<<早合点>>


 7月3日、出勤してきた麻衣が所長室のドアをノックして顔をだした。
「おはよう!ナル!」
「おはよう」
 挨拶だけならそれで退室するはずなのに麻衣はわざわざナルの机の前にやってきて小首を傾げた。
「それだけ?」
「・・・」
「今日さ、私の誕生日なんだよね」
 ニコニコと屈託無く笑いながら誕生日に相応しい言葉を強請られた。
 素直に言ってやるのは癪だが無視するのも大人気ない。
 しかも目の前の少女は自分の恋人だ。
 付き合いは長いが一ヶ月ほど前に恋人関係を結んだばかり。このくらいは折れてやるべきだろうというボランティア精神が働く相手だった。
 博士は重い口を開いて少女が望む言葉を与えた。

「・・・誕生日おめでとう」
「・・・アリガト」
 タイミングを逃した不出来な恋人の言葉はお気に召さなかったらしい。麻衣はおざなりな返事をかえしながら眉根を寄せた。
「何でそのたった一言を言うだけなのに時間かかるかな。その空白の間は何なの?」
 口を尖らせながら麻衣はナルの前に人差し指を立てた。
「空白の理由その1、今日という日付を忘れてた。その2、私の誕生日を忘れていた。その3、もともと誕生日を知ら無かった。怒んないから白状しろ!!」
 ビシッ!とナルを指差しながら麻衣は仁王立ちした。
「どれでもない。今日の日付は知っている。雇う時の書類で麻衣の誕生日も知っている。忘れて無い」
 麻衣の指を手の甲で払いながら露とも動揺を見せずに言うと、へにょりと麻衣の眉が下がった。
「・・・理由その4。私の誕生日なんかどうでも良かった・・・?」
 突き出した指先は力なく下げられ、麻衣は項垂れた。その茶色い大きな瞳がみるみる潤んでいく・・・。
「馬鹿」
 ナルは溜息をついて麻衣の手を掬い引き寄せて自分の膝に座らせた。
「ナル?」
 自分を映すほど大きな瞳で見上げてくる栗色の髪をすき、潤んだ瞳をぺろりと舐めた。
「うひゃっ!」
 びっくりした麻衣は涙を引っ込めた。
 その色気のない声にナルは微かに笑い、甘い声を聞きたくてカプリと口付けた。
 
 実はイレギュラーズが麻衣のサプライズ誕生パーティを企画していた。
 予定時間まであと30分有り、それまで麻衣を引きとめておけと頼まれた。面倒だと思いつつも恋人が喜ぶならと協力を承諾した。いつもより早く来た麻衣に、あと30分何を理由に引きとめるか一瞬思案した。所長室に顔を出した麻衣へ祝いの言葉が浮かばなかったのはそのせいだった。
 だが麻衣が勝手に勘違いしたことで理由が出来た。
 慰める振りしてここに引きとめて置けばいい。
 
 口実が出来たナルは時間まで堂々と所長室でいちゃこらしたそうな。

 泣いたカラスが笑うまであと少し・・・。


(終わっとけ)



あこさんに送りつけた小話をサルベージしてちょい加筆しました。
これ書いてる時にメッセージ頂いて「以心伝心!?」と気持ち悪く喜んだのは内緒です。

2012.7.25
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