エダさんからのプレゼント!
「心の火 番外編」

デイヴィス博士が、蘇らせた人間の行動実験を行うようだ、という噂は瞬く間にSPRに広まった。このところ「博士のお人形」の話題で持ちきりだったSPRの面々は、なんとかしてその実験を見学できないかと、頭を悩ませていた。なにしろ失われた命を蘇らせる、という神の領域の実験、そしてその成功。
被験者の過去の人格は失われてしまったそうだが、では今その場所にいる少女は一体誰なのだろうか。そして過去の人格を持ったまま、蘇る可能性は見つけられないか。もしそれが出来るのなら、人類は、いや、生物は永遠を手にすることが出来るのではないだろうか。

実験への見学、または協力の申し込みがナルの元に舞い込んだ。ナルの元に、と言っても、ナルは自身の実験室と自室を往復する生活を送っているので、彼とコンタクトをとる術は殆どない。しかもナルは自身の研究に役立たないことには全くの無関心だ。声を掛けても無視をされるのは目に見えている。そのため、ナルの両腕と言ってもいい安原とリンに相談が集まった。しかし2人には、決定権がない。しかもその申し込みを勝手に引き受けたら最後、ナルは2人を見放すだろう。SPRの重鎮でさえ、特異な才能を持ったナルに対しては下手に出る。気にくわないことがあれば、ナルはきっとSPRを去って行く。そして何人かの有能なメンバーもその後を追うだろう。

彼らは最後の手段として、何故かナルに言う事を聞かせることのできる森まどかを頼った。彼女ならば、気難しいデイヴィス博士を不機嫌にするだけに留まり、必ず「可」をもぎ取るであろう、と。しかし、まどかの答えは空しく、「不可」だった。まどかはナルに、見学や協力の話が出ていることすら持ちかけなかった。
彼女は彼女の判断で、着飾らせたわけでもない「私の着せ替え人形」を見せたくなかったのだ。

実験は非公開の形でナルの実験室で行われた。ナルの他には、リンと安原が補佐としてつく。見学者は当たり前のように部屋に潜り込んだ滝川一人。実験対象の谷山麻衣は改造を施されてから現在まで、まどかが日常的な世話を引き受けていた。彼女が言うには、麻衣の以前の記憶で言葉や生活習慣には問題がないが、感情らしい感情が見られないとのことだった。何をしても抵抗しない少女に、まどかは喜んで服を着せ替え、普段は人任せにしている料理をし、甲斐甲斐しく食事を口まで運んだり、一緒のベッドで寝たりと、自身の職務を放り出して人形遊びを満喫していた。この場に居ないのは、ナルに所有権があるとは言え、麻衣を好き勝手にされるのを見たくないためだ。

実験の準備をしながら、安原が行儀悪く椅子に逆に座っている滝川に話しかける。
「随分おとなしくなりましたね」
「そうなん?」
「えぇ、僕はここに来る前の谷山さんを知ってますけど、少しも1つのところにじっとしていられないような、小動物のような方でしたよ?」
そう言ってテーブルを前に椅子に腰掛けている麻衣を見る。彼女も話声のする滝川と安原の方に目だけを向けた。
「小動物ねぇ・・・。お前なんかに捕まっちまって、警戒心のかけらもねぇな」
この部屋は持ち主のナルの厳命により禁煙となっているので、滝川は酒を飲むしかない。持ち込んだ徳利から猪口に注いで、一気に煽る。
「酷いな、僕が何をしたっていうんです?」
にこやかに返す安原に、
「お前それ本気で言ってる?」
呆れた声で滝川が答えた。


