その後の保護者会 |
赤い下地に大振りの百合が描かれた爪が柔らかなラインの四角い牌を握りながら中で止まっている。 艶やかな爪の持ち主は両部神道で修業した巫女、 彼女をニヤニヤと眺めているのは茶髪の破壊僧、 涼しい顔で自分の手元を見ているのが本場仕込みの道士、 ニコニコと手が読めないキリスト教の司祭だ。 なかなかにシュールな光景だなと某超有名国立大学の未来の官僚候補は日本酒を舐めながら思った。 ここは千代田区のオフィス街の一角にある滝川のマンション。ワンフロアぶちぬきで居住空間にしている部屋の中央にポツンとコタツが置いてある。そこへ麻雀台を置いていわゆる聖職者(?)が集まって煙草の煙をくゆらしながら麻雀をしているのだ。 (こんな光景は滅多に見られるもんじゃないですねぇ) そんな感想を抱きながら、安原は少し離れたところで滝川の愛猫を撫でながら牌の行方を楽しんでいた。 安原も麻雀は出来るが人数が余ってしまったのだ。 「ほれ、さっさと出せ」 「・・・うっさいわねぇ。言われなくても出すわよ」 綾子はえいっ!と言いそうな勢いで牌を場に出した。その隣でぼーさんがチッと言いながら新たな牌をとろうと手を伸ばした。どうやら誰も欲しい牌ではないらしい。綾子は目に見えて安堵の表情を浮かべた。そして仕返しとばかりにニンマリと笑って微妙な話題を口にした。 「そう言えば、あの二人デキちゃったみたいね」 ピタリと、ぼーさんの手がとまった。 「あの二人?」 「ナルと麻衣よ」 「・・・・・・んなんわざわざ言うまでもないっしょ」 「あら、気付いてたの。その割には静かねおとーさん?」 「そこまで鈍くはねーんですよ、おかーさん?」 ぼーさんは落ち着いた声を出して新たな牌を並べた。 先日顔を出した時に確信した。 もともと二人の仲が進展していると分かっていたし、痛ましい事件のことは安原から皆に伝えられていた。その後から二人の関係が進むのは自然な流れだろう。 最初麻衣がそんな目に遭うような状況を作ったナルに怒りを感じたが、ナルの思慮を全て台無しにして突っ込んだ娘のトラブル体質のせいだと知りナルに深く同情した。 「あの時の所長はホンッットにお気の毒で・・・ソレ以上に所長が怖かったです」 と零したのは安原だ。 自分の恋人が襲われるところを監視し続けるなんて拷問に近い。モニターを睨みつけているナルの周りからは白い稲妻が見えたそうな・・・。 「そのくせ顔は無表情のまま。手では鏡を握りしめてました。今にも鏡を割りそうなくらい強く握りしめてましたね。何も知らなければ鏡を手放さないナルシスくんだと思いますが、どうやらお兄さんに呼びかけてたようです。あのときの所長警戒レベルはおこぶ様事件を超えてました。犯人達の命はないと思いましたね」 おこぶ様事件が最高レベルだと思っていたがまだまだ上があったらしい。 ナルが激昂したと聞いて滝川を安心させた。分かりにくい御仁だがちゃんと彼なりに麻衣を好いていると分かったからだ。 前途多難な相手なので諸手をあげて祝福はしぬくいが、麻衣が決断した結果ならこっちが反対することじゃない。 「ふーん、じゃあいつでも嫁にだしてもオッケーってことね?」 「・・・まだ早いだろが」 「あーら、早い方がいいんじゃない?キズものになっちゃったんだから」 「夏休みの怪我ならキレーに治ってるだろうが」 ナルのPK暴走で麻衣が額に怪我を負ったのは何カ月も前だ。うっすらと痕は残っているけど髪でかくれる場所なので何の問題もない。いずれ消えてしまうだろう。 「それワザと?それとも無意識に考えるの拒否してるの?」 「何がだよ」 「キズものといったらぴんとこない?」 綾子は髪をかきあげながら鮮やかにルージュを塗った唇をニィッと引きあげて、意味ありげに流し目を送った。少々品が無いが様になる色気のある仕草。ここがバーのカウンターで隣り合った席でされたら誘われたと思って言いだろう。 