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 1990年代後半、極東の島国でとある三人組がマスコミを制した。
 まだインターネットが発達する前にも関わらずデビューした途端瞬く間に大ブレイクした。老若男女知らぬ者はいないというほどの人気ぶりで、一昔前の某二人組女性アイドルのような国民的アイドルとなった。
 だがこの三人組の活動期間はたったの一年と半年。
 まさに彗星のごとく現れ、彗星のごとく消えた。
 突然の引退後はマスコミの前から完全に姿を消した。噂では海外に渡ったとか、渋谷でそっくりさんを見たとか、彼らの兄妹を見たとか、時おり生きた伝説のように語られるのみ。

 その三人組の名前は『O.N.E』
 
 唯一の、一番の、一つの、そんな三人の物語。


 * * *


「その髪を切る覚悟はあるか?」

 母を失くし、働く場所も失くし、住む所を失くした私に失うものは自分の他にはない。失う自分がたかが髪なら安いほうだ。髪なら後からいくらでも伸びる。「否」と答える理由が無い。
 ナルとジーンの問いに麻衣は「ある」と答えた。
「なら来い」
「おいで?」
 ジーンが差し出してくれた手を私はとった。その時は何が始まるのか全く分からなかった。でも握った手の暖かさが私を安心させ、動けなかった足を一歩踏み出した。

 それから私達三人の秘密生活が始まった・・・。


 * * *


「ジーン!早くトイレから出てよ!漏れちゃう!」
 ドンドンとトイレの扉を麻衣が叩く。その後ろを通りかかったナルが「喧しいッ!朝から下品なことを喚くな」と後ろ頭を叩いた。
「生理現象だからしょうがないでしょ!」
「ヤマトナデシコが聞いて呆れるな」
「大和撫子だって人間だいッ」
 鼻で笑ったナルにがおー!っと麻衣が噛みついていると漸くジーンがトイレから出てきた。
「お待たせ♪」
「ホントだよッ」
 麻衣は急いでトイレに駆け込んだ。
 ナルとジーンは麻衣より一つ歳上の17歳。麻衣だって年頃の女の子なんだから同世代の男の子の前でそんなことを喚くのもトイレに駆け込むのも恥ずかしいと思う。だが二人の前で遠慮してたらこっちが損をする。今更女の子ぶるつもりはない。それに朝はすっごく忙しいのだ。
「ジーン、早く支度しろ」
「はーい」
 トイレのドアの向こうから二人の声が聞こえる。私も早く済ませて支度をしないと綾子が来てしまう。
(怒られたらジーンのせいだぞ!)
 麻衣はぶつくさ文句を言いながらズボンを脱いだ。


 * * *


「ん、完璧!」
 私のメイクを終えた綾子は紅筆を握りながら満足げに微笑んだ。
 化粧が終わり席を立って鏡を見る。鏡の向こうにはユニセックスな雰囲気の男の子がいた。
 黒髪と銀髪のメッシュのウィッグをつけ、眉毛を少し濃く強めに書かれ、目にはアイスブルーのカラーコンタクト、少し強めの愛ラインに唇の色を薄められて少し肩幅のある服を着る。靴は上げ底で視界が10㎝近く高い。
 毎朝私は谷山麻衣から『O.N.E』のまーくんに変身する。
(ホント化粧と服で変わるよね)
 毎朝のことだけれどびっくりする。化粧と服装で女の子が男の子に見えるのだから不思議だ。
「綾子ありがと!」
「どういたしまして」
 ぎゅーっと化粧が崩れないようにハグされるのが私達の挨拶だ。専属スタイリストの綾子とは仲良しなのである。

