貴女の知らないクリスマス


(はぁ〜…)

 今日は12月24日、クリスマスイブだというのに先ほどまで調査で絶賛仕事中で、やーーーっと終わって撤収という頃は8時を過ぎていた。
 しかも車で帰るはずが飲酒運転で追突されレッカー移動になり、山道でタクシーも捕まらず電車で帰ることになった。事後処理をするために残ったリンさんと別れ、私とナルは疲れた体を引きずって電車にのりこんだ。車で一時間の距離でも電車なら二時間の道のりだ。うんざりとしながら電車に揺られた。途中までは座れて寝ることが出来たけど、都心部の乗り換えでそれも終わった。
 疲労で疲れきっているけど車内は人でいっぱいで空きはないからあと30分は揺れ続けなければいけない。しかも電車から降りてから10分少々歩かなければならない。普段なら余裕の道のりでも、徹夜続きの体には堪えた。
 しかも本日はクリスマスイブ、周りはカップルや酔っ払い客ばかりで騒がしい。つーかぶっちゃけ楽しそうな様子が羨ましい。クリスマス?何ソレ?ってな感じだ。隣に恋人はいるけれど、仕事ファイルを読んでて違う意味でクリスマス何ソレ?って感じだ。
 時計を見ると11時過ぎ、イブ終了60分を切っていた。
 ナルに期待なんかしてないつもりだったけど、周りの楽しそうなカップルを見ると羨ましくなってしまう。自分の畑だけしか見えなければ諦めがついても、隣の畑が青いのを見ると妬ましく感じてしまう。まだまだ修行が足らないなーとこっそりため息をつく。疲労により思考回路が暗いところへ行きがちだ。イブだというのに良くない。頭をぷるりと振って眠気と下向き思考を振り払った。

 一つまた一つと駅が過ぎ行き、到着して人を吐き出しては人を飲み込む。車内の混みようは相変わらずだ。
 目的駅まであと5つというところで、ダッフルコートを着たとても小さい人が入ってきて横を通り過ぎた。こんな時間に子供?と思い振り返るが、後ろ姿の足取りは重く子供に見えない。気のせいだと結論付けて再び電車の手すりに寄りかかる。
 目的地まであと4つ…。ぼんやりしながら景色が流れる窓をみつめていた。

 座りたいなぁと思ったら、次の駅で偶然目の前の席が空いた。
 あと三つなら普段は座らないけど、今日はとても疲れている。少しだけでも座りたい。
 よし座ろう!と身を乗り出したら、ナルに肩を掴まれた。
「ナル?」
 私を止めたナルを怪訝に思って見ると、彼は車内の奥に目を向けて声をかけた。
「空きましたよ」
 誰に向かって行ったのかと目を向けると、先ほど子供かと勘違いしたダッフルコートの人だった。彼女の顔を見た瞬間、ナルが私を止めた理由がわかった。

(お婆さんだったのか・・・)

 だから背が小さく動きがゆっくりしていたのだ。ぼんやりしていて気が付かなかった。

 お婆さんはこちらを向いて驚いた顔をしていた。でもゆっくりとこちらにやってきて、「いいんですか?」とおずおずと私達に聞いてきた。ナルは「はい」と短く答えただけだったので、私は「すぐ降りますから」と笑ってフォローした。
 お婆さんは嬉しそうに何度もお礼を繰り返して座った。ダッフルコートはすこし汚れていた。仕事帰りなのだろうか、歳のせいもあるだろうがとても疲れているように見える。
 本来なら若者から席を譲られるべきだが、混んでるので気づきにくく、しかも乗客のほとんどが酔客で周囲へ注意を払っていない。なので誰にも気づかれずにひっそりと壁にもたれかかり電車に揺られていたのだろう。私より余程必要としている人に席を譲れて良かった。

(ファイル見ながらでよく気づくよな〜・・・)
 こっそりと隣のナルを眺める。涼しい顔して何も興味ありませんという風情なのに、視野は広く、こういう配慮を怠らない。こういうとこは文句なくジェントルマンだ。ちょっとばかり惚れ直してしまう。
 先ほどまで下向きだった気分があっという間に上向きに変わった。クリスマスソングすら口ずさみたくなる。我ながら単純だ。