だが何故そんな仕草を今ココでやるのか・・・? キズもの・・・キズもの・・・キズもの・・・ 物でいうなら傷のある品のことをさす、未婚女性が言われる場合は・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・・」 ボタッ、ガラガラ・・・ 滝川は手から牌が零れ落ち、立てていた手元の牌にぶつかりガラガラと崩れ、手札を晒す結果になってしまった。 「・・・牌が見えてますよ」 「ふーん、マンズの一か四のリャンメン待ちね」 フリーズしたまま牌を晒してないことに気付いてない滝川に注意を促すのは紳士なリン、容赦なく牌を見たのは綾子だった。 同じく聞いたリンも安原も動じないところを見ると薄々感づいていたようだ。実際二人から聞いた訳ではないが、両想いの男女が一つ屋根の下に暮らしているのだから当然だと思っていた。 ジョンのみ、訳が分からないという顔をしている。 「『傷物』には他にも意味があるんでっしゃろか?」 「物の場合は傷のあるものの他に、不完全な物という意味もありますね。女性の場合は過去に婚歴がある方のことも差しますね。谷山さんの場合は婚約してらっしゃるので、もし婚約破棄とでもなったら傷物扱いになるでしょうね。ですから早い方が良いのではという母親心なんですよ。松崎さんそうですよね?」 「ええそうよ」 ニッコリと、先ほど滝川に見せた笑顔とは雲泥の差がある爽やかな笑顔を浮かべた。 でもすぐに表情を戻して 「ほら坊主、はやく捨てなさいよ」 「・・・・・・ああ」 容赦無い綾子の肘鉄にどつかれた滝川はかなり適当に牌を捨てた。もう牌を晒してしまった彼が上がれる可能性はほぼないだろう。その後もヤケクソに牌を捨てている。 「二人が恋人として付き合いだしたのはつい最近だろ。早すぎねーか?」 「そんなの人それぞれよ」 綾子は滝川も牌も切って捨てた。非常に素っ気ない。 「オタクの坊ちゃん手癖悪すぎねーか?」 「ナルは手品でイカサマをしたことはありませんよ」 「手は早いわな」 「滝川さんは遅そうですね」 「そうね。遊びと割り切った相手には早くて、本気となったらぐずぐずしてそうなタイプだわ」 「俺の事はどうでもいいだろ!」 「二人の事もどうでもいいでしょう。大人なんだし、野暮っていうもんですよ」 「・・・・・・・・・」 三人がかり(?)では分が悪い。 「ツモどす」 広げた牌にはマンズとピンズとソウズの1と9が一枚ずつ、そして東南西北白発が一枚ずつ、そして中が2枚・・・。 「ちょッ!これ国士無双じゃない!!!」 「シーサンヤオチュー・・・役満ですね」 「おまっ!俺が親なときに何て手を!!!!」 場から牌を拾って役満を完成させた場合、親は子の二倍多く支払わなければならないルールだ。 「もう箱だわ!」 「俺もだ」 「私もです」 「いつもすんません・・・」 箱=持ち点がゼロになったという意味である。要はゲームオーバー。 「僕、国士無双がそろうところ初めて見ました」 「当たり前よ。滅多に出るもんじゃないわよ」 「だがジョンはたまに出すんだよなー」 「四暗刻とかもだしたわよね」 「大三元もありますね」 「はぁ・・・」 どれもこれも初心者でも知ってる高得点役だ。 「凄いですね。どこかで勉強でもされたんですか?」 「よう聞かれますけど、偶然どす」 「ジョンはギャンブルやらせたらめちゃめちゃ強いんだよ」 「お金賭けてたら破産するくらいに」 「今度実験してみたいですね」 『エクソシストよりプロ雀士になったほうが儲かるんじゃ・・・』 ニコニコ笑う姿にはギャンブルの天使が背後にいるのかもしれない・・・。 天使の笑顔の背後に得体のしれないモノを感じた面々だった。 (終わっとけ) |
夢見ていたいジョンFANのイヌダでした。 2013.02.01 |
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