「まだか?」
「終わった~?」
 声をかけて来たのは先に支度を終えたジーンとナル、いや『O.N.E』のユーちゃんとオリーブだ。
 ナルは黒髪ベースに銀髪が混ざったメッシュのロングヘアーウィッグをつけ、アイスブルーのコンタクトを装着。ジーンは銀髪ベースに黒髪が混ざったメッシュのロングヘアーウィッグをつけ、ナルと同じくアイスブルーのコンタクトを装着。そして二人とも長い着け睫毛に青いシャドウ、口には薄いピンクのメタリックカラー口紅、服は光沢のある黒の超ミニワンピで美脚をさらしている。その足には真っ赤なハイヒールが輝いている。
 どこから見ても文句なしの美少女がそこにいた。
 メイクアップされた二人は女の私でも溜息が出るほどに奇麗だ。髪も目の色も作りモノだけど、二人は元から凄い美形だったのでマネキンめいた嘘臭さは無い。化粧を施すことによって血の通った人間から完成された生き人形のような独特の美しさを放つ。
(野郎だと分かってても奇麗だよねぇ)
 寝起きのぼさぼさ頭と目つき最悪野郎がこんな美少女になるのかホンッと不思議だ。そりゃもともと美形だけどこんなお人形さんのような奇麗さは無い。素材は良いだろうけど綾子の腕は確かだと毎回感心させられる。
「まーくんは今日も可愛いね♪」
「ゆーちゃんこそ今日も美人さんだね♪」
 ジーンと寒い会話をするのもいつものこと。それを呆れて見ているナルも。
「行くぞ」
「「はーい!」」
 呆れ声のナルに二人仲良く返事をする。
「さーて今日も稼いで来ますか!」
 ジーンの気合いの言葉に腹に力を入れる。
 三人とも一歩外に出たらナル・ジーン・谷山麻衣じゃなくなり、ナリー・ゆーちゃん・まーくんだ。
 私達が三つ子のユニット『O.N.E』を組んでから半年間、そんな毎朝を過ごしていた。


 * * *


 私と双子は神様のイタズラとしか思えない出会い方だった。

 中学で母を失くした私は中学卒業を期に上京し働くことにした。中学の先生がおうちで下宿させてくれてたけど高校までお世話になるわけにはいかない。寮付きで働きながら定時制高校に通わせてもらえる会社を見つけて就職した。
 三月末頃に寮へ引越し、さあ新しい生活を頑張るぞ!と思っていたら・・・
 突然、会社が倒産した。
 親会社のボンクラ息子が大借金をこさえた。しかも酷い粉飾決算をしていたのも発覚した。その清算に私が就職した会社も整理対象となって倒産させられた。会社が学費を払ってくれることになってたので学校にも行けなくなった。寮も4月中に出て行かなければならなくなった。初任給すら貰って無かったので蓄えなんてあるはずがない。とにかく急いで就職する必要があった。だがバブル崩壊の傷跡が残ってるご時世、この時期に中卒の子供を採用してくれるところなんて中々無い。
(お先真っ暗とはこのことだ)
 麻衣は溜息をつきながら電話ボックスの受話器を戻した。寮には数台のコイン式電話しかなく、ずっと占拠するわけにはいかないので近所の電話ボックスからバイト情報誌を片手に電話をかけていた。だがどれも良い返事をもらえなかった。そうこううする内に手元の十円玉が無くなって行く。
(あと10回電話しようかな・・・でもそしたらご飯代すらなくっちゃう)
 暗い気持ちで残りの十円玉を眺めた。就職出来るまでは切り詰めないといけないので、一日300円で過ごすようにしている。ご飯は100円マックで済ませて、あと200円で就職活動をする。自炊したいけど寮の部屋にはその施設がないので外食に頼るしかない。20回電話をかけて駄目だったらお終いだ。もう10回電話したら繋がるだろうか?と淡い期待が胸をよぎるが、食べないと暗い気持ちになってしまう。もう夕方なので一旦お終いにして帰ることにした。
 電話ボックスから出る場際、ふと電話ボックスに置かれたチラシが目に入った。
 そのチラシはクルクルパーマの茶髪の女性が胸の谷間を強調するようなポーズをとって笑っていた。
『キャバクラ嬢募集』
 大きな見出しの書かれたチラシだった。場所は寮から近く電車を使わずに行ける。経験不問と書かれている。
(年齢誤魔化してお水系に行くって手もあるか・・・)
 でもお酒なんて飲んだ事ない私がつとめられるのだろうか。でもこのままでは路頭に迷う。背に腹は代えられない。いざという時の選択肢の一つに入れてもいいかもしれない。
 麻衣はファイルの中に一枚仕舞ってテレホンボックスを出る。扉を開いた途端、ピューピューと木枯らしのように冷たい風が麻衣の薄い体を押してきた。
(今年は寒いなぁ、お腹空いたし早く帰ろう)
 寂しい気分で家路を急ごうとする麻衣にさらに強い風が吹きつけた。ビルの谷間に立ってたため突風となり彼女を襲った。長い茶色の髪があおられて顔に降りかかる。
「キャッ!」
 驚いた表紙に書類ファイルから手が離れ、風にあおられて飛んでしまった。

