶しく思いながらも突き放しはしない。麻衣の言うことは何となく分かる。そういう夫婦になりたいと麻衣は言いたいのだろう。

 正直に言えば、ナルは麺類を食べるのは苦手だ。
 味が苦手なのではなく、西洋文化圏で育ったナルは麺をすするという行為が不得手だからだ。特にずずっと音を出すなど論外だ。日本がそういう文化なのは理解しているので麻衣がするのは問題ないし不愉快でもない。だが自分がそのような行儀の悪い真似をするのは抵抗がある。理解はしていても自分がするとは別だった。
 だから麺類は進んで食べたいとは思わない。わざわざベジタリアン用のラーメンを出す必要も無い。以前のナルなら冷たく「不要だ」と突き放しただろう。
 しかし今は麻衣が出す物なら食べるし、自分を連れ出したいとならたまには付き合ってやってもいいとナルは思う。
 同じ家で過ごし、同じモノを食べて、違う価値観を擦り合わせて歩み寄って行く。
 するといつかはどこか似た部分が出て来るのかもしれない。
 そんなことを考えながら、ナルは苦手な麺を食す。
 麻衣はそれをニコニコと見ている。
 一人では作ることも食べることも無かったモノを、二人なら作って食べる。
 そんな二人はそれなりに良い夫婦


END



ヤマダさんと長電話してる時に出たネタ。良い夫婦の日がお誕生日らしいのでそれに絡めてまとめてみた。おめでとさーん!
彼と彼女の関係設定かな?ご飯ネタはもしかしてシリーズ化するかも??

2012.11.22(良い夫婦の日)に書いて11.24にup
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