リンと安原が細かな準備を終える。
「それでは、実験を始める」
デスクで我関せず、と本を読んでいたナルが、漸く実験開始を宣言した。
「待ってました!」
ぱちぱち、と滝川は気の無い拍手を送る。それを睨みつけて、
「邪魔をするなら出て行ってもらえませんか?」
と滝川に告げる。
「邪魔なんかしねーよ。見てるだけで口挟まないから、好きにやってくれ。でも、どんな実験なのか教えてくれると嬉しいね」
その滝川の言葉に、眉間に皺を寄せながらも、素直に答えた。
「今回は簡単な知能テストを行う。麻衣の目の前で隠したペンを見つけられるかどうか、から始まり、最終的には鍵付きの箱からペンを取り出せるかどうかを試す」
「サル相手かよ、馬鹿馬鹿しい」
期待して損した、といった風な滝川はナル相手に馬鹿馬鹿しい、と他SPR会員では決して言えない言葉を吐いた。ナルが反論するより早く、安原が滝川を嗜め、間を取り持つ。
「いやぁ、滝川さん、これがなかなか馬鹿に出来ないテストなんですよ。本物のおサルさん以下か以上か、まず簡単に判断できますしね」
そう言って麻衣に対象物のペンを握らせる。麻衣はペンを受け取るとそれを眺め、手の中で転がす。
「女史の話じゃ、日常生活にゃ支障はないレベルで人間生活出来てるんだろ?する意味あんのか?」
「森さんは谷山さんの世話に終始してましたからね。谷山さんが出来ることすら取り上げていた可能性がありますし、なにより正式な実験ではないもので。これでは観察日記が書けません」
「観察日記って、お前ね・・・」
「静かに!・・・それでは麻衣、そのペンをこちらに寄越せ」


麻衣の実験が真面目さを保ちつつ20分間続いた頃、滝川はナルのデスクから、ナルの読みかけの本を拝借して読んでいた。今実験室を出ると、外で様子を伺っている連中に質問攻めにされる可能性がある。出来ればこの実験室の面子が全員退出し、それに外の連中がくっついて行った後、誰にも知られずに出て行きたい。そのためつまらない実験が続く中、デイヴィス博士が直々に選んだ本に手を伸ばして時間を潰していた。

滝川が本の世界に沈んでいると、3人の溜息のような声が重なった。こりゃ駄目だったんだな、と滝川が実験現場に顔を向ける。しかし滝川の予想に反して、ナルの顔はしてやったり、と滅多にない喜びを乗せていた。
「どしたの?俺も仲間に入ーれーて!」
と、自ら抜け出したにも関わらず、実験の見学に舞い戻る。テーブルの上には同じ種類のたくさんのペンが散らばっていた。
「・・・ちょっと意地悪で、ペン立ての中にペンを隠したんです」
木は森の中に隠せ、という諺通りペンを同じペンの中に隠し、混ぜた。しかし麻衣は安原の手からペン立てを受け取ると、すぐさまひっくり返し、テーブルの上で選別作業を始めた。10秒ほどで彼女はこれだと思うペンを探し出し、提出するように言いつけられていたナルの掌に乗せた。

「それホントに隠したペンなのか?適当に選んだんじゃねーの?」
滝川が散らばったペンの中から2本を手に取り、目の前にかざす。見分けのつかないそれを眺めながら疑問を口にした。滝川は研究者ではないが、物事をよく見ている。その点はナルも評価していた。
「いえ、僕らもそう思って、今度はペン軸を開けて中に目印を入れておいたんです。そしたら・・・」
中から目印が出て、感心とも、驚愕ともとれる溜息が洩れたのだという。
「へぇ、嬢ちゃん凄いじゃないの」
そう言って滝川は麻衣の頭を撫ぜた。一瞬麻衣は大きく目を見開いたが、心地よさそうに目を閉じ、大きな手にされるがままになっている。

「これは記憶力なのか、それとも動体視力なのか、興味があるな」
ナルはそう言って自身のデスクに戻り、愛用のトランプを取り出す。奇術師のような手技で右手から左手にカードを飛ばし、一枚を引く。スペードのエースを麻衣に見せ、これを見つけるようにと言いつけると、素早くシャッフルし、最初にやって見せたようにカードを飛ばす。左手にカードの束を乗せると、右手で半円を描くようにテーブルに並べた。探せ、の言葉に麻衣は頷きもせずにカードを一枚引き抜く。迷いなく、返しもせずに選んだカードをナルの掌に乗せた。期待を寄せられたカードをひっくり返すと、そこにはスペードのエースが示されていた。