 バシツッ! 

「イッタ!」

 飛んだファイルは運の悪いことに背後の通行人に当ってしまった。二人組の男の子の片方にぶつかったらしく、一人が頭を押さえしゃがみこみ、一人が片方を見降ろしている。
「ごめんなさい!!!!」
 麻衣は男の子の慌てて駆けつけてしゃがみこむ。「大丈夫ですか?」と覗きこむと、長い睫毛に縁取られ、涙を浮かべた黒曜石のような瞳と目が合った。
(すっごい美形)
 今まで見た事ないような美形と至近距離で目があい一瞬たじろいでしまう。でも問題は怪我だと額を押さえている手を見る。指の隙間から赤いものが見えた。
(血だ・・・)
 ファイルの角が当ってしまったのだろう。麻衣は慌ててハンカチを取り出し彼の額にあてた。
「ごめんなさいッごめんなさいッ」
 涙目で謝る麻衣に彼はニッコリと笑った。
「ちょっと切っただけだから平気。風のせいで君のせいじゃないよ」
 心地よいテノールで優しく声をかけてくれた。その笑顔が本当に奇麗で一瞬みとれてしまう。
 だがすぐ別の事が頭に浮かんでしまった。
「あの・・・芸能人とかモデルさんだったり・・・します?」
「へ?」
「何故?」
 彼は目を瞬いて麻衣を凝視し、彼の連れは冷たい声で麻衣を問い質した。自分たちを見た女性が浮かれてしてくる質問だがこの状況では空気を読まないにも程がある。不快だと声に不機嫌さがにじみ出ていた。
 声をかけられて初めて連れの彼を見て驚いた。二人はそっくりだった。端整な顔立ちが二つあり麻衣はどちらに言われたか一瞬混乱した。だが怒った様子の彼の視線が突き刺さり、麻衣は恐る恐る口を開いた。
「あ、だってすごい美形だから商売道具に傷つけちゃってたらどうしようかなって・・・慰謝料とか払えないし・・・」
 こんだけ美形の二人が一般人とは思えない。この顔で稼いでるのに傷をつけてしまったのなら慰謝料が必要かもしれない。そんなお金は全く無い。だが自分の責任はとらなくてはいけない。そのための確認だった。
 そう伝えると二人は顔を見合わせた。
「あはははは!変な心配する子だね」
「・・・現実的な危惧ではあるな」
 怪我させたほうは笑い、連れは呆れた声をだした。
「大丈夫だよ。まだこの顔で商売はしてない」
「え・・・」
「小さな傷だし、すぐ治るから気にしないで?」
 ハンカチで当てた傷の血はもう止まっていた。少し切っただけで済んだらしい。少しホッとする。
「避けられなかったこいつが間抜けなだけだ」
「その云い方って酷い!」
「僕は避けられた」
 云い方は違えど二人とも麻衣を責めようとはしなかった。それどころか怪我をさせた方はファイルを拾って立ち上がり、麻衣に手渡してくれた。
「今度は気を付けて」
「本当にごめんなさい・・・」
 ファイルを受け取りぺこりと頭を下げた。
 すると紐が緩んだファイルが一枚、ヒラリと落ちた。
「ドジ」
 無愛想な連れの方が落ちる前にキャッチする。チラシを麻衣に渡そうとして一瞬固まった。それを覗き込んだ片方も固まった。「キャバクラ嬢募集チラシ?」と読み上げた。
「すいませんッ」
 こんな奇麗な二人にイカガワシイ写真入りのチラシを見られたのが恥ずかしい。奪いとろうと手を伸ばすがスイッと上に引き上げられた。
「何で君がこんなの持ってるの?」
「何でって・・・働くとこ探してたから・・・」
 何故問い詰められるのかわからなくて戸惑いながら答えると、二人は顔を顰めた。
「・・・君が働くの?」
「義務教育も済んでないような子供が働けるものか」
「歳を誤魔化してバイトするならもうちょっとマシなのにしなよ」
 二人は不愉快そうに代わる代わる麻衣を諭そうとした。どうやら二人は子供がこんなチラシを持ち働くと言い出したから難色を示しているらしい。どうも麻衣のことを小学生くらいに思ってるらしい。麻衣だって小学生がこんなチラシを持っていたら取り上げて止めるよう諭すだろう。だが自分は小学生ではない。義務教育を終えて一か月前から社会人になった十五歳だ。
 麻衣はプチっと切れた。