 列車が駅のホームに入った。これで目的地まであと二つ。
 もちょっと頑張ろうと思ったら・・・
「麻衣、降りるぞ」
「え?」
 ナルに声を掛けられ手を引かれた。目的地でもないのに不思議に思いながら
「どこか寄るの?」
「・・・・・・」
 聞いたが答えてくれない。ナルの暴君振りはいつものことだ。まぁいいかと従おうとすると、クイッとコートの裾を引かれた。ナルではない。逆方向からだ。
 何か引っかけた?と見てみると、席を譲ったお婆さんだった。

「ありがとうね」

 お婆さんは笑顔で囁くように呟いて、指が離れた。
 
 皺苦茶で、奇麗でも、素敵でもない笑顔。でも何だか印象的な笑顔だった。
 私は「いえ、もう降りますから!気にしないで下さい」と笑って、ナルの後を追って降りた。
 すぐ、これは私じゃなくてナルが聞くべきだったと思い、ナルに追いついて先ほどのお婆さんの伝言を伝えると、ナルは「そう」とだけ。相変わらず素っ気ない。まぁいいんだけどさ。

 改札を出るとナルはまっすぐ出口に向かう。
「何でこの駅で降りたの?」
「ここならタクシーが拾えるだろう」
 ナルは大通りに立ち手を挙げてタクシーを止めた。促されて車内に入ると温かさにホッとする。ナルがマンションまでの住所を伝えたので、このまま家まで座って帰れるのは有り難かった。
(でもなんで?)
 あのまま二駅乗って降りてからタクシーに乗った方が経済的だ。普段ナルはそういう効率の悪い贅沢はしない人だ。なにか理由があるとしたら、思いつく理由は一つしかない。

「あのお婆さんが気にしないように早めに降りた?」
「さあ」
 素直じゃないナルが頷くはずもない。でもめげずに他の答えも聞いてみる。
「それとも、席を譲らせた私を労わってくれたとか?」
「谷山さんが吊皮にぶら下りながら何度も船をこいでいらしたので、あのままでは転んで危険だと思った上司の緊急的処置ですよ」
「素直じゃない」
「嘘でもない」
「ふぅ〜ん・・・」

 肯定しないけど否定もしないから、両方とも当りだと思う。

 お婆さんが遠慮なく座れるように、ついでに疲れてる私のためにも、目的地より少し早めに降りてタクシーを使ってくれたのだと思う。

 隣で仏頂面でファイルを開いているナルに凭れかかり腕を絡めた。邪魔だと言われるかな―と思ったけど言われないし腕も払われない。頭の上で小さくため息をつかれたのが分かった。懐いてもいいというお許しに、スリスリと頬をこすりつけて身を寄せる。とても暖かい。それ以上に心が暖かい。
 クリスマスケーキもディナーもプレゼントも何も無いけれど、さりげなくも暖かい心遣いをしてくれる人が傍にいるのはとても幸せだ。

「メリー・クリスマス」
 
「下手な発音」

 私の黒いサンタはちょっと可愛くなかった。



 * * *



 腕に懐いた恋人は、数分後には夢の国に旅立った。
 一度旅立つとなかなか戻らない彼女は目的地に到着してもまだ夢の国にいた。揺すっても軽く叩いても同じ。ナルは仕方なく彼女を抱え上げて部屋まで運ぶ羽目になった。
 美貌の青年にお姫様だっこ状態で運ばれるのはなかなかにロマンチックな光景で、通り過ぎた住人には溜息を、マンション入口の警備員に口笛を吹いて冷やかされた。

 ナルは寝室に彼女を運び入れて寝かせ、靴とコートを脱がしてやる。厚いセーターと寝苦しそうなGパンも脱がしてやる。キャミソールと下着姿になった彼女を見ると、他にも脱がしたい衝動も湧きあがったが自分も疲れていたので黙殺する。
 次に不在中に荷物が来ていたので受け取りに行く。明日でも良かったが贈り主がルエラとマーティンからのだったので無視しにくい。他にも松崎さんからのがあった。不在荷物受取ロッカーから荷物を取り出して開けると、案の定、両親からのは麻衣と僕宛てのプレゼントだった。松崎さんのは食べ物らしい。適当に冷蔵庫に放り込んどいた。
 寝室に戻り彼女の枕元にプレゼントを置き、服を抜いで彼女の隣に横になる。

「Merry Christmas」

 眠る恋人に軽いキスを贈り、自らも眠りについた。



 麻衣が喜びそうなクリスマスイブは、本人の預知らぬところで存在していた。




END


麻衣は翌朝枕元のプレゼントに気付いて喜んだ後、ナルに強制的にプレゼントを取りたてられてるでしょう。合掌。

メリー・クリスマス!

2011.12.25
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