「なるほど、まずは動体視力が証明されたな」
次は記憶力だ、とナルはスペードのエースを半円に加え、一番端をひっくり返す。するとその上に乗っているカードが次々とひっくり返って行き、全部のカードの図柄が露わになった。リンがすかさず懐中時計を確認する。ナルは一分とリンに告げると、麻衣に順番を覚えるように言いつけた。麻衣はカードを満遍なく見る。安原とリンは、ナルから言いつけられずとも、2人掛かりでカードの順の記録をとった。リンが時間終了の合図を送ると、ナルは先程の要領でカードをひっくり返し、麻衣から見えないよう後ろを向いて2度ほどカードをシャッフルした。カードの束を麻衣に渡すと、並べるように言いつける。カードを受け取った麻衣は、不器用なカード捌きながらも、やはり迷いなくカードを並べ、それを終えると一番右端に置くはずの、スペードのエースをナルの掌に乗せる。
図柄を記録した用紙と照合を行うと、1つの間違いもなく並んでいることが分かった。

「おお、すげー!面白れー!」
滝川が歓声を送ると、ナルは興味深そうに頷く。
「確かに面白い。今度は五感の実験を、系統立てて行おう」
そう言って、今日予定していた本来の実験に戻るため、テーブルの上のトランプをまとめた。


最後の実験は、最初の説明にもあったように鍵付きの箱の中からペンを取り出すというものだ。
「さっきの記憶力の実験と比べると、あんまり面白くなさそうだな」
「まぁそう言わずに、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、ですよ」
安原が隣のテーブルから小箱を運ぶ。つい最近麻衣と一緒にSPRに持ち込まれた異国のそれは両手に乗るくらいの大きさだ。繊細な模様が彫られているものの、重さはしっかりとあり、なかなか頑丈だと分かる。その箱と鍵とペンをナルに渡すと、ナルは麻衣の目の前で箱の鍵を開け、中にペンを納める。そして再び鍵を閉めた。
「ぼーさん」
ナルは滝川に声を掛けると、箱の鍵を彼に向って投げた。滝川は難なく受け取り、鍵を睨む。
「どうすりゃいいの?」
「麻衣の目の前で適当に隠してくれ」
「あいよ」
適当に、と言われた滝川は、席も立たずに鍵を袈裟の袖に放り込む。それを見たナルは何か言いたそうだったが、睨むだけに留めた。

麻衣の前に問題の箱をコトリと置く。
「最良の方法で取り出してみろ」
そう彼女に告げる。麻衣は、
「はい」
と返事をして、箱を左手の指だけで持ち上げる。目の高さに掲げると、少し力を入れる素振りを見せた。その様子にナルが落胆したのが、この場の全員に分かった。

しかし、彼女の手の中で箱がゆっくりと形を変える。そしてパンッと乾いた音を立ててはじけ飛んだ。小さな木片が四方八方に飛んでいく。勢いよく飛んだ木片は、近くにいたナルと、箱を手にしていた麻衣の頬に揃いの傷を付けた。

麻衣はグッシャァ、となった箱の残骸の中から、木屑にまみれたペンを拾い上げる。


「This is a pen」


麻衣はそう言ってナルの掌の上にペンを乗せた。

これはペンですか?いいえ、リンゴです。



23年4月29日(金)大安 昭和の日

頭が痛いナル

怪物麻衣「なんか知らんが、嫁に行くことになった」
デイヴィス博士「なんか知らんが、怪物を嫁に出すことになった」
まさかリクエストで心の火を受けることになるとは思いもよらない。
良いんですか、これで?こんなMADな設定の話を、どきどき・・・
「心の火」の麻衣がいろんな人の心に火を付けているとは

カンセン・フィーネ/エダ八千代 さん
より



相互記念品リクに「改造された麻衣ちんを実験してる博士」とお願いしたら快く書いて頂きました〜ww ありがとうエダさん!お揃いの傷が出来るとこが素敵ww
麻衣ちゃん”改造”の素敵な二文字に心射抜かれ、しかも麻衣ちんが強くなってるらしいのでその実験最中をお願いしました。予想外な改造結果に博士が慌てふためくといい。ああ”改造”の二文字って素敵ですよね・・・(うっとり)。


2011.5.13
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