「誰が小学生よッ!私は今年で十六歳です!!」

 この時の二人の顔は忘れられない。私の上から下まで(特に胸のところで視線が止まったのがムカつく!)眺めたあとに本気で驚きやがったのだ。そりゃ童顔だし胸もお世辞にもあるとは言えないけれど小学生に間違われるなんてあんまりだ。それもこんな奇麗な二人組に馬鹿にされると更に惨めな気分になる。麻衣は泣きたい気分で「怪我させてすいませんでした!」と投げつけるように言って二人の前から立ち去ろうとした。
 だが二人は何が気に入ったのか麻衣を引き留めた。
 ジーンは「ごめんごめん、馬鹿にしたわけじゃないんだよ?」と優しく微笑み麻衣の手をとり、ナルは「人に怪我させたんだ。責任を取れ」と麻衣を脅して半強制的に二人のマンションに連れてった。そこで『O.N.E』のメンバーにならないかと誘われた。
 二人は実は英国人で研究費用を稼ぐために円高の日本に一発当てに来たらしい。アイドルになって二年ほど荒稼ぎして本国に引き揚げる予定だそうだ。普通なら何を夢見てるんだと言いたくなるが、二人の美貌なら有り得るかもと納得してしまった。また英国人感覚なので自分を子供扱いしてしまったのだと言われ、ひどく納得した。
「何で私なの?」
「僕達は英国人だから日本人の感覚がよくわからない。ボロを出さないための保険として日本人の子が欲しかった。それも僕らとは違ったタイプの癒し系が良い」
「僕らだけではターゲット層が限られている。女子供も取り入れたいからな」
「僕らの容姿に動揺しなかったし、気が強いとこも気に入った」
「プロフィールを隠してデビューするため失業中で身寄りがないなら好都合だ」
「住むところもなくなっちゃうんでしょ?衣食住全部提供するから悪い話しじゃないと思うよ?」
「あんな場所で働くより余程マシなはずだ」

 二人は私を誘い、私は頷いた。
 こうして私は二年間は女の子である自分を封印し、『O.N.E』のまーくんになることを決めた。





三人のイメージはパ○ュームで、テクノ系でメタリック風なデザインの服が多し。双子は美脚でミニスカート中心、麻衣は少年っぽくユニセックスな感じでお願いします。
本にするつもりですが色物ネタなので小部数でオンリ限定で販売する予定です。


2011.6.12
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